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第24話  飛んでいくもやもや



 バトミントンを終えて、次は翼の希望でバッティングコーナーに行った。

 球の速度ごとに場所が分かれていて、左利き用もちゃんとある。一番奥にはピッチングコーナーもある。

 頑丈な黒い扉がいくつもついた黒い建物は、屋上でわいわいとスポーツを楽しむ空間の中に異様な雰囲気を放っていたけど、なんどかバッティングセンターに行ったことのある私は、久しぶりにやってみようかななんて考えて、わくわくしてくる。

 ここでは自由行動って感じになったけど、杏樹は春馬がやってるのをすぐそばのベンチで座ってみていて、その流れで私は翼と一緒になってしまった。

 うん、そのまま私も分かれて空いているバッティングコーナーに入ればよかったんだけど、ちょっと翼のバッティングに興味があったというのもある。

 自分から行きたいって言ったくらいだからそれなりに上手なんだろう。まあ基本、翼は運動神経よくて、涼しい顔してなんでもうまくこなしてしまうのが癪なんだけど。

 翼は私がついてきていることを特に気にする様子もなく、まっすぐ一つの扉に向かって中に入る。そこは両利き用のちょっと広めのスペースの場所だったんだけど、かなり球のスピードが速い。

 いきなりそんなとこに行くなんてって驚きながら、私はベンチには座らず、扉のすぐ横のネットのはられた窓の前に立って翼の後姿を眺めた。

 バットを握って構えた翼を見て、私はあっと息をのむ。

 翼って左利き……!?

 もう三ヵ月以上一緒にいるけど、翼が左利きだなんて知らなかったから驚かずにいられない。

 驚きに口を開けて見つめる先で、翼は正面のパネルに映し出された投手の画面を真剣な眼差しで見つめ、飛び出してきたボールを的確なタイミングで打ち返した。

 カーン……と小気味良い音を響かせてボールは正面のパネルをやすやすと飛び越えていく。

 等間隔に打ち出されるボールを翼は乱れぬバッティングで打ち返していく。その鮮やかな後姿を、私は呆然と見つめていた。

 視線の先、十球打ち終わった翼が振り返って視線が交わる。見入ってしまっていたのが恥ずかしくて、私はぱっと視線を横にそらした。


「なんだ、見てたのか。陽はやんないのか?」


 扉を押し開けて出てきた翼に無愛想な口調で聞かれて、私はまごまごと答える。


「やるけど、翼がどのくらいうまいのかみてやろうと思って……」


 あまりのうまさに見とれてしまったなんて言えなくて、私はわざと話題をそらす。


「翼が左利きなのにビックリよ」


 驚きを表現して言うと、翼はわずかに片眉をあげただけでなんでもないことのように言い放つ。


「ああ、俺、両利きだから」

「はい……?」


 両利きってなんですか……?


「左利きよりの両利きっていうのか? 箸とペンは右でも左でも使えるから普段は右。だけどこういうのは左がやりやすい」


 そう言って、親指を立てて肩越しにバッティング場を指す翼を、私はぎゅっと眉根を寄せて怪訝な眼差しで見つめる。

 なにそれ、どんだけ器用なのよ!?

 右でも左でもできるって、すごすぎじゃん!!

 聞けば、野球は小学校からやってて、右打ちもできるらしいけど左のがうまいんだってさ。

 そーいえば、バドミントンのラケットは右で握ってたな、なんて思い出して、右でもあれだけ上手だったら、左はどんだけなのよ? ってちょっと闘争心が出てしまった。

 それから、私は翼がやっていたとこよりも遅めのスピードのバッティングに入る。

 なぜか、翼は中までついてくるし……


「…………」


 無言で翼を見ると、翼はぽんっと備え付けのヘルメットを私の頭に被せてにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「お手並み拝見」


 その挑戦的な言葉に内心、むっとする。

 さっきあれだけのバッティングを見せつけられて、お手並みもなにもないじゃない。


「変な当たり方して真横に飛んでいくかもよ?」


 狭いバッティングコーナーの中、私が立つベースの右横に腰を下ろした翼をじろっと見降ろす。

 真横に飛んでいくのなんて練習始めたての頃のことだけど、あまりにも無防備にすぐ横に座られて、私の方が居心地悪くてそんなことを言ってしまった。

 私はバットを握る手に力を籠め、ざわつく心を鎮めるように瞼を閉じて大きく深呼吸した。

 瞳を開けると頭の中はすっきりして、正面のパネルに映し出された投手を見すえた。画面に投手のぎこちない動きを映しながら、第一球目が投げ出された。そのボールをしっかりと目でとらてえ、ここだってタイミングでバットを振ったのだけど、ボールは私の脇を通り過ぎて真後ろのネットに当たって床に転がった。

 うーん……

 タイミングはだいたいあっていたと思うから、あとは位置かな。

 この辺かな、って素振りをした直後、すぐに二投目が投げ出されて、私はイメージ通りの軌道を描いてバットを振った。

 バットを握る手に一瞬強い衝動が走って、直後、カンッという金属の高い音を響かせてボールはやや左に低く飛んでいった。

 パネルには届かなかったけど、私の頬はくにゅっと緩くなる。

 当たったことが嬉しい。なによりも、爽快感。

 だけど、二球目の余韻に浸る暇もなく、次々に球が投げだされて。私はただ目の前のボールにだけ集中した。

 あっという間に十球が終わってしまって、バットを持った手を下におろしてほぉっと息を吐き出した。


「なかなか上手だな」


 床に手をついて立ち上がりながら、翼が本当に感心したような口調で言うから調子が狂う。


「どういたしまして」


 私はもごもごしながら答えて俯く。

 二球目の後、三球目は外したけど、その後は全部ちゃんとバットに当たって打ち返すことができた。久しぶりで十球中八球打てればいい方だと自分でも思う。

 それに。

 ボールを一つ打つごとに、胸のもやもやが一緒に飛んでいった。ただ目の前のボールに集中することでいままでもやもや悩んでいたことを完全に忘れていた。

 終わってしまえば、ここ最近なかったくらいすっきりした心にほぉっとため息がこぼれた。

 もしかして、全部わかっていて誘ったのかな――?

 そんな疑問が浮かんで、先に扉を押して外に出る翼の背中を視線だけをあげてちらっと見た。瞬間。振り返った翼の瞳とぶつかって、心臓が大きく飛び跳ねた。


「なに?」


 ちょっと不機嫌そうに眉根を寄せて小首をかしげる翼に、私はなんでもないと首を横に振った。




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