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第17話  不機嫌な男



 なにをどうやって春馬と二人だけで出かけるようにしてくれたのは少し気になるけど、これは一歩進むチャンスなのかもしれない。

 この恋に決着をつけるための――

 そこまで考えて、ついさっきまでの思考を思い出す。


「ねえ、どうしてそこまでしてくれるの?」


 ただ単純にそう疑問に思って、気がついたら言葉にしていた。

 思えば、いつも翼は私の気持ちを軽くしてくれる。

 好きになっちゃいけないヤツなんていないって言ってくれたことも、偽恋人同盟にのってくれたことも、教室から連れ出してくれた時も。

 やり方は強引で、不敵な笑みでからかわれたりするけど、翼のおかげで私は前向きになってきてる。最近では苦しいだけだった春馬への気持ちに決着をつけられそうな予感に、もつれた心が綻んでくる。

 翼はそんなこと聞かれるとは思っていなかったのか、一瞬瞠目していつもの無表情に戻る。

 漆黒の瞳は何かを探るようにじぃーっと私を見つめ、その奥で凶器にも似た鈍い光が瞬く。


「俺と付き合っていても、お前はやっぱり春馬のことが好きなんだな」


 突然言われた言葉に、ただただ首をかしげる。

 私を見下ろす翼の瞳があまりに冷ややかで声が震える。


「なに、言ってるの……、そんなの始めっから分かってて付き合ってるじゃない……」


 私は春馬が好き、翼は杏樹が好き。でもそれは実らない恋で、気づかれちゃいけない恋で。私と翼が付き合うことを望んだ春馬と杏樹を安心させるために私と翼は偽物の恋人を演じているだけ。

 どちらかが恋を実らせるか、はたまた違う人を好きになった時点で同盟は終了。個人のプライベートには踏み込まないという約束もした。

 そんな分かりきってることをどうして聞くの……?

 出かかった言葉が喉にべっとりと張り付いて出てこない。

 あまりにも怖い表情で翼が私を睨んでいるから、動揺せずにはいられない。

 声は出てこないし、身じろぐことも出来ない。今ちょっとでも動けば、鋭い牙をむき出しにした猛獣が襲い掛かってくるような恐怖で体が小刻みに震え、本能的に翼から距離をとるようにジリッと後ずさった瞬間。

 床についていた右手を掬われて、気がついたら私は背中を床につけて仰向けに倒れ、覆いかぶさるように翼が私の上にいた。

 翼の右手は私の耳すれすれの床につかれ、左手は私の右の手首を強く掴んでいる。

 つかまれた手首にギリっと力が込められて痛みに眉根を寄せたけど、ふいに見上げた翼の表情があまりに辛そうに歪められていて、掴まれているのは手首のはずなのに、胸がずくんと痛んだ。



  ※



 ピピッ、ピピッ、ピピッ……

 部屋に鳴り響く電子音に、脇に挟んでいた体温計を取り出して、そこに表示されていた数字を見た瞬間、一気に体が重くなった。

 ベッドの上で上半身だけ起こして座っていた私は、風邪だって意識したとたんに、頭が割れるように痛み始めた。


「熱高いわね、病院行く?」

「ううん……、寝てれば大丈夫……」


 心配そうに私を見るお母さんに尋ねられて、私は首を横に振る。今日は日曜日だから、行くなら救急で空いてるところを探さなきゃいけない。

 病院に行く気力がないというのもあるけど、寝れば治るような風邪だと思う。


「じゃあ、おかゆ作って薬と一緒に持ってくるから。今日はゆっくり寝ていなさい」

「うん……」


 腫れてショボショボする目元を押さえながら頷き、起こしていた体をベッドに横たえて布団を顔の下まで引き寄せた。

 ベッドの横に腰かけていたお母さんが立ち上がり、部屋を出ていく音を聞いて、私ははぁー……と重たいため息をついた。

 目が腫れてるのは熱のせいじゃなくて、熱が出たのは風邪のせいじゃなくて……

 その原因に心当たりがあって私はやるせないため息をついて、布団をさらに引き上げて頭までかぶって横に寝返りを打つ。つぶったまぶたの裏に思い浮かぶのは、昨日の光景――


『俺と付き合っていても、お前はやっぱり春馬のことが好きなんだな』


 冷ややかな声音で言った翼。床に縫い止められるように倒されて、間近で見上げた翼のあまりに辛そうな表情に胸が苦しかった。

 翼が真上に覆いかぶさるような恰好のまま時が止まったように部屋が静まり返り、どのくらいしてか、翼がぎゅっと唇をかみしめて忌々しげに眉根を寄せて私の上からどいた。

 私は床に背をつけたまま動けなくて、ただ、痛む胸元を服の上からぎゅっと握りしめた。

 翼はそのまま立ち上がると、鞄を手に取り扉に向かって歩き出すから、私は慌てて体を起こして翼の後を追う。

 だけど、部屋の扉に手をかけながらちらっと振り返った翼は苛立ちを露わにした険しい表情で、呼び止める言葉が出てこなくて。


「…………っ」


 私は無言のまま翼の後姿を見つめ、玄関まで来ていた。靴を履く翼は、私を拒絶するように背中が強張っていて。


「明日はせいぜい春馬と楽しんでくるんだな」


 低く皮肉気な声で言い放った翼は、振り返ることはなくて帰ってしまった。

 ほんのちょっと前までは、お弁当作りを不器用な私に熱心に教えてくれて、お世辞にも美味しそうとは思えない残骸みたいなサンドウィッチを食べてくれて、おまけに美味しいとまで言ってくれて、春馬と二人で出かけられるようにまでしてくれて。

 それなのに、帰っていく翼は振り向きもせず、非難するような言葉を残していった。

 どうしてあんなこと言ったの……

 なんであんな顔したの……



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