第33話 まがり角にご注意
予感って、たいてい良い予感は当たらなくて嫌な予感だけは当たることが多い。
この日も朝起きた時から嫌な予感はしていたんだ。
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いつも通り自転車で最寄駅まで行って、電車に乗って学校の最寄駅からは徒歩で学校に向かう。
弓道部で朝練があるわけでもないけど、満員電車が苦手で始業時間よりも一時間近く早く来ている。意外と一時間なんてあっという間に過ぎてしまうもので、その一時間を教室で過ごしたり図書室に行ったりしている。
今日は図書室行こうかな。そんなことを考えながら通学路を歩いていた私は、額から流れ落ちてくる汗に気づいて、鞄からハンドタオルを取り出して顔に押し付けた。
「暑い……」
もう七月も半ばだから暑いのは当然なんだろうけど、あまりにも汗が噴き出してくるから、そう愚痴らずにはいられなかった。
顔に当てていたタオルをどけて、視界が一瞬かすんだ気がしたのは、熱せられたアスファルトのせいだということにした。
学校についてからは結局、図書室には寄らずにまっすぐ教室へと向かった。
なんだかだるいし、眩暈がする気もするけど、気のせいだと思うことにする。
私はそんな投げやりな思考で始業のチャイムが鳴るまでを自分の机に体を伏せて寝むってやりすごした。
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「陽ちゃん、大丈夫? なんか顔赤いけど」
四限目は化学の実験で理科室での授業が終わって教室へ戻る途中、一緒に廊下を歩いていた千織ちゃんがじぃーっと私の顔を覗き込んで言った。
「赤いかな? 今日、暑いもんね」
顔が赤いだなんて自覚してなくて、赤いのを誤魔化すように教科書を抱えていない左手で仰いでみせる。きっと、暑いからだよって。だけどそんな誤魔化しは千織ちゃんには通用しないみたい。
「具合悪いんじゃない? なんか朝から調子悪そう」
「そうかな?」
「実験中もぼぉーっとしてることが多かったよ」
とぼけて答えた私を、千織ちゃんはじっと黒い瞳で見据える。私の表情から真実を見逃すまいとするような、なんでも見透かしてしまいそうな眼力に見つめられて、私は苦笑した。
「ちょっと、体調悪いかも」
吐息と共に吐き出した言葉に、千織ちゃんはやっぱりって感じに片眉をあげる。
私は今まで気づかないふりをしていたのに言葉にした途端、一気にだるさが襲い掛かってきて体中がキシキシと痛んだ。くらくらと眩暈がするのを強く感じて、でもこんなとこで倒れられないと思ってぎゅっと奥歯を噛んでなんとか堪えた。
「保健室行く? 先週も風邪で休んでたんだし、朝から具合悪かったなら休んじゃえばいいのに」
「んー、休むほど悪くはないよ? それに先週休んだからこれ以上休みたくないし」
大丈夫って言って千織ちゃんと視線を合わせずに薄く笑う。
実際、今日学校に来なければいけない理由はたくさんある。部活で大事なミーティングがあるから部長から絶対休むなって言われているし、土曜日に杏樹に渡すはずだった誕生日プレゼントを渡さずに持って帰ってしまっていて、昨日渡しそびれているから今日こそは渡さなければならない。五限目は、英語の小テストするって言ってたし。
とにかく今日は学校を休むわけにはいかなくて、ちょっとの眩暈とか気にしてる場合じゃない。
具合なんて悪くないって思っていれば案外平気なもので、ここまでちゃんと授業も受けられた。
「あと授業も二つだし」
「じゃあ、昼休みくらい保健室行ったら?」
「大丈夫だよ」
私のことを心配してくれる気持ちが伝わってきて、私はふふっと笑みをこぼす。
「ありがと、ほんとに大丈夫だから」
そう言って後ろにいる千織ちゃんに振り返って微笑んだ。ちょうど階段を登りきったところで、私は後ろを向いたまま歩いていて、きっとそれがいけなかったんだと思う。
男子の話し声が聞こえて前を向き直った時、走って角を曲がってきた男子と勢いよくぶつかってしまった。
どんっという、体と体が当たる鈍い音と、体に広がるわずかな痛みに私は眉根を寄せる。
見上げるほど体格のいい男子だったから、ぶつかった衝撃に私は後ろによろめいた。咄嗟に後ろに引いた右足で踏ん張ろうとしたのになぜか足に力が入らなくて、ぐらりと私の体が傾いで、視界がくるっと反転する。
ズキズキと痛みを増す頭と、ぼやけて見える天井。ぎゅっと目を顰めて、そこで私の意識は途切れた。




