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第41話  狩人の仮面



 他人事なのに、酷く心をかき乱された夏休み前半が終わり、部活が休みの夏休み中間は親戚のカフェでアルバイトしたり残りの宿題を消化して過ごし、夏休み後半――


「逸見っ」

「なにやってんだ、逸見っ」

「気をつけろ、逸見っ!!」

「はいっ、すみませんでした!」


 静かだが怒気をはらんだ声で怒鳴られて、私は喉が枯れるくらい大きな声で返事して謝った。

 夏休み後半の部活中、長期休みで気の緩んだ部員達がミスを連続して、その代償として私は副主将の樹生先輩に怒鳴られていた。

 普段は口調が軽くてちゃらちゃらしている印象が強くて、女子には特に優しい樹生先輩だけど、部活中にふざけたりする部員に対しては鬼と化す。

 弓道部という部活柄、怪我につながる事故が起きることもあるから慎重になるのは当たり前だと思う。でも。


「逸見、矢取りが遅いっ!」

「看的所から出るのは打ち起こしている人がいない時だって言ってるだろ、よく見ろ、危ないだろっ!?」


 樹生先輩が怒りを直接ぶつけるのは私に対してだけなんだよね……


「はい、すみません。きちんと一年に指導します」


 それでも私は、反省した表情できちんと先輩に頭を下げて謝罪する。

 この時期、一年生が的前に上がり始めて、自分の練習と矢取りなどの仕事がうまく回せなくなってしまい、仕事面が疎かになってしまいがち。

 基本的には一年生の指導は二年生の仕事で、三年生は口を挟まない。だけど、あまりにも目に余るようだと、主将ではなく副主将の樹生先輩の静かだけど心臓が震えるような怒鳴り声が飛ぶ。

 樹生先輩曰く、主将は部の顔、尊敬の対象であって恐怖の対象になってはいけない。だから怒鳴るのは副主将の俺の役目、と言っていた。

 でも、二年生を飛び越えて直接一年生に怒鳴ってしまえば一年生はただでさえ接点の少ない三年生を敬遠してしまうし、二年生の面目もたたない。だから一年生の失敗でも、怒る時は二年生を怒る。その白羽の矢が当たったのが私だった。


「今日の葉若先輩はすごかったねぇ~」


 部活が終わり、女子更衣室で着替えていると道香(みちか)ちゃんがほぉ~と感嘆するような響きで言った。


「笑い事じゃないんだけどなぁ……」


 そう答えた私も苦笑する。


「大変な役目に選ばれちゃったもんね」

「んー、まあ、もう慣れたけど……」


 怒られ役に白羽の矢が当たったのは一年生の春休みだった。四月に新入部員が来るのを目前に控えて、新二年生に対して初めて樹生先輩が怒ったのがその時だった。

 その理由はいろいろ考えられる。

 部活中も飄々とした口調や態度で部員に対しては優しかった樹生先輩が、それまでの印象を変えようとしたのだろう。まあ、ちゃらちゃらしてるのはいまも変わらないけど、昔から、弓と矢を持って射場に入った瞬間から先輩の周りの空気はぴりっと張りつめる。弓道に対してはすごく真面目な姿勢だった。

 でも、うちら二年はいつものちゃらっとした行動から先輩は怒らないってどこかで思い込んでいたのかもしれない。もちろん怒られることはあったけど、それは三年生全体の意見として注意されるくらいだった。

 怒られることを知らなければ、新一年生を怒ることも出来ないそう思ったのだろう。

 あとは去年の女子部員が問題を起こした件で、同じことを繰り返さないために。うちらの学年は、先輩のそれが誰に対しても同じ行動だって今では理解しているけど、新一年生が先輩の優しい部分だけを見て同じ問題を起こさないための予防線だったんじゃないかって思う。

 若干、その時に巻き込まれた私を利用したのだろう。

 普段は私のことを“陽”って呼ぶ樹生先輩は、怒る時は必ず“逸見”と呼ぶ。

 他の部員よりも仲がよさそうに見える私に対しても、怒る時は怒る。そういう印象を与えたかったんだろう。

 私はいい迷惑だけど。

 でも、そういう考え方もありだと思うから、樹生先輩の茶番劇に付き合ってあげる。実際、先輩が怒る内容は正論だし。

 ってか、普段からあんなにちゃらちゃらしていなければ鬼副主将を演じなくてもいいんじゃないのかな……?

 その軽い行動のせいで、本質は真面目な人なんだってみんな気づかないんだよ。


「それにしても、今日の葉若君は冷気をはらんだ静かな鬼と化してたわね」


 すでに着替え終わって部室でお喋りしていた三年生の先輩方が、道香ちゃんと私の会話に苦笑しながら加わってくる。


「あそこまで徹底しなくてもいいのに。普段は逸見ちゃんのこと下の名前で呼んでるくせに、怒る時だけは苗字を呼び捨てなんて」

「まあ、それで葉若君は怒らせたら怖いって一年生にはしっかりインプットされてるんだけど」


 すでに一年生はいない部室内で先輩が苦笑する。


「もういいかげん鬼副主将の仮面なんて被るのやめればいいのに」

「そうそう、一年生は混乱してると思うよ~、普段はちゃらちゃらしてるんだから」


 その言葉に、私と道香ちゃんは顔を見合わせて苦笑した。

 そうなんだよね。一年生にはまだ、ちゃらちゃらしてる部分が樹生先輩の本性で、鬼の部分は隠れた一部って思っているみたいだけど、二年と三年生にはそれが意図的に被ってる仮面だって気づいているんだよね。




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