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第32話  守ってあげたい



 私が目を覚ました時、寝る時にはなかったタオルケットが体の上にかかっていたのは、きっと翼がかけてくれたのだろう。

 まだ少しぼぉーっとする頭で、昨日のことを思い返す。

 ボックスワンでのこと、翼の家に来たこと、壁際に追い込まれて息がかかりそうなほど近くで見た端正な翼の顔、それから――……

 なんだかすごいことになっていた気もするけど、ちょっと他人事みたいな感覚で。それよりも私には触れたら壊れてしまいそうな痛々しい翼の後姿が忘れられなくて、苦しかった。

 いつも無表情か不機嫌な表情の翼が、あんなに苦しそうにしている姿は、初めて会った時、杏樹を見つめていた時から二度目で。

 強引で傲慢な翼にはそんな苦々しい表情は似合わなくて、そんな顔してほしくなくて。

 上半身を起こして、膝にずり落ちたタオルケットを握りながらぼんやりそんなことを考えていたら、翼がリビングに顔を出した。

 その表情は私がよく知っているちょっと眉間に皺を寄せた険しい表情の翼で、胸の内でほっと息をもらす。


「起きたのか……」

「あっ、うん」

「朝飯なんか食うか? つっても、もう十時半だけど」

「えっ、もうそんな時間!?」

「ああ、寝たの五時頃だったからな」


 そう言って苦笑した翼に、寝たの五時だったんだって、繰り返す。


「なんか作ってやりたいけど、ちょうど食材切らしてて、ピザでいいか?」

「うん、食べれるものならなんでも……」


 料理は苦手だけど食べるのは大好きだからそう言ったら、翼は目を細める。くすっと妖艶な笑みを浮かるから、心臓がドキっと大きく跳ねた。

 不意打ちの笑顔は卑怯だ……

 いっつもぶすっとして険しい表情ばかりなのに、時々見せる笑顔があまりにも綺麗だから、見慣れていないからドキドキしてるだけなんだよ…… 

 なんだか言い訳っぽいことを心の中で呟いて、未だにドキドキしている心臓を服の上から押さえた。

 前にお弁当作りを教えてもらった時に翼が料理上手だとは知っていたけど、一人暮らしだったからだって納得した。

 それから宅配ピザを食べて、お昼過ぎに翼の家をおいとまして、翼は私を駅の改札まで送ってくれた。


「じゃあ、また明日な」

「うん、また明日、学校で」


 改札の前でそう言って片手をあげた翼に私も同じように返したのだけど、翼はなにか言いたげな瞳でじぃーっとこちらを見つめて動かないから、私も翼を見上げる。

 ここで分かれて、私は自宅へ、翼は翼の家へ帰る。私には母が待っていてくれるけど、翼は一人ぼっちの部屋に戻るんだ。そう思ったら、なにか言わなきゃと思った。

 大丈夫? ――でもそれは違う気がして。


「ありがと」


 お決まりだけど、無難な言葉を選ぶ。

 駅まで送ってくれてありがと。

 私の辛い気持ちに気づいてくれてありがと。

 それから、一緒にいさせてくれてありがとう……

 辛そうな翼を放っておけないって思ったのは私の独りよがりだったかもしれない。それでも翼は私が一緒にいることを許してくれたから。

 まだ私の瞳を見ている翼に笑いかければ、翼は口を開いて何かを言いかけて、すっと視線を横にずらした。その行動がなにかを隠しているって分かったけど、私から聞くのはやめた。今は言いたくないのかなって思ったから。

 今の私と翼の関係では聞けないことなんだって、不思議と納得したしまった。



  ※



「なんだぁ~~……」


 昼休み、ところどころ省いて土曜日から日曜日にかけての出来事を話した私に、千織ちゃんは残念そうなため息を盛大についた。

 ごめんね、期待を裏切って……


「本当に、一晩一緒にいてなにもなかったの!?」


 勢い込んでもう一度尋ねてくる千織ちゃんにコクコクと首を振って苦笑する。


「テレビ見て、朝方までゲームした気づいたら寝てたよ……」


 そう言った私に信じられないものでも見るような白い目をよこしてくるから、はぁーっとため息をついて組んだ手をとんっと膝に当てる。


「なにもあるわけないんだよ? だって私も翼も他に好きな人がいるんだから……」


 忘れようって決心したのに、私が好きだと思うの春馬だから。それは翼も同じはず。

 春馬や杏樹と一緒に四人で出かけても、翼はほとんど感情を表に出さないけど、でもきっ心の中では傷ついているんだろう。


「でもさ、偽っていっても恋人なんだよ? ずっと一緒にいたら気持ちの変化とかあるんじゃない?」

「気持ちの変化ねぇ……」


 呟いた私に、千織ちゃんがもうひと押しって感じに付け加える。


「ドキドキしたりしなかったの?」

「ええっと……」


 ドキドキ――その単語に、ばか正直に顔を赤くして視線を泳がせた私に千織ちゃんが詰め寄ってくる。


「その顔は、なにかあったんでしょ!?」


 私は真っ赤になっている顔を両手で覆って隠すようにして、千織ちゃんと目を会せないようにした。

だって。

 キスされそうになったことを言ってない。

 あれってやっぱり、キス……されそうだったんだよね?

 体と体が触れそうで触れない零歩の距離。翼の端正な顔が斜めに傾いでどんどん近づいてきて、すっと細められた眼差しが色っぽくて。私の右手を翼の左手に、左手を右手に捕らえられて壁に押し付けられて。息も触れそうな 距離に翼の顔が迫って――

 横に千織ちゃんがいることも忘れて、無意識に指先で唇を触れれば、弾かれたように千織ちゃんが言う。


「キスしたの!?」

「えっ、違うよぉ~」


 否定した声はとっても落ち着いていて、自分でもビックリ。

 でも、間近に迫ってきた端正な翼の顔を思い出すけど、どこか他人事のような気分だったから。


「なんだ……、ほんとになにもないのね……」


 しょんぼり肩を落とす千織ちゃんを横目に見て苦笑する。

 もし“あれ”がキスされそうだったなら、一人暮らしの翼の家に泊まるという選択は危うい選択だったのかもしれない。けど。

 ただ側にいたいと思った。翼が私の辛い気持ちに気づいて救ってくれたように、私も翼を守ってあげたかった。




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