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第29話  予感



 すっかりお風呂で温まって、翼が用意してくれた翼の服に着替えてリビングの扉を開けて、胸の奥がチリッと痛んだ。

 十八畳ほどの横長の広々としたリビングダイニングは、これまた広々としたバルコニーに面している。今は土砂降りだけど、晴れている日なら夜景がとても綺麗に見えそうで、バーベキューとかもできちゃいそうな広さ。

 でも、リビングダイニングに置いてある家具は二人掛けのダイニングテーブルと椅子、バルコニーの前に置かれた大きな液晶テレビとテレビ台、その前に白い皮張りのソファーとローテーブル。それだけで十分なのかもしれないけど、それ以外の家具はなくて、物もぜんぜん飾ってなくて、広くて無機質な部屋という印象がぬぐえない。

 電気が対面式のキッチンしかついていなくて薄暗いせいかもしれないけど、ここで人が生活してるなんて想像ができない。モデルルームの方がまだ生活感に溢れている。


「ああ、出たのか」


 リビングに入ってすぐのところで立ち止まっていた私に、キッチンにいた翼が声をかけた。


「ねえ、翼って――」


 一人暮らしなの――?

 そう聞きたいのに聞けなくて。喉まで出かかった言葉を飲み込んで私は違う言葉を口にする。


「お風呂ありがとう。翼も早く着替えないと風邪ひいちゃうよ」


 ぽんっと翼の胸を叩いて笑いかけたんだけど、上手く笑えている自信がない。

 キッチンの照明しかついていない薄暗い中、翼は怪訝そうに私を見下ろしたけど、何も言わずにリビングから出て行った。

 私は扉が閉まる音を背に聞いて、はぁーっと小さなため息をついた。無意識に息を止めていたみたい。

 一人暮らしかどうか、そんな些細な質問が出来ない自分がもどかしい。でも、今回だけじゃない。私はずっと翼に対して聞きたいことを何一つ聞けていない気がする。

 どうして同盟の話を持ちかけたのか、とか。杏樹に告白しないのか、とか。どうして優しくするのか、とか。急に不機嫌になるのか、とか……

 聞きたいのに、それを聞いてしまったら今の関係が崩れてしまいそうな予感がして、一歩を踏み出せない。

 別に私と翼の関係なんて親友の親友で、偽の恋人を演じているだけなのに。ううん、だから、かな。私と翼は間に春馬と杏樹っていう存在を通してのつながりでしかない。それを踏み越えて、翼のことを知ってしまったら引き返せないような怖さっていうか。よくわかんないけど、もどかしい気持ちが胸にあって、自分でなんで? って問いかける。


「おい、ずっとそこに突っ立ってたのか?」

「……っ!?」


 突然、背後から声をかけられて、私は飛び上がるほど驚く。ぼぉーっと考え込んでいたから翼がリビングに入ってきたのにぜんぜん気づかなかった。だけど私は、振り返ってさらに悲鳴を上げる。


「きゃっ!?」


 シャワーを浴びてきたのだろう翼は上半身裸でグレーのスウェットパンツを履き、首からバスタオルをかけていた。髪の毛はちゃんと乾かしていないのか、黒髪はまだ濡れている。

 服越しに何度も触れたことがあるけど、何もまとっていない翼の胸は筋肉で引き締まった逞しいラインで、急激に心臓が煩く騒ぎ出す。耳の奥でドクンっ、ドクンって鼓動が煩くて、それを誤魔化すように私は大きな声で叫ぶ。


「なんで裸なのよっ!?」


 言いながら慌てて顔を背けたけど、しっかり翼の上半身を間近で見てしまったし、きっと翼にも私の真っ赤な顔は見られてしまっただろう。

 煩い心臓を押さえながら文句を言うと、翼は不機嫌な声でぶすっと言う。


「自分の家なんだからいいだろ。シャツ持ってくるの忘れたんだよ」

「なによ、開き直って……」


 私が男に免疫ないって知ってるくせに、なんで裸でなんか来るのよぉっ。

 心の中で泣き言を漏らして、ぎしっと床の軋む音に私はビクっと体を強張らせた。

 私と翼の距離は一歩なのにその一歩を詰められて、ずいっと顔を近づけられて、私は慌てて後ろに二歩下がる。その素早さといったら、自分でも褒めてあげたいくらいな俊敏さ。

 だけど、翼は私が後ずさったのを見て、あからさまに片眉をあげて不機嫌な表情になる。

 無表情から不機嫌な表情に変わるのを見てしまって、その表情がにやりと不敵なものに変わった瞬間、私の背中に嫌な予感が駆け巡る。

 ぎしっと床を踏み鳴らして近づいてくる翼に私はその倍の速さで後ろに下がって距離を取ろうとしたんだけど、私の二歩の距離を翼は一歩で縮めてくるから、背中にとんと壁が当たって私はあっという間に壁際に追い詰められてしまった。


「逃げられると追いかけたくなる、って知ってるか?」


 天使も裸足で逃げ出しそうな妖艶な微笑を口元に浮かべた翼に静かな口調で尋ねられて、妖しい光を宿した瞳に射抜くように見つめられて、私は視線をそらしたいのにそらせなくて。


「そんなっ、知らな……」


 壁際に追い詰められて、私と翼の距離は体と体が触れそうで触れない零歩の距離。翼の端正な顔が斜めに傾いでどんどん近づいてきて、すっと細められた眼差しが色っぽくて熱を帯びていて吸い込まれそうになって、慌てて顔を背けたら私の右手を翼の左手に、左手を右手に捕らえられて壁に押し付けられた。不意打ちの行動に振り仰いだら、息も触れそうな距離に翼の顔が迫っていて、キスの予感に驚いて瞳を大きく見開いた。




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