第25話 デジャブ
バッティングを堪能して、アーチェリーに挑戦してみて、それから七階の屋内に戻った。
屋上は屋上で球技系のスポーツが目白押しだったけど、室内は室内っぽいものがところ狭しと並んでいる。ちょっと薄暗い照明なのが私には落ち着かないけど、目は徐々に慣れていったんだけど……
私のちょうど真横を、ピンポン玉がどちらかといえばゆったりとした動きで通り過ぎ、私はからぶった格好のままぴたりと固まった。
うぅ……
「まだ目が慣れない……」
ぐちりながら、目を細めたり瞬いたりしてみたんだけど。
「照明のせいじゃなくて、もっと単純な問題じゃないか……?」
無表情でしれっとした口調で言い放った翼は、ふっと鼻で笑った。
つまり、私の運動神経の問題じゃないかって暗に言っているわけなんだけど、その微笑があまりにも色っぽくて、馬鹿にされているのにドギマギしてしまう。
「まあまあ、ひなちゃん」
可憐な花を辺りにまき散らしながら、飛んでいったピンポン球をとってきてくれた杏樹が私をなだめるようにふにゅふにゅの笑顔で言う。
「次は頑張ろうっ」
とか言いながらサーブするために浮かしたボールを杏樹はスカっとからぶって、飛んでいくことのできなかったピンポン玉が卓球台の上でぽんぽんっと一人跳ねて、また下に落ちてしまった。
「えっ、あれっ……!?」
ちゃんと打てたと思っていたらしい杏樹がてんぱってあたふたしている。
室内に来て比較的すいているものから遊んでいって、今は卓球のブースにいるというわけ。
今までは春馬と杏樹、翼と私っていうチーム分けだったから今回は女子と男子で別れようって杏樹が言い出したんだけど、ぜんぜんラリーが続かない。
春馬は手加減してくれてるし、翼はスピードは手加減してくれないけどかなり打ちやすいところに返してくれているんだろうなって分かる。それでもラリーが続かない。
春馬はチーム分けした時からこうなることが分かっていたのか、苦笑しながらもにこにこしている。隣にいる翼はあからさまではないけど、ちょっと不機嫌。だってさっきっから、杏樹か私が打って、打ち返されて、打ち返すことが出来なくて止まっている。しかも、杏樹はサーブが苦手らしく、なかなか球も飛んでこないから、手持無沙汰といった感じで男子たちは立ちつくし、杏樹と私だけが疲れていっている。
なぜか翼は、杏樹が失敗しても何も言わないのに私が失敗した時はすかさず嫌味を言ってくる。はじめから杏樹は運動が苦手って分かっていて、私のことはそこまで苦手だと思ってなかったからなのかと一瞬思ったけど、すぐにそれは間違いだと気付く。
だって、翼は杏樹のことが好きだから。
杏樹がどんなに卓球が下手でラリーが続かなかろうと、心穏やかな気持ちで見守れるのだろう。
それに対して私はまだ知り合って三ヵ月少しだし? 親友っていうか親友の親友? 偽の恋人同盟結んでいるけどお互いに特別な感情はない。態度が違うのは仕方ないのかな。
しばらく杏樹が奮闘していたけれど、結局、ポーン、ポーン……以上のラリーが続かず、春馬が説得して次の場所に移動することにした。
それがなぜかはダーツ……
大人の遊びってイメージしかない……
円形のボードに向かってダーツを投げて、高い点数のところに当たればいいっていうのはなんとなく分かるけど、やったことはない。
「やったことある?」
隣にいる杏樹に尋ねてみれば、強張った表情のまますごい勢いで首を横に振っている。
認識的には私と同じみたいで、ちょっと苦手意識丸出しなのが分かる。
「春馬と翼はやったことあるの?」
「俺は少しだけ、翼に誘われて。翼はうまいよ」
「へぇ……」
春馬の言葉に、私は苦々しげな声で答える。
バドミントンも上手、バッティングも上手、卓球も、その上、ダーツもできるなんてできすぎじゃん?
翼って涼しい顔してなんでもひょいひょいこなしちゃってヤな感じ……
そう思ったのが伝わったのか、翼が眉根をぎゅっと寄せた不機嫌そうな顔で私に近づいてきて、パチンっていきなりデコピンしたのよっ!?
「いたっ……、なにするのよっ!」
痛むおでこを押さえながら叫ぶと、いつもの無表情で翼が私をジロっと見下ろした。
「先に睨んでたのは陽だろ」
「うっ……」
確かに、睨んでいたかもしれないけど。だからってデコピンすることないじゃない! っていう訴えは口の中で掻き消える。
「俺は兄貴に付き合わされてやったことがあるんだよ、そんなにうまいわけじゃない」
「へぇ~、翼ってお兄さんいるんだ?」
初めて知る情報に単純に驚いてオウム返しにしただけなのに、翼は苦虫でもかんだようにきゅっとしかめっ面をした。
…………?
なんか、痛いとこつかれたみたいな苦しそうな表情に、内心首をかしげる。
私がそれ以上尋ねる前に、翼が話を続ける。
「ダーツは投げるだけだから、コツさえつかめば誰でもすぐにできるんだよ。運動神経関係なくていいだろ?」
初めはボソボソした声で言って、最後は私を見てにやりとした。
それって私に当てつけてるよね!?
「私、運動神経そこまで悪くないしっ」
悪くない、と自分では思うから反論したら。
「そうだな、陽は運動神経いい方なんじゃないか」
なんて、思いもよらない言葉を言われて、ぱっと翼を振り仰げば。
「問題は不器用なところだな」
そう言って、翼はにやりと意地悪な笑みを浮かべた。
まったくもって反論できなくて、私は本当にぶすっと頬を膨らませて翼から体ごとそらした。
そらした視線の先では、さっきまで苦手意識前回だった杏樹がすでに春馬に教えてもらって楽しそうにダーツを投げていた。
あら、まあ……
変わり身の早さに、ただため息が漏れるだけ。だけど、別にそれが嫌ではない。
杏樹が楽しそうにしていれば、こっちまで楽しくなるし、笑顔になってしまう。杏樹はそんな雰囲気を持っている。
ほこほこと胸が温かい気持ちになっていたら、後ろから「おい」って呼ばれてはっとする。
「なに?」
振り返ったら、もっと遠くにいると思っていた翼が真後ろにいて、振り仰いだ顔のすぐ近くに見下ろした翼の顔があって。
「…………っ」
息が触れそうな、あまりの近さに私は慌てて顔をそらしたんだけど、翼も同じように顔を横にそらした。
なんだか気まずい雰囲気が流れそうだったんだけど、すぐに翼はいつもの無表情で私を見下ろす。
「こっちもやるぞ」
「えっ、でも、私やったことないけど。ただ投げればいいの?」
ぽかんと首をかしげてそう言ったら、ふんって馬鹿にしたように笑われた。しかも鼻で!
「ただ投げればいいんじゃない。ちゃんとフォームがあるんだよ、教えてやるから、こっちに立ち」
言うなり、私の腕をつかんで引き寄せると、床に張られた赤とか黄色のちょっと派手なテープの前に立たされる。
「グリップは親指と人差し指で軽くつまむように持って、中指を軽く添えて。体はダーツボードに垂直になるように、腕をまっすぐ伸ばして肘は九十度に曲げる」
すぐ後ろに翼が立って、まさに言葉通り手取り足取り教えてくれて、私は翼にされるがままに体の向きを変えて、腕を伸ばして、肘を曲げて――
私の背中にぴったりと翼の逞しい胸がくっついていて、包み込むように腕を捕まれているから、嫌でもドキっとしてしまう。
そういえば、料理を教えてもらった時もこんな態勢だったなって思い出して、急に不機嫌になった翼の表情を思い出してしまった。
凶器に似た鈍い光を放つ冷ややかな眼差し。あまりにも怖い表情で睨まれて。でも。
苦しそうに歪められた表情があまりにも痛々しくて、胸をぎゅっと握りつぶされたみたいに痛んだ。
なんであんな表情したの――?
そう聞きたかったけど、聞いたらまた翼を怒らせてしまいそうで、せっかくみんなで楽しく遊んでいるのに、その空気をぶち壊すようなことはできそうになかった。




