【三題噺】涙味の飴たちが降る窓。
昼休み。
中庭のベンチで携帯を拾った。
「誰のだろ」
親指と人差し指でつまみ上げた、それは鮮やかな青色。
シンプルなフォルムに、黒いスニーカーのキーホルダーが付いている。
これでは女子か男子かも分からない。
辺りを見渡し、持ち主らしき人間がいないか確認する。
「これは、しょうがないよねー」
わざとため息の様に独り言を呟く。
他人の携帯を勝手に見るなんて、本来なら人間失格並だ。
でも、これは例外。
持ち主に届ける為だから、正当な動機がある。
「ごめんねー。でも、許して」
適当な断りをして携帯を開く。
「……え?」
口から零れたのは純粋な驚きと戸惑い。
携帯の画面に現れたのは、沢山の窓の写真。
程なくして、これが写真のフォルダ内だと気づく。
罪悪感なんて吹っ飛んだ。
スクロールした画面にも、窓、窓、窓。
種類は全部違う。
何これ、という呟きは大声に遮られた。
「それ、俺のっ。俺のですっ!」
慌てて走って来たのは一人の男子。
口を開く前に、携帯を引ったくられた。
彼は、ひどく狼狽して携帯画面と私とで視線を行ったり来たりする。
そして、ぎこちなく首を傾げた。
「見た?」
「……見た」
遠慮がちに頷けば、彼は瞬く間に顔を青くさせた。
そして、言い訳じみたマシンガントークが始まる。
「いや、これはなんて言うか、自由研究?うんそう、自由研究なんだ。あ、いや違うんだ。これはえっと、将来建築家になりたくてその参考っていうか」
「……もしかして、複数の女性をストーカーしてるんですか?」
「それは違うよっ!濡れ衣だっ」
叫んだ彼に、少し興味が湧いた。
ニッコリと笑ってみせる。
いきなりの笑顔に、彼が目を瞬く。
「じゃあ、納得のいくお話を聞かせてくださいな」
私の台詞に彼の表情が青を通り越して、白くなった。
坂本 由澄。
高校2年。
帰宅部。
聞き出したプロフィールに驚く。
てっきり、私と同じ1年だと思っていたのに。
「えーと、あのさ……」
「納得できることを聞かせて貰えれば、先輩をストーカーだなんて言いませんって」
心配そうな顔が可笑しくて、苦笑する。
由澄とベンチに並んで座り、私は好奇心に胸を躍らせた。
彼はどうみても、ストーカーをする人種ではない。
だからこそ、写真の真相が気になる。
引かないでよ――――ため息をついて由澄は思い切ったように口火を切った。
「俺、閉所恐怖症なんだ」
「閉所恐怖症って、あの密室にいられない病気みたいな?」
「まぁ、簡単に言えばそうだね。俺の場合は小さい頃よりはまだ良くなったけど」
「でも、それがなんで窓の写真と関係?」
告白の意図が分からずに、私は足をぶらつかせながら問う。
由澄は苦笑いでそれに応じた。
「格好悪いながら、密室にいると呼吸困難になったり、パニックを起こすんだよね。例えば、エレベーターに20秒だけでも」
「20秒……」
そう――――驚きで反芻した呟きに由澄は軽く頷いた。
それから、空を仰いで自嘲気味に笑う。
私もつられて見上げる。
「だから、気休めのつもりで密室にいる時は窓の写真を見てる。思い込みって案外いいんだよな。それで、毎回同じ写真だと飽きるし、効き目なくなるかなーって」
青空を飛行機雲が2つに分けていく。
由澄の声は静かだった。
青空みたいな声だな、なんて勝手なことを思う。
「そしたら、病み付きのち趣味みたいな」
空から、視線を由澄をもどす。
目があうとくしゃりと顔を歪めて、彼は笑った。
泣き笑いみたいな表情だった。
「綺麗だなって思ったよ」
すんなりと言葉が出た。
由澄が突然の台詞に目を瞬く。
「窓の写真。綺麗だなって思った」
始めはその量に驚いた。
教室の窓。
図書室の窓。
丸い窓。
窓枠に装飾のある窓。
青空の見える窓。
どれも綺麗な写真ばかりだった。
「ありがとう」
「……べつに」
不意にお礼を言われて、そっぽを向く。
照れ臭さで、顔が熱い。
「あ、お礼に、これやるよ」
「お礼?」
手の上に乗せられたのは飴玉。
青い包みを解けば、白い丸が姿を現す。
ありがと――――そのまま自然に口に入れ、
「うわ、しょっぱいっ」
「あははっ」
「あ、でも、ちゃんと甘い」
「塩飴っていう飴だからな」
由澄も飴を口にほうり込む。
ころころと、口の中で飴が動いている。
「泣きたくなると食べたくなんだよな、この飴。泣き虫防止剤な感じ」
「今、泣きたいの?」
「いや。昔はよくお世話になったから、今もお気に入りなだけ」
おどけた返事に被るようにして、チャイムが鳴った。
あと10分で、5時限目が始まる。
「さぁて、俺は正直に話したから、変な噂をばらまかないよーに」
立ち上がった由澄は、そう念を押した。
私は、はーい、と気のない返事を返す。
踵を返した由澄。
このまま、もう会えなかったら嫌だな、と思った。
学校って狭いようで広いから。
「ねぇ、またその塩飴ちょうだい。あと、窓の写真送って」
立ち去ろうとした背中に叫ぶ。
振り返った由澄は、少しびっくりしてから笑って叫び返す。
「なら今度、携帯のメアド教えて」
「りょーかい」
私は大袈裟に敬礼の真似をした。
窓の写真を見て、泣かないようにと涙味の飴を食べる人。
今日出会った人はそんな人だった。
三題噺として書きました。
携帯、飴、窓。