第13話 同盟の定義
「部活で忙しかったのは本当だから仕方ないじゃない、翼もこの後バイトなんでしょ?」
忙しいのはお互い様、そういう気持ちで言ったら、ギロっと冷たい視線で見降ろされた。
「俺は陽の都合に合わせるって言っただろ、一緒にするな」
うっ……
確かに、翼はメールで私の都合に合わせてバイトの予定も変更できるって言ってくれたけど、結局私が部活を優先させたからいままでデートできてなくて、この図書室デートに至っているということですね……
納得せざるを得ない言葉に、私は言葉を詰まらせる。
でもさ、私は試験勉強のため、翼はバイトまでの時間つぶしのために図書室にいるって、この状況はやっぱりデートじゃないじゃん……
もう口に出しては言えない反論を、喉の奥で飲み込む。
でも――
ふっと視線を書架の奥の談話室に向ける。そこにはたくさんの生徒が座っていて、真剣に勉強をしている人もいればお喋りしている人もいて。その中に、この後バイトだけどそれまでの時間を彼女や彼氏と過ごしているって人もいるんだろうなって、考えて。
そもそも、私と翼は彼女でも彼氏でもなく、恋人同盟を結んでいる偽のカレカノだから、どうやってもデートと思えないのかな、なんってことに気づく。
翼と本物の恋人になることはないけど、同盟を組んでから翼に対する苦手意識は断然薄くなったし、恋人のフリのボロがでないためのメールのやりとりも苦痛じゃないし、やっぱ強引だって思うこともあるけど、以前より翼と仲良くなれたとは思うけど――
「ねえ、翼」
自分の思考に落ちていた私は、ふっと視線を翼に向けて静かな口調で尋ねる。
「そもそも、なんで付き合おうとか言い出したの? 翼はさ、私のこと嫌っていたよね?」
だって、初めて会った時、自己紹介したのに「よろしく」の一言もなくスルーされたし。私が見たいって言ったお店はことごとく却下されて、あげく私のクレープ落とされたし……
思い出してイラってするってよりも、ある意味衝撃的な出会いだったと思う。あの日、満足げににやりと笑った翼の笑顔が強烈に頭に残っている。
ぜんぜん返事が返ってこないことに不思議に思って首をかしげて翼をみれば、黒い瞳をみはって、完全に固まっていた。
なぜ固まる……?
「もしかして、嫌い嫌いは好きの裏返しとか……」
あまりに固まっている翼がおかしくて、くすくす笑いながら言う。
冗談のつもりで言ったのに、翼がまったく何も言わないから、私は自傷的な笑みをくすりと浮かべて続きを喋る。
「あるわけないか。翼が好きなのは杏樹だものね」
そう、だって翼が好きなのは杏樹だから――
あの日。
漆黒の瞳を切なげに揺らした翼、その視線の先に杏樹がいた。
見ているだけでこっちまで胸が締め付けられるような切なさと苦しさの入り混じった表情に、ああ……って思わず納得してしまった。私は一瞬にして翼が杏樹に片思いをしていることに気づいてしまった。しかも、私と同じ片思い。好きな人は親友の恋人で、行き場のない気持ち、でもどうしようもない気持ち。
幸せになってほしいって言った春馬の言葉に勝手に傷ついて。
俺とつきあえばいいって言った翼の言葉に戸惑いながらも、それがいいのかなって逃げてしまった。
抜けられない迷宮で彷徨って、ちょっと疲れてしまった。
付き合うことを薦められていたのは私だけじゃなくて翼もだから、恋人同盟を結ぶことはお互い利益になることだけど、根本的に疑問なこと。
私、嫌われていたよね……?
翼の方を見れば、なんだかむすっとしている。なんでいきなり不機嫌? 相変わらず読めないなぁ……
理由が分からなくて、私は首をかしげた。
※
結局、理由は分からないけどあの後、翼が不機嫌なまま会話終了、バイトの時間になり駅で分かれるまで一言も話さなかった。
機嫌悪くて話さないとか子供みたい、さすが俺様。
だけどいちいち声には出さない。慣れちゃったというか、めんどくさいとか思ってしまう自分に苦笑する。
「じゃあ、また来週」
「ああ」
挨拶しても翼はそっけなく言って、振り返らずに開いた扉から降りていった。
急に機嫌が悪くなるのも無口なのもいつものことで、週末は試験勉強に夢中になって、合間に翼にメールを送った時はそっけないけど返事はちゃんと返ってきたから、翼が不機嫌になった理由をそれ以上気にすることなく、すっかり頭の片隅にやってしまった。