第16話 迷宮の出口
目の前で、残骸としか言えないような無残な姿のサンドウィッチ(わたし作)の二個目を無言で食べる翼を見て、私もサンドウィッチを一つ手に取ってぱくっと頬張る。
ムシャムシャムシャ……
きゅうりは大きいから歯ごたえがありすぎで、トマトは形を留めてなくてなんとなくトマトの味がするだけ。触感は不思議なのに、味は普通に美味しかった。っといっても、ソースなんて分量はかって混ぜるだけだから美味しくないはずがないんだろうけど、翼が言うには“混ぜるだけ”でもこの世のものとは思えない不味さにできる人もいるとか……
それと比べれば全然食べられるものだし、見た目さえ我慢すれば美味しい。
翼が言った言葉がただのお世辞じゃなくて本心からなんだと分かって、ちょっと胸の奥がくすぐったくなる。
そんなにお腹が空いていたのか、翼はサンドウィッチを五個も平らげて、私は自分のと翼が作った分を合わせて三つ食べた。
翼が作ったの、見た目から美味しそうだったけど、味も格別に美味しかった。とても同じ材料で作ったとは思えない……
いまどき流行の、料理のできる男子ってやつか、羨ましい限りで。
美味しさのあまり、ほぉーっと小さな吐息を吐き出したら、ちょうど視線を上げた翼と目が合ってしまった。誤魔化すようにへらっと笑うと、案の定、翼は不機嫌そうに眉根を顰めたけど特に何も言ってこなかった。
※
その後、お昼を食べ終えて一緒にキッチンでお皿や使った食器を洗ってから、温かい紅茶を入れて私の部屋に戻ってきていた。
今日一日でいきなり上達はしないだろうからという翼の意見で料理指導は終わりってことで。
部屋の机の上に置いてあったレンタルショップで借りたDVDをたまたま翼が見つけて、それが翼も観たいと思っていた映画だったらしくて観ようってことになって、パソコンを部屋の中央に置いているローテーブルの上において、私と翼はベッドに寄りかかるようにして座ってDVDを観た。
DVDを観終わってからは、お菓子食べながら今観たDVDの感想を言いあった。ここがすごかったとか続編があるのかなって話して、それから他愛もない話で盛り上がって気づいたら窓の外が夕暮れで紅にそまっていた。
なんかこれこそデートっぽくない……?
ふっと気づいたことに、内心焦る。
初めは料理できない私にお弁当作りを教えてくれるってことだったのに、すっかり部屋で寛いで、私の隣に翼がいるのが当り前のような空気にドギマギしてしまう。
翼がしたがっていたデートってこんな感じなのかなって疑問に思ったけど、ベッドに寄りかかるように並んで座っているから翼の表情は首を真横に向けないと分からない。
でも確かに、実際に休日に二人で過ごしてみないとデートがどういうものか分からないままだったかも……
恋愛初心者の私には経験したことがないことのフリなんてできないし、ちょっと翼の言ってた通りかもと反省する。
ちらっと横に視線だけを向ければ、翼は携帯をいじっていた。
私の右肩のすぐそばに翼の逞しい左肩がある。触れていないけど、触れそうな距離に、体の右側がなんだか熱を帯びる。
最初はヤな感じって思ったよ。初対面で挨拶しているのに一言も話さないとか、態度悪すぎだし、無表情で絡みづらいし俺様なヤツだし。でも――
春馬に誰かと付き合ってみればって言われて悲しくて、苦しい恋に胸が痛んで、どうして好きな人がいる人を好きになっちゃったんだろうってこぼした私に、翼は言ってくれた。
『好きな人がいるヤツを好きになったんじゃなくて、好きになったヤツがたまたま好きな人がいるヤツだったんだろ』
『好きになっちゃいけないヤツなんて、いないだろ』
その言葉がすっと胸にしみ込んで泣きたくて、すごく嬉しかった。
杏樹に片思いしている翼だから、同じように実らない恋を秘めている翼だから、その言葉に心をついて。後ろ向きにしか考えられなかった気持ちを、前向きに考える翼はすごくて、そんな翼の側にいたら少しは自分も前に進めるかもって思えた。
ずっと出口のない迷宮を彷徨っていた。姿を見かけるだけで心が弾んで、友達としてでも側にいられれば幸せで、でも春馬は杏樹の彼氏でそんな気持ちを二人には気づかれちゃいけなくて、何重にも蓋をして鍵も厳重にかけて必死に自分の気持ちを隠してきた。それが苦しくなってきて、逃げ出したくなって。そんな時に翼と偽恋人同盟を結んで、どうしようもならないと思っていた恋に決着をつけられそうな予感がした。
自分の思考に沈んでいたら、翼がおもむろに話しかけてきた。
「明日、駅前広場の時計塔前に十時な」
突然の会話に何のことを言っているのか分からなくて首をかしげると、翼は視線を手に持った携帯に向けたまま、不機嫌そうに言葉を続ける。
「春馬だよ、明日の待ち合わせ時間と場所」
その言葉に、そういえば翼はお弁当の作り方を教えてくれるだけじゃなく、明日の日曜日に私が春馬と出かけられるように仕組んだとか言っていたな……と思い出す。
「了解、バイトは変更できたの?」
確か明日、翼はバイトって言ってけどシフトは変更できたのかなって聞いてみたら、翼はこっちを見ずに無愛想に答えた。
「……変更してない」
ボソッとこぼされた言葉に私は困って首をかしげ、翼を振り仰ぐ。
「えっ、でも四人で出かけるんじゃ……」
翼が来ないってことは春馬と杏樹と私の三人ということになってしまう。いつもだったらこのメンバーで出かけるのも渋々ではあるけど納得するけど、春馬の彼女である杏樹の前で春馬に手作りのお弁当をあげるなんてできない。まだ翼がいれば、みんなに作ってきたってことで春馬もどうぞって言えるけど……
四人で出かけるようにしてくれるのだとばかり思っていただけに、戸惑いが大きい。
不安げに瞳を揺らしていたら、私の考えに気づいたように翼が付け足す。
「安心しろ、杏樹も今回は来ない」
「えっ……?」
それって春馬と二人っきりってこと……?
なにをどうやったらそんなことになるのか分からなくて、戸惑いばかりが胸に膨らむ。そもそも、あんな残骸ボロボロサンドウィッチを春馬に食べてって言うのが恥ずかしい。
なんともい言えない表情で困っていたら、私の心の内を読んだように翼はいつもの無表情で言う。
「春馬が文句言うわけないだろ。それに食べたら絶賛される」
絶賛は持ち上げすぎだと思うけど、確かに、温厚な春馬ならどんなに見た目が悪くっても作ってきたといえば嫌な顔一つせずに食べてくれるだろう。それが想像できるだけに不安が一気に飛んでいった。
明けましておめでとうございます!
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