第20話 友人の助言
「で、土曜はどうだった? 進展はあったのかなぁ~」
好奇心丸出しでにやにや顔で尋ねてくる千織ちゃん。春馬からすでに興味はなくして、次のターゲットは翼みたい。
私は土曜の出来事を思い出して、なるべく感情を表情に出さないように淡々とした口調で告げた。
「別になにも。進展なんてするわけないし」
言いながら、私はちょっとむっとして頬を膨らませる。表情を出さないようにとか思いながら、やっぱり土曜のことを思い出せばむっとした感情が姿を現す。
俺様な翼に振り回されるだけ振り回されて、熱まで出したんだから……
「ふ~ん、その様子じゃいい方には進展はないか」
「いい方って……?」
千織ちゃんの言葉に私は眉根を顰める。
「今の恋に終止符を打つような、劇的な展開。新しい恋の芽生え!」
オペラの一節でも読むかのような芝居がかった口調で言った千織ちゃんを一瞥する。
「ありえないし!」
周りには聞こえないような小さな声で話しているけど、それでも同じ教室に春馬がいると思うとつい意識してしまって、私は口元に手を当ててさらに小さな声で囁く。
「私はやっぱり春馬のことを好きなんだって再実感したくらいだよ」
「ふ~ん、そうなんだ、残念」
ちょっと残念そうに千織ちゃんは唇を尖らせる。
なにを期待していたのか、想像したくないかも……
「日曜のデートも風邪でなくなったんでしょ」
私と翼の同盟のことも、日曜日に春馬と出かける予定だったことも、なんでも知っている千織ちゃんに私は曖昧な笑みを浮かべる。
「うん……、でもそれでよかったのかも」
後から聞いて知ったことだけど、杏樹はもともと日曜日には予定があったらしい。翼がそれを知ってて日曜日に私と春馬が出かけられように仕組んだのかは分からないけど、もし、そのことを杏樹が後で知ったらどう思うかと考えただけで、ブルッと背筋が震えた。
春馬と翼と私の三人ならまだいい。でも、私と春馬が二人きりで出かけたって知ったら、杏樹はいい気はしないだろう。親友といっても、何かあるんじゃないかって思うかもしれない。
杏樹に隠れて春馬と出かけようとしたことが後ろめたくて、罪悪感が胸に押し寄せる。
沈んでいる私を見て、千織ちゃんは「なんで?」とは聞かなかった。
少しの沈黙を挟んで放った千織ちゃんの言葉がぐさっと胸にささる。
「それで再実感して、告白する決心でもついた?」
「告白なんて、できるわけないじゃない……」
地面の深くまで沈みきったようなくらい声音で答える。
春馬がどんなに笑顔を向けてくれようと、優しく接してくれようと、私は所詮友達止まり。春馬は杏樹の彼氏だ。
告白しても、フラれるのが目に見えている。それどころか、春馬とも杏樹ともいままでの関係ではいられなくなる。
もし、私が春馬を好きだと杏樹が知ったらどんな気持ちになるだろう? 裏切られたって思うかな……?
どんより沈んだ気分の私に、千織ちゃんは落ち着いた静かな声で尋ねた。
「じゃあ、どうするの? 陽ちゃんはどうしたいの?」
顔をあげれば、とても真剣な瞳の千織ちゃんが私をまっすぐに見つめている。
どうしたいか――
そんなこと考えたこともなかった。
私は春馬のことが好きで、でもそれは許されない想いで。だって春馬には彼女がいて、その彼女は私の親友で。好きなことをやめられなくて、伝えることのできない想いを抱えたまま親友を演じている。胸の奥底に閉じ込めた気持ちが苦しいって叫んでいることから目を背けて、蓋を上から力任せに押さえつけて。それでこれからどうするの――?
私の脳裏によぎったのは、春馬と杏樹が仲良く一緒にいる姿。その姿をいつも、親友の仮面をかぶって見守っている。心ではその姿から目を背けたくて仕方ないのに。
二人が仲良くしている側にいるのが辛くて、胸がどうしようもなく苦しいのに、それでも仮面をかぶり続ける私……
「わからないんだ、じゃあ、仕方ないね」
黙り込んだ私に、千織ちゃんは小さなため息をつくと共にそう漏らした。
それはまるで、私がどうすればいいか、迷宮からの抜け道を知っているような口ぶりだった。
「ところで、六枚って着すぎでしょ。どんだけ寒がりよ?」
「えっ、んん……」
話がコロッと変わって、私は曖昧に返事するしかできない。思考はさっきの千織ちゃんの言葉に囚われている。
でも、千織ちゃんは私がどうすればいいか知っていてそれを言う気がないというのが話題を変えた態度で分かる。
しつこく聞いたら教えてくれるかもしれないけど、言わないっていうことは、自分で見つけなってことなんだろう。
どうしたいか、どうすればいいか。
私はその言葉を呪文のように心の中で繰り返した。




