第19話 隠しきれない気持ち
「いや~、仲良しなことでぇ~」
含みを持った口調にはっと我に返ると、表情もこの上なく楽しそうににやにや笑いをしている千織ちゃんの視線に、私は脱力しきって机に突っ伏した。
「他人事だと思って……」
「だって他人事だし、見ているこっちは楽しいから」
そう言ってにやりと笑う千織ちゃんに何も言い返せなくて、私は机に突っ伏したまま、顔だけを右側に向ける。
安部 千織ちゃんはうちのクラスの女子の出席番号一番で、春馬と翼に囲まれている席の時、私の前の席だった子。
一年の時はクラスが違くて最初はあまり話さなかったけど、出席番号が近いとなにかと一緒の班になることが多くて、掃除の時だったかな。
「ねえ、逸見さん。逸見さんって飛鳥君と宇治君と仲良いけど、どっちかと付き合ってるの?」
中庭掃除中で、近くに春馬も翼もいなくてちょうど千織ちゃんと二人っきりの時にそんなことを尋ねられた。
「えっ、違うよ……」
こんな感じのことを尋ねられるのは初めてじゃなかったけど、ちょっとどもってしまったのは、千織ちゃんがあまり人の恋愛事とか興味のなさそうな女の子だったから。
さばさばしていて、たいてい一人でいることが多い。かといって、女子とも仲良くやってるし、男子とも気さくに話している。
「どっちとも付き合ってないよ。春馬とは小学校が同じで、翼は春馬の親友だから」
どもってしまったのを誤魔化すように笑顔で答えたのに、千織ちゃんは私の言葉を聞いていなかったかのようにさばさばした口調で言い放った。
「そうなんだ、じゃ、逸見さんの片思いなんだね」
「えっ!?」
千織ちゃんの言葉に驚かずにいられなくて、私は今年一番じゃないかってくらい大きな声を出してしまった。
「なっ……、なんのこと……?」
完全に動揺しまくっている私に、千織ちゃんはにやりと訳知り顔で笑う。
「だって、逸見さんって飛鳥君のこと好きでしょ。見てれば分かるよ」
さらっと言われて、私は否定もできずに口をぱくぱく動かすことしかできない。
そんな私を見て、千織ちゃんは腕を後ろに組んで、首をかしげながら尋ねた。
「飛鳥君のこと、好きなんでしょ」
その言葉に、私の顔はかぁーっと赤くなっていった。
なんだか千織ちゃんには誤魔化せない気がして、私と春馬と翼のことをかいつまんで説明した。
春馬とは小学校の同級生で初恋だったこと、転校して、こっちに戻って再会して春馬を好きだとおもってしまったこと。だけど春馬には今現在彼女がいて、それが自分の親友でもあること。翼とは春馬に付き合うことを薦められて、でもお互い別に好きな人がいるから――翼が杏樹を好きなことは伏せておいたけど、千織ちゃんは気付いているかも――偽物の彼氏彼女を演じる同盟を結んだこと。
私は春馬への想いを封じていること。
だけど、千織ちゃんにはばれちゃったんだよね……、出会って一ヵ月足らずで。
そんなに私の気持ちってバレバレかな? って尋ねたら、千織ちゃんは「よーく観察していれば気づくかも」なんていうんだよ。
自称、人間観察が趣味の千織ちゃんにはなんでもバレバレなんだろう。
でも、千織ちゃんにばれてしまったのは少し救いだった。誰にも気づかれてはいけない想いだから、苦しくても誰にも相談できなかったけど、今は千織ちゃんが話を聞いてくれる。
「それにしても、飛鳥君ってたらしの素質あるね。アレって素でやってんでしょ?」
アレっていうのは額を額にくっつけたことだと思う。
「うん……」
春馬は計算で動くような人間じゃない。アレも深い意味はないんだよ! って自分に言い聞かすけど、まだ頬が心なしか熱い気がして、私はぐりっと横向きから真下に顔を動かした。鼻が冷たい机にあたっている。
「でも、それで納得かも」
意味深な千織ちゃんの言葉に、私は机から顔を離して、訝しげな視線を向ける。
「なに?」
「陽ちゃんって、クールな仮面で気持ちを上手く隠してるつもりだけど、結構、ぼとぼと仮面落としてるじゃん?」
うっ……
反論できなくて、ぐっと押し黙る。
「それなのに、あんなに近くにいても飛鳥君は全然陽ちゃんの気持ちに気づいている感じしないから不思議だったんだ~」
その言葉にツキっと胸の奥に小さな痛みが走った。
春馬が私の気持ちに気づいていないのは、私は気付かれないようにしているからで、それでいいんだけど、もしかしたら心のどこかでは気付いてほしいって思っているのかもしれない。
「でも納得。飛鳥君って天然たらしだったか」
天然たらし……
とんでもない称号を千織ちゃんにつけられた春馬にちょっと同情した。