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1章

暑さで目が覚めた。



何も変わらない世界だ。



暑さを鬱陶しく感じているのだ。



昨日までと同じ世界だ。




たまにある涼しい日は困るのだが、


鬱陶しい反面、この時期は遅刻を気にしないで眠れる。



ここは窓のすぐ傍だ。



カーテンは冬以外はつけない。



春は心地よい日差しのせいで寝過ごすこともしばしばだが、


俺はこのベッドの位置は気に入っていた。




「おはよう」



「おはよ」



聞こえるか聞こえないかの声で返事が返ってきた。



母はいつもこうだ。



朝に異常に弱い。



だがこうして毎朝起きるようになったのは進歩かと思いながら洗面所に向かう。



「蒼太、今夜は晩御飯いるの?」



さっきより少し張った声で母が尋ねてきた。



「あぁ。今日は早いだろうから。」



そう言って鏡の前に立つ。



冴えない寝起きの顔がぼんやり見える。



この景色は嫌いだ。



毎朝テンションを下げられる。



例えばここに


美月理沙の顔が映っていたとしたらどうだろう。



朝の少し汗ばんだ気持ち悪さからも開放され、


まだ眠りを求めるこの目はパッて見開き、


母の気怠い声も忘れさせ、なんとも清々しい朝になるに違いない。



もちろん俺の見たい顔が映っているはずはない。



むしろ映っていると怖いくらいだ。



朝なのに霊的な何かが起こったか、


俺の頭がどうかしてしまったのだろうから一大事である。



洗面所を出るとパンを焼きテレビを点ける。



もう癖のようになっている。



いつもここで後悔をする。



朝といえばニュースか子供向けの番組しかやっていない。



後者はもう何年見ていないだろう。



うちにはそんなのを見る年齢の者はいない。



そうなるともうニュースしかないのだ。



ここ最近は政治家が口を滑らせただの、


ネットで誰かが叩かれているだのとそんなニュースばっかりだ。



芸能ニュースも好きではない。



結婚や破局など事細かに報じられる彼らが気の毒に思えるのだ。




少ない朝食を10分足らずで済ませタバコに火を点け携帯電話を開く。



すると同時にアラームが鳴り響く。



このタイミングの良さだけは今朝起こった唯一のいい出来事といえるだろう。



アラームを切るとメールが2件届いていると表示されている。



メールボックスを開くと水原絢人と天野結季という名前が表示された。



絢人からは今日飲みに行かないかというメールだ。



ただしこの場合の今日とは昨日の事である。



昨夜は寝不足が祟って23時前に眠ってしまったようだ。



このメールの受信時刻は23:03になっている。



またすぐに連絡を取る相手だから


返事はいいかと次の受信メールに進む。



あれからどうなってるの?



結季とはまだ出会って5ヶ月ほどだが


なんでもズケズケと聞いてくる。



もっともお互い様なのだが‥



これはどうせ理沙の事だろう。



この手のメールはさほど間を置かずしょっちゅう送られてくる。



俺が理沙への想いをうっかり告げてしまったからなのだが。



これにも返事は送らない。



どうせ明日数人で食事に行く予定になっている。



今晩にでも電話がかかってくるだろう。



その予定を立てたのは結季になのだから。




この日も8時半ちょうどに家を出た。



エアコンの風がどうも体質に合わないらしく


、一人の時はほとんどエアコンはつけない。



まだ少し涼しくもある夏の風と蝉の声を聞きながら車を走らせた。




今年の4月から車通勤が可能な支社に配属になり


朝の早さ、電車通勤の苦しさからは開放された。



ここに配属になり、


偶然理沙と仲の良かった結季と知り合う事になる。



お酒の好みも量も合いすぐに意気投合した。



結季には大学から付き合っている彼がいて


何度か一緒に飲んだ事もある。



名前は四海晴生。



俺が今まで生きてきた中で


最も人の良さが外見に滲み出ている人物だった。



外見だけではなく内面も伴っているのだからすごいものだ。



内面は外見に表れるものだなぁとつくづく思わされた。



結季がベタ惚れなのもよくわかる。



結季は人懐っこくとても愛嬌があり、とても明るい。



よく言えば天真爛漫、


悪く言えば手に負えない‥とも言えなくはないのだが。



二人はとてもお似合いなカップルに見えた。



見えたというか実際にそうだったし、


誰が見ても口を揃えてそう言うだろう。



会社に着く前にコンビニに寄る。


毎朝のことだ。


着いたと同時に携帯が鳴った。


着信の音だ。


水原絢人と表示されている。


出ると朝からとても元気な声が響いた。


「おはよう!」


「あぁ、おはよう」


「なんだ元気がないじゃないか」


やけにテンションが高い。


「出社前だぞ。元気なんて出るかよ。」


「そりゃそうだな。」


「んでなんの用だ?

 大方ついさっきまで飲んでたとか言うんだろ。」


「まぁな。途中まで居酒屋で飲んでたんだが閉めるって言うもんだから

 うちで飲み直してたらこんな時間だったってわけ!」


電話の向こうで笑っている。


「今日は休みなのか?」


「そうだよ。俺はな。

 だけど直弥が出勤だってのについさっきまで居てなぁ。慌てて出てったよ。」


またゲラゲラ笑っている。


まだ全然お酒が抜けていないのだろう。




「きっと会社に着いたら上司にどやされるぜ。

 あれは。酒臭いしフラフラだったからな。」


「そうか。じゃあ俺は行かなくて正解だったな。」


「なに?お前気付いてたの?」


「いや、眠ってて今朝メールを見たんだ。」


「寝るの早いよ!じじいか!。」


「まぁ起きてても行かなかったろうけどな。

 今度は休みの前の日に誘ってくれ。」


「分かった。じゃあな!!」


「いや、ちょっと待てよ。何の用件だったんだ?」


「ん?あ~、いや心配だったからな。

 まぁ声聞けば大丈夫そうだし会社行けるんなら上等だ。」


「あぁ、全然平気だよ。」


「そうだよ。まだ決まったわけじゃあない。

 というわけで寝るわ!もう限界だ‥。」


「うらやましい奴だな。ありがとう。じゃあまたな。」


「おう、頑張れよ!」




最後の方は今にも寝そうな声だったなとか思いながらコンビニに入り

いつものようにタバコとコーヒーと昼飯を買う。


絢人はいい奴だ。


一番の親友と言える。




きっと昨夜一件しかメールを入れなかったのは

俺が今日仕事と分かってたから。


休日前なら何件も着信が入ってるとこだ。


そのメールも周りに言われて送ってきたのかもしれない。


今日この時間にかけてきたのもきっと出社前を見計らってのことだろう。


絢人の家から直弥の会社までは1時間以上かかる。


ということは1時間前には絢人の家を出ているはずだから

すぐ寝ようと思えばもう眠りに就いている時間だ。


酔っていてもそこまで人のことを気遣える人間はそうはいない。


今夜にでも

アイツの好きな酒を持って家に行こうかなどと考えながら会社に向かった。



会社に着くと受付の涼子ちゃんがいるかを毎朝確認してしまう。



恋愛感情は無いが男というのは可愛い子には目が行ってしまうのだ。



すると涼子ちゃんと目が合った。



いるとわかっただけでなくこの日のように目が合い、


挨拶をしてくれる日はなんとなくテンションが上がる。



軽く会釈すると後ろから声がした。



「デレデレしちゃって。」



結季だ。



否定もめんどくさくなるほどよく言われていることなので



「悪いか?」



と、そっけなく返す。



「おはよ!」



「おはよう。」



「相変わらず朝は辛そうね~」



「・・・」



「また今晩電話するね。」



「あぁ。」



小走りで受付の方に向かっていった。




いつも通りに仕事をこなす。



なんとなく自分の時間も作りながら。



悪く言えばさぼりだ。



俺は人生に息抜きは必須だと考える。



その方が仕事の効率も上がることも知っている。



たまに自分のSNSのページを見てみたり、


屋上に行ってタバコを吸ったり。



これぐらいは誰でもしていることだ。



俺は至って真面目な社員とは言えないが、


仕事はできる方だと自負している。



そのことを上司も認めてくれている。



もう長い間上司から文句を言われたことなどない。



むしろ好感を持ってくれているそうで職場での居心地はいい。




仕事も、友人関係もほとんど問題はない。

だからこそ、ぼーっとしている時に考えてしまうのは恋愛の事。

理沙のことを考える時間が長くなったとつくづく思う。


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