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第12話  デートの定義



「――で、なんであんな言い方したの?」


 放課後の図書室。試験前ということもあって、二階の談話室の机はすべて生徒で埋め尽くされていて、私と翼は書架の奥の壁側に置かれた小さな机を挟んで二人向かい合って座っていた。

 授業が終わって掃除も済ませて図書室に来てから、ずっと向き合っていた数学の問題集から顔を上げて私は問いただすようにきりっと鋭い光を瞳に宿して翼を見たんだけど。


「なにが?」


 いつもの無表情でそんなふうに聞き返されて、ちょっとイラっとする。

 なんのことを聞いたのか分かっているはずなのに、「なにが」とか聞いてくるのがこの俺様男なのよね!

 この一ヵ月の翼――っといってもほとんどが学校での様子だけど――を見て、翼がすごく頭の回転が速くて、手際よく物事を進めていくってことが分かった。きっと頭の中で、先の先まで予測していつでも瞬時に最適な答えをはじき出しているんだろう。ロボットみたい……、無愛想なとこも含めて。

 でもその無愛想男……女子にすごくモテること。っといっても、女子は翼が放つ無表情&不機嫌オーラに近寄れなくて遠巻きにきゃあきゃあ騒ぐだけなんだけど、その近寄りがたい雰囲気がたまらないんだそうで。私にはまったく理解できない。

 偽とはいえ翼と付き合っていることがばれたら、女子のやっかみを買ってちょっと厄介かもしれない。

 まあ、そんなこといまはどうでもよくて、問題集と真剣に向き合っていた私とは対照的に、翼は図書室に来てから何もしていない。鞄は小さな机の脚元に投げ置かれていて、筆記用具すら出していない様子から勉強する気がないのが分かる。

 なにしに図書室に来たんだ?

 そんな素朴な疑問が浮かんで、最初の質問をしたというわけなんだけど。


「なにがって、分かってるでしょ?」

「分からないから聞いているんだろう?」


 無表情でしれっと答える翼に、私は苛立ちを押し込めながら、わざとらしく一言一言を区切って言う。


「デートじゃないじゃん」


 昼間に翼が言った言葉だ。

 杏樹の誘いの返答に困っている絶妙なタイミングで断ってくれたけど、断った理由が納得いかなくて、ありがたいとか思えない。あの場では反論することも出来なくて仕方なく何も言わなかったけど、いまは杏樹も春馬もいないのだから、はっきりさせようじゃない。


「なんであんな言い方したのよ。普通に図書室行くって言えばいいじゃない」


 もう付き合っていることは告げてあるんだから――ってこれも勝手に翼がしたことだけど――、ただ一緒に図書室行くっていうだけでも効果はあると思うのですが……?


「嘘は言ってないだろ」


 まあ、デートの定義は男女が前もって約束して会うことで、図書館に行くことは前の日のメールのやりとりで決まっていたことだから嘘ではないけど。気持ち的な問題っていうの?

 私は試験勉強をするために図書室に来ているのであって、これがお喋りとか一緒に読書だったらまだデートらしいけど、話すわけでもなく。

 って、なんかこんなふうに言ってると私がデートしたいみたいに聞こえるかもしれないけど、そうじゃなくて!

 デートじゃないのにデートってわざわざ嘘つく必要ないじゃないって言いたいのよ!

 まぁ、付き合ってるって嘘ついてるのに今更って思うかもしれないけど。

 だいたい、翼にいたっては勉強もしてないし――


「ただ、バイトまでの時間つぶしじゃない……」


 ぼそりと不満げに漏らした小さな声をしっかりと聞き取った翼は「だから、なに?」と言わんばかりの不敵な笑みを私に向ける。

 私の文句に対して全く悪びれる様子もなくて、いやになる。


「なんだよ、もっとデートらしいことしたいのか?」


 いつもの無表情に、僅かにからかいの表情を浮かべてにやりと笑う翼に、私はぷいっと横を向く。

 心の中を読まれてしまったように感じて、ちょっといたたまれない。

 って、デートしたいわけじゃないし!


「別に……」


 ぶっきらぼうに答えた私に、ふっと翼が甘やかな笑みを口元に浮かべるからドキっとしてしまう。

 普段が無表情でほとんど感情が表に出ない翼の笑顔はすごく貴重で、しかもやわらかい笑みなんて滅多に見ないから驚いたの。


「まあ、俺は陽と一緒にいるだけでデート気分味わえるからいいけどな」

「なっ……によ、それ……」


 ドキっとするようなことを言われて、声が裏返ってしまう。

 同盟で彼氏彼女やってるだけなんだから、そんな嘘つかなくてもいいのに……

 今、私の目の前にいるのは、優しげな笑みを浮かべて魅惑的な眼差しをまっすぐ私に向ける翼。本当に愛しい彼女を見つめるような甘い光を浮かべた瞳にくいいるように見つめられて、どんどん顔が赤くなってしまう。

 そこで、はっとする。

 これはまた、私を動揺させるようなことを言ってからかおうって魂胆なんじゃないかしら……?

 昼間のことを思い出して、浮かれそうになる血液からしゅっと熱が引きあげていく。

 冷静になれ、私!

 キリっとした眼差しを翼に向ければ、すでに無表情の翼は視線を窓の外にむける。


「そもそも、忙しい忙しいって言って今までデートもしていないんだ。試験前でないと時間がとれないって言ったの陽だろう? デートって言ってなにが問題なんだ」


 確かに、付き合い始めて約一ヵ月。

 ゴールデンウィークは大会があって、その後も市民大会とか大会続きで部活が忙しくて、同盟を結んだあの日以来、翼とは校外で会うことも一緒に帰ることもなかった。

 いちお、学校にいる時――春馬と杏樹の前限定だけど――翼とは付き合っている演技をして仲良いところを見せている。「恋愛初心者には嘘つくのは無理だろうから、出かけられない分、メールくらいして恋人のフリできるようにしろよ」という翼の提案に、毎日メールのやり取りはしているけど。

 ってか、翼の中で私は恋愛初心者決定なのね……

 うん、否定はできないけど……

 だって、私の初恋は小五の時、春馬に。その後は今の学校に転校するまで中高一貫の女子校だったから好きになった人もいないし、付き合った経験もない。

 初めて付き合うのが偽物の彼氏って、私なにやってんだろうって思うけど、仕方がなかったのよ……

 とにかく、今まで土日も部活か大会で忙しくてデートもしてなくて。

 わたし的には、恋人同盟なんだから、春馬達がいないとこでデートする必要はないと思うんだけど……

 今週の火曜日から試験一週間前になって全部活動は活動休止になって、その次の日から放課後の図書室デートが続けられている。今日で三日目。つまりね、翼の「デート発言」は三度目ということで、いいかげんどういうつもりなのか聞こうと思ったの。

 翼はどうやら、偽物でもデートするべきって考えみたい。




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