第27話 優しい彼
「えっ……!?」
ローラーブレードをやっていて転んだ杏樹を支えて一緒に床に座り込んでいる春馬。頬が触れそうな距離で見つめ合って、笑い合って、杏樹を愛おしそうに見つめる春馬の姿に、胸がぎゅっと潰れるような苦しさを覚える。
どうしようもなく苦しくて、こみあげてくる涙をどうにか隠そうとした時、私の視界が閉ざされた。
正確には、誰かの手で目元を覆われて前が見えない。
でも、杏樹に優しくしている春馬の姿なんて見たくなくて、突然のことに驚きの声を漏らしても、抗うことはしない私。
たぶん、その手が誰のものか分かっていたからかもしれない。
目元に当てられた手にほんの少しの力がかかって、後ろに引き寄せられるようにされて、とんっと背中が誰かの胸に当たった。
「翼……?」
前にも、私の苦しい気持ちに気づいてそこから連れ出してくれたのは翼だったから。
「……んな、顔すんなよ。見てるこっちが痛いんだよ」
そう言った翼の声は、掠れていてどこか切なげで。
以前にも聞いた言葉に、胸の奥がちりちりとざわめく。
なんで翼のが泣きそうな声出してんのよって、笑って聞きたかったけど、完全に涙が瞳から零れ落ちちゃって、うまく喋れそうにない。代わりにへらって笑ったら。
「なに笑ってんだよ」
って怒られちゃった。
翼はずっと私の目元を手で覆っていて、見えない視界に、私は翼の手って大きいんだなっとかちょーどうでもいいこと考えていて。
「どうした?」
リンクの中で止まっていた私と翼に気づいたのか、春馬の声が聞こえた瞬間、翼がぐいっと私の腕を引いて私の体は半回転して、顔をぐいっと翼の鍛えられた精悍な胸に押し付けられていた。たぶん、泣き顔が手だけじゃ隠せなくて、そうしてくれたのかな。なんて思うのは、思い上がりかな……?
「悪い、陽が気分悪いみたいだから、俺ら先に帰る」
淡々とした口調でそんな嘘をついて、翼は私の頭を胸に押し付けたまま強引に引っ張っていく。
視界は塞がれてて、翼にぴったりくっついているから歩きにくいっていうか、危ないんですけど……っ!?
「えっ、大丈夫か……?」
「ひなちゃん?」
遠くで春馬と杏樹の心配そうな声が聞こえても翼はぐいぐい私を引いて歩いて、やっと解放されたのはリンクの外のベンチに座らされた時。それも、リンクが背になるように座らせてくれるなんて……
言動は強引で俺様なのに、全部ぜんぶ私を守ってくれる優しさを感じて、体の奥からよくわからない気持ちがチリチリと湧いてくる。
靴を履きかえた後も、翼は私の頭を抱えるように腕を回して、春馬達に顔が見えないようにしてくれて。
私がすっごく歩きにくいとか、気にせずぐいぐい引っ張って歩いていくんだけど。先に帰ると言って、春馬と杏樹は心配して後を追ってきて。
そうしたら翼は耳元で私に先に行くように言って背中を押すと、自分だけ春馬達に近づいていって。
「それから言い忘れてたけど、これからは四人で出かけるのはなしな、もうお守りはごめんだ」
そう言ってくすりと笑った翼はすぐに私に追いついて来て、また頭に腕を回して抱え込んで、どんどん歩いていってしまう。
もう春馬と杏樹は追いかけては来なくて、きっとさっきの翼は皮肉気な笑みを浮かべていたんだろうなって想像して、心の中で「ごめん」って二人に誤った。
まだ、今日の本題の杏樹の誕生日祝いをしてないことを思いだして、本当に申し訳なかったけど、どこかほっとしている自分がいて、ちょっと自分が嫌になる。
それに。
エレベーターに乗り込んでもずっと頭を抱えるようにしてる翼をちらっと視線だけで見上げる。
もう四人では出かけたくないっていう私の気持ちに気づいていたの……?
聞きたいけど、なんか聞けない雰囲気に、視線を床に落とす。
優しいと思ったら、冷たくて。
冷たいのかと思えば、優しくて。
どっちが本当の翼なのか分からなくて困る。
でも、頬が触れる翼の胸は心地よいぬくもりで、このまま翼に寄りかかりたくなる気持ちを誤魔化すように、私は強く瞳をつぶった。




