秋とオレンジ
「おまえ、マジでうぜー」
衣替え間近のある日の昼休み。
真顔で言われた。低い声。彼はぶわりと舞い上がったクリーム色のカーテンを煩わしそうに振り払う。
「な、なによう……」
あたしはそれ以上彼と目を合わせていられなくて、いつのまにか箸からポトリと落ちたタコさんウインナーに視線を落とした。お弁当箱の下に敷いたブルーのハンカチの上で、寂しそうに転がっている。
冷えた秋風があたしと彼の間を吹き抜けた。
「……そういうこと、すんなよ」
彼はそれだけ言うと、食べかけの焼きそばパンを握りつぶすようにして席を立った。ガッ! と大きな音が響く。
「ちょ、ちょっと!」
あたしは俯けていた顔を上げて彼の背中に向かって叫んだけれど、真っ白な背中は振り返りもせずに教室を出て行った。
中途半端に浮きあがったお尻は、壊れかけのロボットのように固まって、そのままボスンと椅子に着地した。
―――『これ、千佳ちゃん先輩から……』
あたしは手の中にある封筒をそっと机の中にしまって、溜息をついた。
*****
「……修ちゃん」
放課後の教室。クラスメイトの帰る音。廊下の笑い声。
「……なに?」
彼は鞄を持って立ち上がりながらこちらを向いた。あたしは西日のさす彼の落書きだらけの机を見ながら、ぼそりと言った。
「は? なに?」
彼は自然な動作ですっとかがんで、あたしの口元に耳を寄せた。その瞬間、ふわりと彼のオレンジが香って、あたしはぎゅっと両手でスカートを握りしめた。顔を上げる。
「っ! ……うー、……ごめん」
鼓膜つぶれるぐらいの声で言ってやる!、って思ったけど、ダメだった。……意気地なし。
「ふーん。あ、そう」
「う、なによそれー」
そんな反応されても、困る。彼は後ろの机に浅く腰をおろして、あたしと目線を合わせた。教室にはまだ何人も残っていたけれど、彼のそばでは周りの音が急に遠ざかる。夕日色に染まった彼の髪が秋風に揺れる。
「あのね、ちゃんと言って来た」
「……へえ」
「……さいてー、って言われた」
「ま、そうだな」
「うう」
「反省しろ」
「……うん」
彼はふわりと笑うと、あたしの席から鞄を取って教室のドアに向かった。あたしは慌てて彼の夕焼け色に染まったシャツを追いかける。揺れるカーテンが見送るようにあたしの髪を撫でた。