第3話 実らなかった初恋
はじめて好きになったのは、小学三年生で隣の席になった男の子。いつも太陽みたいな笑顔を浮かべて、明るくて元気で、気がついたら好きになっていた。
小学校に入ってからは一年と同じ学校にいたことはなくて、それが三度目の転校だった。
教室の視線を一身に浴びて笑顔で挨拶しながら、どうせ仲良くなってもまたすぐに転校しなきゃいかないんだろうな……そんな寂しさを胸に抱えていた。
仲良くなるのは簡単。笑顔で接して、言われたことには素直に頷く。そうすればすぐに友達の輪の中に入れてくれる。
友達と遊ぶのは楽しいし、学校も大好きだった。それだけに引っ越しが決まったと両親に告げられて友達と別れることが数倍辛い。
みんな「忘れないよ」とか、「手紙書くね」とか言ってくれるけど、それは最初のほんの少しで、すぐに私の存在なんて忘れてしまう。それと同時に、私も新しい生活に早く馴染もうと、前の学校の友達のことを頭の引き出しの奥にそっとしまう。
だからこの時も、クラスメイトのことを一年以内に会わなくなる友達とかって思っていたのだけど、予想外に父の赴任が長引いた。というかもともと二年半という予定だったらしい、子供の私が聞かされていなかっただけで。
四年生へ進級し初めて同じ学校で一年以上過ごした私は、「いつか転校する」って危機感みたいなのがすっかり薄れてしまっていた。
五年生に進級し、はじめてクラスが一緒になった杏樹と仲良くなり、三年連続で隣の席になった春馬に、私は淡い恋心を抱いていた。
春馬といるとそれだけで楽しくて、馬鹿みたいに騒いで笑って、毎日がキラキラしていた。
でも小五の夏、両親から引っ越すことを告げられて、私は現実を思い出す――
結局、春馬への想いを伝えることなく転勤先の長崎へと引っ越していった。ただ、それまでと違うのは、杏樹や他の友達とも連絡を時々取り続けていたこと。中学生になってからもメールのやり取りを続けていた。
春馬からは一度手紙が来たけどそれっきりで。
その時の転勤は五年という期間が決まっていたため、母の勧めで家から近くの私立の女子中学校に通って、春馬への淡い恋心はすっかり忘れさられていた、のに――
それから五年後、高一の夏休みに私は小学校三年間を過ごした街に戻ってきていた。正確には、小学校の時住んでいた場所からは三駅隣なんだけど。偶然にも、転校先が杏樹の通っている高校だと知って、夏休み中、一度会うことになった。
「ひさしぶり~、ひなちゃん、大人っぽくなったねぇ~」
「久しぶり。杏樹はあんまり変わらない……」
穏やかな口調で喋る杏樹の向かい側の席に座りながら、私は苦笑する。小学校の時からふわふわの砂糖菓子みたいな女の子だったし、時々、電話で話す時もこの癒されるゆっくりな喋り方だったけど、見た目もあんまり変わっていなくて、懐かしさに笑みがこぼれる。
いまでも連絡をとっているのは杏樹と女友達数人くらいで、杏樹とが一番頻繁にメールをしていた。
お互い、メールでも連絡しあっていたけど、ご飯を食べながら近況報告する。
ふふっと笑う杏樹に、枝豆と牛肉のドリアを一口すくった私は首をかしげながら尋ねる。
「なに? いいことでもあった?」
「うん、あのね、彼氏が出来たの」
その杏樹の言葉に、私はあまり驚かなかった。相手が誰かまでは聞いていないけど彼氏ができたことはメールでも聞いていた話だったから。でも、ここで話すってことはなにかあるんだろうなと思って、視線で先を促す。
「その人ね、同じ学校で。きっと会えばひなちゃんも分かるよ」
幸せそうに微笑む杏樹を見て、誰だろうと思いを巡らせながら頷き返す。
「じゃ、今度、紹介してね」
そう言ったことを、すぐに後悔することになる――
※
二学期の始業式。廊下ですれ違ったのは、小学校の同級生で初恋の人でもある春馬だった。五年ぶりの再会で、一瞬、人違いかと思うほどカッコよくなっていた春馬に胸が急にドキドキいいはじめて戸惑ったのをよく覚えている。
すれ違いながら、やっぱり春馬だよねって思って振り返ったら、ちょうど振り返った春馬と視線が交わった。
「ひ、なた……?」
そう言った声は、私が知っている声よりもずっと低くなっていた。
「春馬……?」
もうほとんど確信していたけど、そう問い返した私に、春馬はあの頃と変わらない太陽みたいな眩しい笑顔を浮かべた。
幼い恋心はもうなくなったと思っていたけど、その笑顔を見た瞬間、胸の奥がきゅーっと締め付けられて、急速に小学校の淡い想いが強くて確かなものになって戻ってきた。
それから少し春馬と話して、性格とか雰囲気も小学校のまま穏やかっていうか優しいっていうか、そういうところが好きだったんだよね、なんて考えて。
私はいまでも春馬のことが好きなのかなって気づいたのだけど……
数日後に、杏樹の彼氏として紹介されたのは春馬だった。
転校してもずっと連絡を取り続けた大事な親友の杏樹、その彼氏が春馬だって言われたら、私には自分の気持ちをなかったことにするしかない。
いまならきっと、なかったことに出来るはず……
そう自分に言い聞かせて、私は五年ぶりに胸に芽生えた恋心に蓋をするしかなかった。