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第14話  恋人の定義



 恋人って……なに……?

 ってか、この状況がなに?


「ちょっ、待って……、そんないきなりはむりっ……」

「怖がるな」

「だって……」


 怖気づいて引っ込めた腕は骨ばった大きな手にぐいっと捕まれて、背中越しに触れるのは鍛えられた逞しい胸。すぐ後ろに翼が立っているから、私はすっぽりと包まれるような格好になっていて、心の中で悲鳴を上げる。

 近いからぁ――――……!


「ほら、入れるぞ。ちゃんと見ろ」


 顔を斜め横に背けていたら、ぐいっと顎を左手でつかまれて正面を向かされる。そこには、まな板に乗ったきゅうりと包丁を握った私の右手を掴む翼の右手。包丁の切っ先はいまにもきゅうりに切り込もうとしていた――



  ※



 遡ること一日……

 中間試験も無事に終わって、通常授業になった金曜日。この日もいつも通り杏樹が八組にやってきて、春馬、杏樹、翼と私の四人のランチ。

 試験が終わってすぐのロングホームルームで席替えをして、春馬とも翼とも斜め前と隣という席順ではなくなったけど、春馬の前後の席が空いているからそこに集まって机や椅子を移動させる。

 机のセッティングも終えて、それぞれが机の上に本日の昼食を乗せたところで、私はあれっと首をかしげる。

 春馬の前にはなにも置かれていない。春馬は週に二回くらいはお弁当持参で、あとは学食か購買でパンを買ってくるんだけど、今日は購買にいくと行ってなかったし、金曜日はお弁当のことが多い。

 どうしたんだろう、忘れたのかな……

 不思議に思っていると、杏樹が今日はいつもより大きな鞄を抱えていることに気づく。

 膝の上に置かれたピンクの可愛い手提げ鞄から出てきたのは、普段使っている杏樹の小さなお弁当箱と大きな二段のお弁当箱。それを「はい」と春馬に差し出した。


「わりーな、サンキュ」


 二段のお弁当箱を受け取った春馬は嬉しそうにはにかみ、杏樹にお礼を言った。


「ううん、私が作りたくて作ったんだから気にしないで」


 杏樹もにこりと笑い返す。

 さっそくお弁当の蓋を開けた春馬は、上段と下段のお弁当箱を並べて感嘆の声を漏らす。


「うまそうだな~」


 私も斜め向かいに座る春馬のお弁当を覗き込んで息をのむ。

 上段はからっときつね色に上がったから揚げ、黄金に輝く卵焼き、ほうれん草の煮びたし、レタスとトマトのサラダがちょこんと添えられてあって、下段はご飯がびっしり詰まっていて、その上には香ばしい豚の生姜焼きが綺麗に並べられている。

 ボニュームたっぷりでいかにも男の子のお弁当って感じだけど、すごく綺麗に詰められていて、生姜焼きの横には花形でくりぬかれた人参がさりげなく添えられていて、彩りも綺麗。

 杏樹は調理部でお菓子作りが大好きで、お弁当も時々自分で作っているも知っている。おすそわけでいただくお菓子は、プロ級に美味しいのを知っているから、きっとお弁当もすごく美味しいのだろうな。

 いいなぁ……

 それが私の感想。

 美味しいお弁当を作ってもらえる春馬が羨ましいんじゃなくて、料理上手な杏樹が羨ましい。

 好きな人にお弁当を作ってあげられることが――……

 そこまで考えて、どんどん気分が沈んいく。俯いて、自傷的な笑みを口元に浮かべた。

 そんなの、無理って分かっているから。

 夢みたいなこと考えて、馬鹿な自分……

 胸の奥に冷たいものが押し寄せてきて、ぎゅうぎゅう私の心を圧迫する。

 息がつまりそうになっていたら、横からとんっと足を蹴られた。

 はっと顔をあげれば、翼がいつもの無表情で私を見ている。

 その瞳は吸い込まれそうなほど綺麗な漆黒。その中に、わずかに心配の色が浮かんでいて、私は慌てて笑顔を作る。

 無理やり笑ったからへらっとした笑みになっちゃって、翼は一瞬、片眉をあげたけど、すぐに正面を向いてお弁当を食べ始めたから、私も顔をあげてお箸を手に取っていただきますしてお弁当を食べ始めた。だけど。

 顔を上げることはできたけど、胸にぐるぐる渦巻く気持ちは浮上しきれなくて、ぜんぜん箸が進まない。

 もう食べるのをやめて箸を置こうとした時、今度はぐいっと横から腕を引かれて私は無理やり立たされ、ガタガタと椅子が揺れて音を立てる。


「えっ……」


 驚いて顔をあげると、翼が私の腕をつかんで怖い顔で睨んでいた。

 なに……?

 疑問が声になる前に翼が歩き始めて、私は引っ張られるままに走るようにして翼についていく。

 振り返れば、ぽかんとした表情の春馬と杏樹。そりゃそうだよね、私だってなにがなんだか……

 強引に腕を引いてたのは教室を出るまでで、廊下を歩く翼の歩調はさっきよりもゆっくりになっていて、私は小走りじゃなくてもどうにかついていけた。

 ねえ、どうしたの? って問いかけたかったけど、翼が私の苦しい気持ちに気づいて連れ出してくれたんじゃないかなって思えて、私は何も言わずに黙って翼に引かれるまま歩いた。

 翼が向かったのは、校庭の横にある中庭。校舎の間にある中庭と違って、こっちの中庭はあまり人が来ない。


「で、どうした?」


 そう尋ねる翼は顰め面で口調はどこかぶっきらぼう、でも、瞳の奥に心配した色がちらついて、不謹慎にも私は顔がほころんでしまった。

 なんだか翼のことが分かってきた気がする。

 いつも無表情か不機嫌な顔ばかりだけど、ただ感情が表に出にくいだけで、その奥には優しい気持ちが隠れている。いまだって、私のことを心配しているのが分かった。

 翼の質問に答えず、にこにこ笑っていたから、ペチッとおでこを叩かれた。


「気色悪い笑い方をするな」

「だって……」


 翼が優しいから――

 その言葉を私は心のうちにとどめておく。言ったら、翼の機嫌が悪くなりそうな気がして。


「だって何だ? なにを沈んでた?」


 表情はあいからわず険しいけど、その口調はゆっくりと私に問いかけている。


「うーん……」


 翼の優しさに気づいて、さっきまでの沈んだ気持ちから浮上できていた。言うかどうしようか迷うっていると、ギロっと氷雪のような鋭い瞳で睨まれて、私はおずおずと沈んでいた原因を話した。


「……いいなぁ~って思っちゃったの、そんなの無理なのにね」


 視線を床に落として自傷気味に苦笑した私に翼はしれっと言い放つ。


「じゃあ、お前も作れば?」




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