ACT-3 ~旅は道連れ?~
ひとまずキリのいいところまで掲載ですv
「へ~、あなた達、海賊なんですか~」
なぜかそのまま、船にと乗り込んできているまったく見た目も何もかもがあやしすぎる少女。
そもそも、先ほどの『クラリス』を倒した力は何なのか。
さらにいえば、イカをゆっくり食べたいから船の上でたべてもいいですか?ときた。
半ば茫然としていたこともあり、許可をだしたのはほかならぬ自分達。
だがしかし、あむあむとおいしそうに本当に自分で斬ってきた…
これもまたどうやって斬ったのか彼らの目には見えなかった。
何か少女が手をふるうと光の筋のようなものがほとばしり、
次の瞬間にはきれいに足が一本切り取られていた。
さらにはご丁寧にそれらの足をある程度の長さに切り刻み、
これまた突っ込みどころは満載なのだが
どこからともなく取り出していたらしきお皿に盛りつけていたりする。
どこからどう突っ込めばいいのか、かなりの修羅場をくぐりぬけてきた彼らとて対応のしようがない。
当の当人、というか『クラリス』を倒したほどの実力をもつ、見た目どうみても十代前半としかみえない少女。
その少女はいかにも幸せそうに、自分の倒したクラリス…今では原型すらとどめていないが。
とにかく焼きイカの足をおいしそうにたべている。
海賊だ、といってもひるむことなく、食べる手を止めないのをみるかぎり、
おそらく腕にかなりの覚えがあるのであろう。
しかし…疑念は尽きない。
自分達の武装からして普通の船員ではない、と嫌でもわかるはず。
ならば、先に自分達の正体を隠さずに伝えたのは、彼女の実力のほどがわからないがゆえ。
下手に隠して不快を買い、万が一、先ほどの攻撃を仲間にむけられれば彼らに太刀打ちできる術はない。
「・・・え、えっと……」
何と声をかけていいものか。
いや、声をかけて下手に不快を買えば自分達とてどうなるかわからない。
しかし仲間をまもる理由が自分にはある。
ゆえに、一人の女性が意を決してそんな少女にと声をかける。
「はい?あ、申し遅れました。私、ティン・セレスっていいます。
さっきまで水竜で湖を渡ってたんですけどね。なんか叫び声がきこえたからきてみたんですよ~。
でもここでイカが食べられるとはおもってなかったからラッキーですっ!
ここの湖の生物ってほんっとここの水の成分が肉質によい影響を与えるのは知ってましたけど。
実際にたべてみてもおいしいですよね~」
知識だけではしっていたが、
ここまでまるで極上霜降り肉のように肉質が変化しているとはおもわなかった。
しかも歯ごたえ的なものはのこったままで。
焼いた状態でこうなのだから生でもけっこういけるかもしれない。
そんなことを思いつつも、声をかけてきた女性にと語りかける少女…ティン・セレス。
それでも食べる手を止めていないのはさすが、としか言いようがない。
「水竜?…あんた、魔術師かい?」
だがしかし、魔術師は大概どこかの国などに属しているはずである。
一人でふらふらとしている魔術師など今まできいたこともない。
しかし、今、少女がいった水竜、というのはおそらく召喚の水竜で間違いないであろう。
ということは、召喚術がつかえるとなるとかなりの実力を擁していることとなる。
もっとも、先ほど、一言において『クラリス』を燃やしつくした光景を目の当たりにしている以上、
疑う余地はさらさらないのだが。
もしくは魔道士。
こちらのほうは国に属さず、しかし滅多に人前に姿を見せない人種だときく。
そもそも彼らはいろいろと自ら研究を重ね、時には非情ともいえる実験をしているとも噂されている。
「魔術師?
ああ、そういえばここではああいった術を使うもののことを一部ではそう呼んでましたっけ?
まあ、にたようなものですけど。少し違います。それより、みなさんはどこにいかれるんですか?
あ、もしグリーナ大陸側にいくのでしたらのせてってもらえません?
こっちにくるのに召喚を解除しちゃったもので足がないんですよ。
また召喚するのも面倒…というか疲れますし」
実質的には疲れはしないのだが、本音とすれば面倒、というほうがかなり強い。
この地において術、というか様々な特殊な力を使えるものはごく限られている。
ゆえに彼らが自分のことをいぶかしんでいるのもわかっている。
元々、人とかかわる気などさらさらなかったティンは、
まあこれも縁、とばかりにさらっと説明しているのだが。
グリーナ大陸。
ほとんどが山脈に覆われた大陸であり、
その山脈を越えた先に宗教国家エレスタド王国が存在する。
この世界の成り立ちを伝えているともいえるセレスタイン教を軸にしたとてつもない巨大国家。
基本的な陸路はほぼ高い山脈でおおわれており、唯一の入国手段は海からの入国となる。
そしてその山脈が連なるその一部に、彼らの聖地ともよべる聖廟なるものが存在する。
そこには世界を見守っている精霊達が常に滞在しているという。
ほとんどのものが眉唾ものでその話しを聞いているが、事実、そこで精霊の姿をみた。
というものが後をたたない以上、その信憑性はかなり増している。
しかし聖廟がある一体は聖地、ともよばれており、
通常の観光客、もしくは巡礼者達は入ることもままらならない。
一説には、かなり莫大な寄付を協会側にすれば入ることが可能、ともいわれている。
大概の存在達は、精霊云々という話しは王国そのものを神聖視させるのが目的、と捉えている。
つまりは精霊とはすなわち、神の使い、とこの国では常識的に小さな子供でもその事は知っている。
ゆえに、その精霊が常に滞在していることから、自分達は神に認められた国である。
そう内外によりつよく強調しているに過ぎない。
ともあれ、エスタド王国に対する認識はおそらくどの場所においても同じようなもの。
最近では、異端視狩りなど
どう考えても神に認められた国などといったものからはかけ離れたことをしているようだが。
それでも彼らいわく、
自分達は神の意思の元に行動している、といってはばからないのだからタチがわるい。
かの国が不安な要素を見せ始めてかなりの年月が経過している。
それでも各国が協力することなく今に至っている、という理由は別なところにある。
そう誰ともなく噂されているのも事実。
そしてまた、グリーナ大陸ではほぼ毎日のように行方不明者が多発している、ときく。
そんな大陸にいったい全体何の用事があるのか、まったくもって理解不能。
「…グリーナ大陸側に?別にかまわないけど…あそこにいって何があるっていうんだい?」
そもそも、この湖からあの大陸にわたったとしても、行動範囲が限られてくる。
というかむしろほとんど山しか存在していない。
その山もかなりけわしく、普通に考えて登れるような山ではない。
というか確実に登ったりしたら頂上付近で凍死するか、遭難するのがオチである。
「ん~。まあ、あそこに作られている、隠し通路をつかって聖廟にいこうかと思いまして。
どうも知り合いがそこに幽閉されちゃったみたいなんですよね」
いいつつ、あむり、とイカを一口。
口にほうばりつつも、深くため息をつく様子はどうも嘘をいっているようではない。
というかそんな重大ともいえることをさらっといっていいものか、
逆にさらり、といわれて少女に対して警戒の色を濃くする船員、もとい海賊達。
さらっと何やらかなり重要なことを暴露しているティン。
その言葉にその場にいた海賊、と名乗った全てのものが一瞬、息をのむ。
「…は?ちょっとまて、今、なんといった!?」
今聞いた言葉が信じられない。
隠し通路?
そんなものはきいたこともない。
しかし、もしそれが本当だとすれば…
すくなくとも、今彼らが考えている作戦よりははるかに成功率が高くなる。
「え?もしかして知らないんですか?あの山脈、地下に通路があるんですよ。
かつてアロハド山脈が噴火したときの名残の鍾乳石洞ですけど。
そのまま道は山脈の反対側まで続いてますし。
そこからだととりあえず聖地の監視者達にも気づかれずに聖廟に近づけるようですし。
私としてはあまり騒ぎを大きくせずに知り合いを助け出したいですからね~」
その噴火は今から二千年以上前に起こった出来事。
アロハド山脈、というのはグリード大陸に存在している、連なる山脈を指し示す。
知り合いを助けたい。
その言葉にさらに数名の者たちが顔を見合わせる。
事実、表だっていまだに噂になっていないものの、すでにまことしやかにその噂は流れてきている。
いわく、エレスタド側が身よりのない存在達をこぞって捉えどこかに連れていっている、と。
実際に異端扱いされて捉えられた人々の末路は誰にも伝えられていない。
国側は処刑した、といっていたりするがどうもそうではないらしい。
何やら実力のあるものたちを狙っているフシがある。
ゆえに他国もかの国の動きには今の現状ではかなり警戒し、動きをそれぞれに見張っている。
そんなあやしすぎる行動をしている国だというのに他の国が制圧に乗り出さないのは国のありよう。
表向きとはいえ、【世界神セレスタイン】を国をあげて祀っている以上、
下手をすれば世界神に牙をむいた、と他国に狙われるきっかけになりかねない。
それほどまでに、世界神セレスタインの加護はこの世界に親しまれている。
むしろ、敬愛されている、といっても過言ではない。
・・その教えが様々な形に変化し、歪んでしまっていたとしても
根柢である世界神への信仰心はゆるぎない。
そもそも、彼らがこんな場所にいるのも、そのことに起因している。
ゆえに少女の言葉に反応してしまったのは仕方のないことといえる。
「なんかあの国、
最近は力ある存在達をこぞって捉えて結界のために閉じ込めてたりするみたいですし。
何を考えているんだか。ほんと」
とりあえず、捕らわれている存在達全てを解放した暁には、それなりの処罰はするつもり。
言外にその意味を含めてさらっと何やら重要機密らしきものをまたまた暴露しているティン。
事実、エルフ族や翼人、亜人や魔人、といった様々な種族の存在達まで捉えられている。
彼らも彼らで精霊王達が捉えられている以上、抵抗することができず、
また、精霊王達も彼らを人質にされている以上、身動きがとれなくなっている。
つまり悪夢の悪循環と成り果てているのが現状。
それらを解消、解決するためにティンはこうして出向いてきたのだから。
「…あんた、何ものだ?どこかの諜報員、か?」
そこまで詳しくしっている、とはどこかの国の諜報員、という可能性が高い。
となれば、先ほどの力もある程度納得できる。
どこかの国に所属している魔術師ならばあのような術を行使できても不思議ではない。
もしも自分達に敵対する勢力ならば警戒してしすぎることはない。
のんびりしているようでみえても、相手はかなりの実力者、というのは先ほどの一件で嫌でもわかっている。
「諜報…?ああ、違いますよ?というか国に属してはいません。…属してないことになるよね?
そもそも、お母様達もなんで私に面倒な役目を押し付けて、
まあ、私以上に想像力という関係上ではいい人材いなかったからだとおもうけど……」
思わず本音がもれだしその場で愚痴りだすティン。
しかしその意味は当然、ティン以外にわかるはずもない。
彼らのしっている国のどこにもティンは属していないのだから嘘はいっていない。
嘘はいっていないが真実全てをいってもいない。
しかしそのようなことを彼らがわかるはずもない。
その言葉を聞き、何となく彼ら側としても納得するに値する事柄に思い当たる。
おそらく目の前の少女は親にいわれて、しぶしぶながらに救出にむかわされているのであろう。
そしてその親、というのは別の方面から動いているのかもしれない。
あくまでもそれは彼らによる推測。
しかしその推測はまったくもって間違っているのだが、
当然そんなことを指摘してくれるものは誰もいない。
「あ、もしかして、洞窟の位置とか知りたいんですか?
というかなんで今まで知られてなかったんだろ?」
そもそもあの洞窟は面白そう、というのでやってみたはずなんだけど?
そんなことをふと思いつつも思わず首をかしげるティン。
言われてみれば確かに、今まであそこを利用した、と報告をうけたことはないような気もしなくもない。
しかしちょくちょくここにかかわっていなかったし、時間の流れも激しく違う。
それてもあの入口は簡単に壊れないようにしてあったはずなので間違いなくまだあるはずなのだが。
別の視点で降りたときにはたしかに存在していた。
ゆえに場所などもしっかりと把握している。
ついでに当時薄暗かったので光りゴケもその洞窟には群生させておいた。
ゆえに光源などといった問題もあっさりと解消済。
地元民達にあの場が知られていない、というのが驚愕に値する。
確かに判りにくい位置ではあるが、少し探索すれば判る位置に存在している以上、
すくなからず絶対に入口くらいは見つかっているくらいに思っていた。
「やっぱり実情は見聞きしてみないとわからないことも多いな~」
それは本音。
ティンと名乗った少女のその言葉の意味を彼らは知るよしもない。
あっさりと、位置を知りたいのか、と問いかけられたその言葉に思わず言葉につまる。
これが誘導尋問でない、とはいいきれない。
しかし、もし、もしも彼女のいっているとおり、通路があるのならば、
今まで俗にいう【帝国】に捕えられた仲間を助け出す足掛かりになる可能性は高い。
年々、【帝国】による、一族狩りは最悪の一途をたどっている。
陸にいたら危険、というのでこうして海にいきることを選んだのもそのあたりにある。
「…わかった。大陸まではつれていく。しかし、その洞窟とやらに私たちも案内してもらおう。
それが連れてゆくための交換条件だ」
『お嬢様っ(お頭)!!』
しばし、ティン・セレスと名乗った少女の言葉に考えを張り巡らせつつも、
自分の中で結論をだし、
目の前でいまだにイカをたべている少女にと言い放つ、先ほどから問いかけてきている女性。
お頭、と呼ばれていることからおそらく、この海賊を仕切る立場にいる人物なのであろう。
しかしそんなことはティンにとってはどうでもよいこと。
彼女の仲間からしてみれば、得体のしれない少女にかかわるのは危険だという思いが強い。
しかし、もしも少女のいうとおり、隠し通路みたいなものがあるのならば、
長年における自分達の一族の悲願が果たせる可能性が高い。
お頭、と呼ばれた女性は周囲の男たちとは対照的に比較的動きやすい服装をしていなくもない。
腰にいくつもの短剣らしきものを差しており、腰には赤い布のようなものが巻きつけられている。
動きやすさを重視しているのであろう、スカートではなく当然ズボンを身につけている。
髪の色はみるものを落ち着けるような、深緑の緑。
緑の髪に緑の瞳。
その特徴はこの大陸、否、この惑星においては一つの種族の特徴を示している。
「案内するだけでいいんですか?
かまいませんけど。どちらにしても私もそこにいかないといけませんし。
まったく、なんで抵抗もせずにあっさりと捕えられなきゃいけないんだか。
そもそそも、相手の思惑とかをくみ取って知識とか提供するのが普通じゃないの?」
さらっといったかとおもうと、ぶつぶつとよくわからない意味のことをつぶやきだすティン。
ティンからすればその意見は至極もっとも。
そもそも、相手の思惑をきちんと見抜けなかった【彼ら】に文句の一つもいいたくなる、というもの。
そもそも、【彼女】がいらない知識を与えなければこのようなことにはならなかったはずなのである。
ゆえに、文句のひとつもいいたくなってくる気持ちは分からなくもない。
「では、きまり、だな。申し遅れた。私はこの団を指揮させてもらっている、フェナス、という。
あなたはたしか、ティン・セレスでよかったんだよな?」
「あ、呼びすてでいいですよ?ティンでいいです。フェナスさん、ですね。了解です。
では、しばらくの間、よろしくお願いします」
どちらにしても、グリーナ大陸側にたどり着くまで数日はかかる。
そこまでにこの湖の広さは果てしない。
すでに四方を見渡しても陸の影一つみえない位置にきている、というのにも関わらず、である。
それこそがこの湖が【小海】、と呼ばれているゆえん。
森の民、かぁ。
そういえば、捉えられてる種族が多いのってかの民がもっとも多かったっけ?
報告にはたしかそうあったはず。
そうは思うがそれを口にはださず、にこやかに挨拶をしているティン。
ティンとフェナス。
それぞれの思惑が交差する中、ひとまず利害は一致し、ここに共同作戦が張られてゆく――
働かざるもの食うべからず。
特にそれは船上、という狭い限られた場所においてはその言葉がものの見事に当てはまる。
「しかし、嬢ちゃん、手際、いいねぇ」
一番人手がたりない場所。
それはこの船上においては、厨房であったがゆえにそこに回されたティン。
一部のものは得体のしれないものを食事係りともいえるその場に回すことを懸念したが、
しかし彼女の力の一部をみている以上、一緒に行動するのも躊躇していた。
ゆえに、フェナスが人手がほしい、といっていた厨房へ彼女を回したのだが。
いくら短い間、とはいえ何もしないものを乗せるほど船の上での生活は甘くはない。
かといってあんな大きな力をほいほいと使われてははっきりいって船がもたない。
下手をすると仲間全員が死に絶えることになってしまう。
何が得意か、といけば料理、と即答したことから、采配したフェナス。
しかしその決断はあるいみ正しかった、と言わざるを得ない。
なぜならば……
「んふふふ~。やはり食事はおいしくないとっ!
食事がおいしくなかったら人生損してるとおもいません!?」
きっぱり力説。
それが当たり前。
それがまさにティンの持論。
ほんのすこしの手間暇でどんな食材もおいしさを増す。
そしてまた、調味料についてもその加減具合で味はどうとでもなる。
今まで薄い味でしかなかった料理の数々がいきなり目もとびでるほどおいしくなれば、誰しも文句のつけようがない。
「私が食べるのが好きなのでいろいろと自力で研究とか創作とかしてたら自然と腕はあがったんですよ」
そもそも、彼女は彼らにいっても判らないであろうが、
第一級料理人と味覚特級、さらには栄養士という資格をもっている。
その他にも創作料理特別賞等など、その分野において知る人ぞ知る有名人。
…もっとも、それらは【ここ】についてはまったくもって通用しない事柄であるのだが。
それがわかっているからこそ、ティンもまたそのような説明はしない。
「いろいろと出向いていっても、これ!というのがなかなかなくて。
なら自分で自分好みのを!とおもってたらいつのまにか」
「あ~。その気持ちはわかるわ。たしかに、自分好みの味とかなかなかないわよね~」
なぜかそのあたりの話しで意気投合している、厨房責任者であるリンネ、となのった女性。
この船の中では男性も女性も関係なく、それぞれが適材適所とおもわしき場所に配置されている。
リンネ、と名乗った厨房責任者である歳のころは三十代前半とおもわしき女性は、
すこしばかりふくよかな体付に、そして赤い髪に緑の瞳の持ち主。
彼女としては食事一つにもこだわりたいのは山々だったらしいのだが、
何しろ食事をつくる人数が人数分。
それでなくても厨房のほうに回されてくる人材は果てしなくゼロに近しい。
そんな中でなかなか凝った料理ができるはずもなく、とにかく量で勝負をかけていた。
その量も船、という狭い場所の上であるがゆえにさほど量はつくれず、
かといって、腹が減っては戦はできぬ、の文字通り、乗組員達のお腹をすかすわけにはいかない。
ゆえに、日々、厨房を自らの戦場とし戦い抜いてきた。
「でも、【プライムゼリー】を使った栽培、とは思いつかなかったわ。あなた、すごいわね」
回されてきた誰ともわからない新たな厨房係り。
彼女、ティン・セレスが提案したのは、船上でも誰でもつくれる簡単な栽培できる食材の提供。
【プライムゼリー】、と呼ばれているソレは元は魔物の一種、と考えられているものの、
しかしその抜け殻、というか体は乾燥させることにより様々な用途を成す。
その体は細かく砕けるのも特徴ならば、乾燥させて粒状にすることにより、
それらは水分を多々と含んだ物質となり果てる。
つまり、水を含んではいるものの、何があってもこぼれない代物がそこに出来上がるわけで。
乾燥しはじめたならばそれに水を追加することにより、常にみずみずしい水分が保たれる。
そして、ティンが提案したのは水栽培。
どうしても船上、という生活をしていると緑とぼしい生活になってしまう。
緑という安らぎを補充できて、なおかつ食事にも活用できる。
これほど画期的な提案はない。
プライムゼリーは固形記憶も発達していることから、一度形を記憶させれば、
たとえいれている器が壊れたとしても、ゼリー事態が壊れることはあり得ない。
つまり、どんなに船がゆれても、ゼリーが散乱することはまずありえない。
緑の少ない生活の中、どうしても心はぴりびりしてしまう。
そこに一つの緑があるだけで、心は不思議と安らぐもの。
特に彼ら【森の民】と呼ばれる一族の存在達からすればなおさらに緑は命にも等しきもの。
ゆえにこの提案には一も二もなく飛びついた。
結果として、以前より船員達の感情がより豊かになり、
喧嘩といった喧騒もあまり起こらなくなってきているように思える。
まず、ティンが提案したのは食事の改善と、緑の増産。
そもそも、船の中にほとんど緑っけがない!といって率先してどこからともなく入れ物と、
そしてどこからともなく苗らしきものを取り出しては要所、要所にとおいていった。
その中には潮風を浄化するといわれているすでに絶滅したともいわれている苗もあったりしたのだが。
海水の耐久性に優れていたがゆえに、乱伐の対象となってしまったウィック、と呼ばれていた樹。
その樹は塩分を吸収し浄化する力があり、世界の循環にかなり役立っていたのだが、
今ではまずお目にかかれない代物と成り果てている。
そんな苗木とはいえ代物をいったいどこに隠し持っていたのか、
ティンと名乗った少女の正体は意味不明。
召喚術だとしても、過去の滅びたといわれている物質を召喚するようなものは聞いたこともない。
「あれ便利ですよね。ほんと」
自分達がよく使用している品をイメージしたはいいものの、なぜか命をもってしまったプライムゼリー。
しかしそれは別段説明することではないので、さらっと会話を流すティン。
航路にして約四日。
しばしたわいのないやり取りを交わしつつも、順調に船は進んでゆく――