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第15話  指導の定義



 料理上手の杏樹が手作り弁当を春馬に作っているのを見て「いいなぁ~」とこぼした私に翼は「じゃあ、お前も作れば?」と言う。


「そんなの無理だよ……」


 翼の言葉に間髪入れず首を振る。


「別に“友達に”っていうことにして作ればいいだろう」

「そういう問題じゃなくて……」

「なんなら、春馬達誘って四人で出かけるセッティングもしてやるよ」

「だからそういうことじゃなくて……」


 なんかすごいこと言いだした翼に、私は慌てて言葉を挟む。


「私っ……」


 勢いよく言って翼を見上げて、言葉を詰まらせる。


「料理、できない……」


 続いた言葉は恥ずかしくて小さな声になっていって、私は翼からふいっと視線を外した。

 私が作ったお弁当を春馬が食べてくれたら嬉しいけど、それはいろんな意味で無理なんだよ。春馬は杏樹の彼氏だし、なにより、私が料理できない……なんて理由。

 絶対、笑われる!

 翼が馬鹿にしたように笑うのを覚悟してぎゅっと目をつぶったんだけど、聞こえたのは笑い声じゃなくてため息だった。


「はぁ~。なんだ、そんなことで無理だっていってたのか。それなら俺が作り方を教えてやるよ」


 という翼の提案で、土曜日にうちに来て簡単なお弁当の作り方を教えてもらうことになった。

 私がどうしようもなく料理できないことをさんざん言ったにも関わらず、翼は大丈夫と言い張った。

 なにをどうしたのか、翌日の日曜日には私と春馬が出かけられるようにまで仕組んだとか言うし……

 そんなわけで、明日に備えてお弁当作りの指導を受けている今に至るというわけなんだけど――

 土曜日の昼頃、うちにやってきた翼はお弁当の材料をしっかり用意してきて「簡単な弁当といえばサンドウィッチだ」とか言って作り方を教えてくれたんだけど。

 きゅうりを切れと言われてやってみれば、分厚いザクザクしたきゅうりになり。ゆで卵を作るように言われてやってみれば、卵が爆発し。ジャガイモの皮をむくように言われてやってみれば、皮じゃなくて指をグサッとやってしまった……

 父は仕事で、母はお友達と出かけていて私と翼しかいない静まり返ったダイニングで、椅子に座った私の指に翼が盛大なため息をつきながら絆創膏を貼ってくれた。


「お前……、ほんっとに不器用だな……」


 そこまで不器用だと呆れを通り越して尊敬する、って言われてムっとする。


「だから言ったじゃない!」


 不器用なのは自覚してるけどそんなふうに言わなくてもいいじゃない。だから初めに、料理できないことを言ったのに……


「母だって、私には絶対に包丁を握らせないんだから……」


 言っていて、自分でもちょっと情けなくなる。

 中学生の時、調理実習があるから練習をしようと思ってキッチンに立ったのが始まり。その時のキッチンと私の指の惨状と言ったら……言葉ではとてもじゃないけど表現できません。母は「まあ、初めてだから」と言ってくれて、その後も何度か夕飯の手伝いとかしたけど、いつからかキッチン出入り禁止令が出たのだった。

 はぁーっと大きなため息をついた翼は仕方ないと言いながら私の背後に立ち、包丁を握らせた私の右手の上から自分の右手をかぶせた。


「まずは包丁の使い方からだ」


 言うなり、左手で新しいきゅうりを取り出しまな板に置いて、包丁を持った右手を動かすから私は焦った声をあげる。


「ちょっ、待って……、そんないきなりはむりっ……」

「怖がるな」

「だって……」


 怖気づいて引っ込めた腕は骨ばった大きな手にぐいっと捕まれて、真後ろに立った翼にすっぽり腕の檻に囲われるような恰好で、逃げることも出来ない。背中越しに触れるのは鍛えられた逞しい胸で、私は心の中で悲鳴を上げる。

 近いからぁ――――……!


「ほら、入れるぞ。ちゃんと見ろ」


 顔を斜め横に背けていたら、ぐいっと顎を左手でつかまれて正面を向かされる。そこには、まな板に乗ったきゅうりと包丁を握った私の右手を掴む翼の右手。包丁の切っ先はいまにもきゅうりに切り込もうとしていて私は、これから繰り広げられるだろう大惨事にぎゅっと固く目をつむる。

 もうどうにでもなれ――



  ※



 約一時間後。

 切ったの?? って問いかけたいくらいボロボロのきゅうりと原型をとどめていないぐちゃぐちゃのトマトとかろうじてハムと分かるハムが挟まったクロワッサンサンドと卵の挟まったクロワッサンサンドがどてんと乗ったお皿が置かれたローテーブルを挟んで私と翼は座っていた。


「はぁ~~……」


 呆れ半分苛立ち半分の長いため息を、翼は横を向いて吐き出した。

 結局あの後、あーでもないこーでもないって翼がサンドウィッチ作りを指導してくれたんだけど……出来上がったのがこの残骸達。

 自分でもどうしようもないと思うけど、根気強く教えてくれたにも関わらずぜんぜん上手くできない自分が情けなかった。

 私が作った残骸状態のクロワッサンサンドの横には、翼が見本にと作ったクロワッサンサンドが置いてある。まるでパン屋さんで売っているような美味しそうなもので、とてもじゃないけど同じ材料で作ったとは思えない。

 結局、上手に作れないままだけど、もう十四時を過ぎてお腹空いたからお弁当作りの練習は休憩にして、作ったサンドウィッチをお昼がわりに食べようということになって、私の部屋に運んできたところ。


「ごめん……」


 決まり悪げにボソッとこぼした私を一瞥した翼は、自分の作った美味しそうなサンドウィッチではなくて、私のボロボロのサンドウィッチを手に取りかぶりついた。

 もぐもぐと口の中で咀嚼して飲み込む翼の姿を、私は固唾を飲んで見守る。背中にじわじわと嫌な汗が広がってきて、判決を待つ被告人の気分。

 そんなに時間をかけずにサンドウィッチ一つを食べ終え、口の端に着いたマヨネーズを親指の腹で拭ってペロッと舐めた。


「見た目は悪いけど味はうまい。これならもう少し練習すればすぐに上達するだろ」


 思ってもいなかった言葉に、一瞬耳を疑ってしまった。

 怪訝な表情で翼を見ていたら、それまで無表情だった翼が明らかに不機嫌そうに眉根を寄せた。


「なんだよ……?」

「えっ、だって……絶対まずいって言われると思ったから」

「まぁ、究極の料理下手は簡単なサンドウィッチでさえ不味く作れるらしいが、陽は不器用だけど味付けのセンスはあるみたいだな」


 味付けのセンスって……


「マヨネーズとレモンと塩コショウとオリーブオイル混ぜるだけでも、この世のものとは思えないような不味いものになる時があるんだ」


 訝しげに見つめたからか、私の心を読んだように翼が付け足した。


「うーん、そういうものなのかな……」


 褒められていると受け取っていいのか微妙で苦笑すると。


「そういうもんだ」


 って言い切った翼は二つめのサンドウィッチを手に取った。



今年最後の更新となります。

いつも読んでくださりありがとうございます。

皆様、良いお年を~!

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