第4話 好きになれない男
ショッピングモールについて、まずは杏樹が見たいという入り口付近の生活雑貨のお店に向かった。
店内は春らしいカラーに包まれていて、店内の半分が調理器具や食器の棚が占めていた。
杏樹は調理部で、お菓子作りから本格的な料理までちゃちゃっとこなしてしまう、本当に女の子らしい子なんだ。
私にもお菓子を作ってきてくれるから、杏樹の腕前がプロ級なことは私もよく知っている。
その点私は料理っていうものがすごく苦手……というか、全体的に不器用なんだ。認めたくないけど。
りんごの皮をむけば、食べられる部分はほとんど残らないし、じゃがいもも以下同様……
掃除も洗濯も苦手で、ぜんぜん女の子らしいことはできない。
じゃあ、何が得意なんだって聞かれれば……運動?
自慢じゃないけど、運動神経はいい方だと思う。勉強もそれなりにできるほうだと思うけど、成績は中の上くらい? これもまた試験範囲を間違えてたとかそういうことが原因で……
杏樹は今度作るお菓子の道具を買いたいと言って奥の方の棚に向かい、私は一人、店の入り口付近に置かれているぬいぐるみやハンカチなどの棚に向かった。
性格は女の子らしくないけど、可愛い小物は大好きだ。部屋もわりと女の子らしいと思う。
なんとはなしにぬいぐるみを手に取って眺めながら、ちらっと視線を店の奥にいる杏樹に向ける。
本当は……小物が好きとか言い訳だ。
杏樹と春馬が一緒にいるところをなるべく見たくなくて、二人から離れた場所に逃げただけ。
一緒に来ているのだから、二人の仲良さそうにしている姿を見てしまうのは仕方がないことだって分かっているのに、やっぱりその姿をそばで見るのは辛かった。
私なりの防衛策っていうか……
あーあ、このぬいぐるみ買っちゃおうかなぁ~
そんなこと考えていたら。
「なに見てんの?」
真後ろから耳に甘く響くバリトンボイスが聞こえて、私はビクッと肩を震わせて振り向いた。そこには宇野君が立っているって声では分かっていても、驚かずにはいられない。
だって、絶対杏樹の側にいると思っていたから、まさか自分のすぐそばにいるなんて思いもしなかったんだもの。
驚きのあまり声を出せずにいると、私を見下ろす宇野君の闇色よりも深い漆黒の瞳が一瞬、鋭い光を放つ。それから、口角を皮肉気につり上げて笑う。
「あんた、そういうのが趣味なの?」
まるで馬鹿にするような口調にイラっときたけど、転校生として身につけたスキルでなんでもないように笑顔を作る。
「そうよ。可愛いでしょ」
そう言うと同時に、私は宇野君の顔めがけて手に持っていたぬいぐるみを押し付けて、その場から足早に移動した。
お店から見えないとこまで歩いて、ふぅーっと細い吐息を漏らす。
ちょっと態度悪かったかな……?
でも、ちゃんと笑えてたよね。
笑顔を作るのには、もう、慣れちゃったもの……
※
結局、杏樹のことも春馬のことも大事すぎて、自分の気持ちに蓋をするしかなかった私。二人の恋を祝福する、そう決めたはずなのに、私はいまだに出口を見つけられない迷宮で彷徨い続けている。
杏樹と春馬が一緒にいる姿を見るのが辛いと思いながら、二人から離れられず、春馬への想いをなかったことにもできず。恋心に無理やり蓋をして、二人の友達を演じて、あれから半年が経ってしまった。
私は自分の駄目さ加減に、またため息を漏らす。
※
「ひなちゃん、おまたせ~」
明るい声に顔を上げると、杏樹が片手を真上に伸ばして大きく振りながらこちらに小走りで近づいてくるところだった。反対の手に視線を向けると、小柄な杏樹には大きすぎるくらい巨大な紙袋を持っている。
「なに買ったの……?」
わずかに眉根に皺を寄せて尋ねると、杏樹は袋を広げて買ったものを出して説明をはじめようとしたので、私は慌てて制止する。
「あっ、うん、見せなくていいから……」
「えっ、そう?」
可愛らしく小首をかしげる杏樹に、私は力強く頷く。だって、聞いても、調理道具なんて理解できないと思う。
「んじゃ、次はどこ行く?」
春馬の提案に少し時間は早いけどお昼食べようとなって、最近CMでやってる新商品を食べてみたいからと、フードコートに入ってるファーストフードに行くことで話がまとまって、さぁ、三階のフードコートに行こうってなった時。
「俺は和食が食べたい」
それまでずっと黙っていた宇野君が感情のこもらない低い声で漏らしたから、私の米神がピクピクしてしまう。
だって、さっき何か食べたいものあるって聞いた時は何も答えないで、ファーストフードで意見が揃ったところでこんなふうに言われたら誰だってイラってするでしょ?
春馬と杏樹が「どうする?」って話している隣で、「和食がいいなら一人で行けばいいじゃない」って内心毒ずく。
初対面なのに挨拶しないし、話しかけてきたとか思えば皮肉だし、意見がまとまった後で和食食べたいとか……俺様? 自己中? KYじゃん?
お腹の中からふつふつと怒りがこみあげてきたのだけど。
「翼は今日帰国したばかりで和食が恋しいよな~。確か、二階に和食のファミレスあっただろ、そこに行こうか。陽もいい?」
そんなふうに春馬に聞かれてしまえば、私はにっこり笑顔で「いいよ」って言うしかない。
約半年留学してたんだから、和食が恋しいっていうのも分かるけど。
せめて、意見を求めた時に言ってくれればいいのに……
とりあえず、波風立てないように笑顔で取り繕う。
春馬の親友だって言われているから、どんなに宇野君が嫌なやつでも我慢してみせる自信はある。でも。
その後も、杏樹が見たいお店がある時は文句一つ言わないのに、私が「あのお店をみてみたい」って言うと「俺は行きたくない」とか言うし。
宇野君の俺様な発言にどんどんイライラが募っていく。それでも、なんとか我慢して笑顔を作っていたけど、それが二度、三度って続けば――
平和主義の私でも、堪忍袋の緒が切れますよ――?
「いいかげんにして! なんなのさっきっから!」
昼食後、お店もかなり見たし一休憩しようって入ったクレープ屋さんで、四人分の注文を受け取ってきてくれた宇野君が春馬と杏樹にクレープを渡し、私の分を片手に持って突き出してきたから受け取ろうとして手を伸ばしたのに、私の手がクレープの包み紙に触れる前に宇野君の手がパっと離されて、べちゃっと無残に私のクレープは床に落ちてしまった……
どう考えたって私が嫌がるようなことをしているとしか思えない。初対面なのにここまで嫌われる理由が私には思いつかなくて、私はとうとう声を荒げてしまった。
きっとまなじりをつり上げて宇野君を睨みあげたんだけど、私の視線と交わった宇野君はそれはそれは楽しそうに口角をつり上げて、にやりと意地悪な笑みを浮かべた。