ACT-1 ~始まりの旅人?~
カラッン。
「いらっしゃい」
木で作られた開き戸が開かれ、その扉につけられている小さな鐘が小さな音を鳴らす。
それと同時に中にいた人々がちらり、とそちらのほうに視線をむける。
「ふぅ。つかれた~。あ、すいません。何か食事とかとれますか~?」
この場からしてみれば場違い、ともいえるのんびりとした声がそれと同時に店の中にと響き渡る。
入口から入ってきた人物…漆黒の黒い髪に黒き瞳。
髪も瞳も黒、というのはかなり珍しい。
この辺りでは黒は混じることがない色、として神聖視されてはいるが、
他の地域によっては汚れの色、として毛嫌いされている。
所によっては黒をもっている、というだけで理不尽な罪を着せて処刑する国もあるほど。
もっとも、そういった理不尽な行為はここ数年、行われていないのか噂も届いてきてはいない。
別の不穏な噂話しは多々と届いてきてはいるが……
ぱっと見た目、旅人、にしては服装がかなり普通。
とはいえ声からして間違いなく少女、
なのにズボンを履いていることからおそらく旅人で間違いないのであろう。
普通の村娘などは滅多にズボンなど履くことはしない。
農作業をするにあたっても、スカートの下に履く、というのが常識となっている。
彼らがいる場所…このあたりに一件しかない酒場にと入ってきた少女。
少女の服装は、至って素朴なもの。
上下に別れたどこにでもありふれた白と茶色の上着とズボン。
そして纏っているマント。
マントを羽織っていることからも旅人なのであろう、という予測は可能。
普通に生活していてマントを羽織っているものなどまずいない。
酔狂なもの、もしくは旅人くらいしかマントを羽織る必要性はない。
「みない顔だね。お姉ちゃん」
このあたりに旅人がくるなど滅多にない。
しかもこんな若い女性がくるなど珍しいことこの上ない。
「まあ、いろいろとありまして。あ、ユンお願いします」
こういった場で慣れているのか、カウンター席にと座り注文をかけてくる少女。
身長としてはさほど高くはない。
背の高さは百六十もないであろう。
一般的な成人女性よりもかなり低い。
その背の低さと顔立ちからしておそらく十代そこらの年齢とおもわれる。
しかしこういった場で客のあれこれを聞かないのは常識中の常識。
「お。姉ちゃん、通だね。ユン、でいいんだね?」
ユンとは知る人ぞしる飲み物であり、ゆえに感心した声をだす。
とある果実から取れる代物であり、味はそこそこ甘い。
それでも全体的には水のような代物。
果物の殻がかなり固く、またその殻の周囲についている果肉のほうは珍味、として重宝されている。
強いてあげるならば、砂糖を思いっきり少ない水で溶かしたような代物。
その果肉を様々なものにつけて食べれば甘みがますがゆえに用途も様々。
乾かせば普通に砂糖とはまた異なる甘みをもつ代物になるがゆえに、重宝されている品でもある。
何しろ一般的に出回っている砂糖の価格より格段に安く、
またその果物事態もそこいら…特に湖周辺によく生えている樹になる果物。
ゆえに、湖近くに住まう人々にとっては貴重な食料の一種。
「はい。あ、お金、これで代用できますか?」
いってごそごそと懐から小さな何かを取り出しカウンターへ。
取り出されたのは小さな珠状の品。
「ん?お姉ちゃん、これ、もしかして魔硝石かい!?」
魔硝石。
それは魔獣、と呼ばれる人々に害を及ぼす生命を殺したときにときたま手にはいる品。
その石には様々な力が秘められており、その力の濃度によってはかるくひと財産を稼げるといった品。
今の文明はこの魔硝石に内蔵されている様々な『力』を糧として発達した、といっても過言でない。
とある人物がその石に抱擁されている力にと気づき、その用途を見つけ出したのがそもそもの始まり。
それが見つけ出され、一般に普及するにあたり、さほど時間はかからない。
とはいえいまだにまだ全体に普及している、というわけでなく、一つの石だけでそこそこの値段となる。
そもそも、石を手にいれるということは、魔獣と戦い、それに勝利する必要性がある。
魔獣はそうそう倒せる存在ではない。
すなくとも敏腕の戦士ですら死ぬこともしばしば。
高額取引される魔硝石ではあるが、偽物が出回らない理由が一応ある。
それはどの魔硝石の中にも中央に特殊な文様らしきものが埋め込まれており、
石の中にそのような文様を刻みこむことなど誰にもできない技術。
ゆえにその文様がきちんと石の中に刻まれているか否か、で本物か偽物か見極めることが可能。
カウンターの上に置かれた石をこねくりまわし、その内部に特殊な文様が刻まれていることを確認し、
驚愕の声をあげる酒場の主人の気持ちはおそらくその場にいる誰しも共通する思いであろう。
どうしてどうみても十代にしかみえない女の子がそのような品をもっているのか。
その疑問は果てしない。
確かに、旅をするにあたり、魔硝石を資金替わりに持ち歩く冒険者たちは多々といるとは聞いたことがある。
あるがそれは腕に自信があってこそできる技であり、どうみても力のない女子供ができるようなことではない。
「これでもいろいろと旅をしてますから。フイをついて倒すのだけは得意なんですよ。
それで、料金は足りますか?」
にこやかにいう少女の表情からは嘘をいっているようにはみえない。
魔獣はフイをついて倒せるような生易しい存在ではない。
ないが、中にはあまり攻撃力は高いが移動速度が果てしなく遅い魔獣も存在する。
そういった魔獣は攻撃のしようによっては簡単に倒すことが可能。
しかし、少女にとってはこの程度の代物、どうとでもなるのまた事実。
「ああ。これひとつで宿もとれるよ。宿もとるかい?」
魔硝石の大きさからしてそれなりの魔獣から取れた石だとは推測できる。
しかしこういった酒場という場所は相手のことを追求しない、というのが暗黙の了解。
ゆえに内心の動揺を押し殺し、あっけらかんといってくる少女に対し宿の有無を問いかける。
この酒場は二階が宿も兼用しており、そこそこにぎわいをみせている店でもある。
「お願いします。あ、あとここからエレスタド王国までどれくらいかかりますか?」
そんな店主の言葉ににっこりとほほ笑みながら答え、ふと思い出したように問いかける。
エレスタド王国。
この世界の主流となっている宗教の総本山がある国であり、
それ以外の概念はすべて異端、と切り捨てるお国柄。
概念となっているのは『セレスタイン宗教』、といい、この世界を創った神の名前に基づいた宗教、ともいわれている。
最近…といってもここ百年あまり。
常にきな臭い噂も絶えない国であり、好き好んで訪れようとは思わない国。
海ほどもある湖を超え、さらに超えることが不可能ともいわれている高い山脈を越えた先にある国。
その国にたどり着くためには海から海路を伝い陸路をゆくよりほかにはない。
「…本気、かい?あの国で黒がもつ意味をしってのこと・・・なのかい?」
昔はかの国でも黒は神聖視されていたが、
今では逆に黒は不吉、といって片っ端から黒を持つ存在を処刑している、と聞く。
それこそ人から動物まで。
服や品物に黒がはいっていただけで罪を着せるほどの徹底ぶり。
このあたりはまだいい。
かつての宗教理念がまだ続いている。
今では、旧約と新約、と同じ宗教でも振り分けられているほど。
新約、と称される宗教側とすれば旧約を信じている存在は異端とし、すぐさま宗教裁判にとかける。
裁判、とは名ばかりで問答無用に処刑、もしくは処罰する、という何ともあきれた独裁制。
「それでも。私はいかないといけないんです」
そうきっぱりいわれればこれ以上どうしようもない。
おそらく何か事情があるのであろう。
それはわかる、わかるが……
「なら、その目と髪は絶対にみつからないようにするんだよ?」
とりあえず人目に触れなければどうにかなる。
ゆえに忠告をしている主人の姿。
そしてまた、そんな国にどうしていくのか気にかかり、
「お姉ちゃん、あんな国に何の用事があるんだい?」
答えがもらえるとはおもっていないがそれでも気になるので問いかける。
と、
「ちょっと、知り合いの様子が気になって……」
予想外、というか問いかけに答えたもののそのままうつむく少女の姿。
そこまでいって言葉を区切る少女の言葉に大体の事情を察知する。
おそらくその知り合い、という人物をたすけるためにと入国するのであろう。
確かにあの国に在住している以上、いつ何時理不尽な罪を押し付けられるかわかったものではない。
「よっしゃ!ならこれはかえしとくよ」
「え?」
いきなりそういわれ、さきほど渡したはずの魔硝石を突き返される。
「え?あ、あの?」
代金の変わりに差し出したはずなのに、いきなり突き返されて理解不能。
ゆえに戸惑う少女に対し、
「なぁに。危険な場所に挑むその勇気に免じて。
だ。あんたが無事に戻ってきたらそのときに受け取るよ。
それまで、それはあんたに貸し、だ。きちんと戻ってくるんだよ?」
自分には何もできない。
だけども、何か少しでも少女の気力を奮い立たせることができるならば。
それゆえの好意。
「そういえば、お嬢ちゃん、名前は?」
今までやり取りをしていて名前を聞いていなかったことにいまさら気づき改めて問いかける。
そんな店主の言葉ににっこりとほほ笑み、
「私は…ティン・セレス、といいます」
黒き瞳と黒き髪をもった少女はにこやかに名を名乗る。
【天青石】をもじったその名の意味を知るものはこの場には……いない。
「う~ん…おもったより、現状は悪い…なぁ~」
思わず愚痴をいいたくなってしまう。
実際に目にするのとただの報告だけで見るのとではわけが違う。
それにそもそも。
「なんだって勝手にいつのまにやら教えが改竄されてるのかな~……」
それについても、もはや呆れる他このうえない。
まずとりあえず先だってすることは。
「面倒だけど、まず封じられてる王達の解放、だよね。
…いくら害をなしたくなかったからって。抗うこともせずに捉えられるってどうよ……」
設定の仕方、間違えたか?
おもわずそう少女…ティン・セレスが思ってしまうのは仕方がないであろう。
そもそも、このような現状なってしまったのは他ならない。
この世界を守るべく存在していたはずの【精霊王達】。
彼らが人間側に捉えられ幽閉されてしまったがゆえに他ならない。
だからこそこうして様子を見に来たのだが……
あの報告をみたときには自分の目を疑ったものだ。
「…は?」
まずそれが始めの言葉であった。
それで調べてみれば何のことはない。
人間に捉えられ幽閉されてしまっていた実状。
思わずその場にて呆れ半分、頭を抱えたのはいうまでもない。
「他のところはこんなにならなかったのにな~……」
どこを間違ったんだろう?
そう思うティン・セレスことティンの声に反応するものはいない。
間違えは正すべき。
しかしその正すべき方向性をまた間違えば面倒なことこの上ない。
何よりも。
「…一応、まだまともなモノは多々といるみたいだしな~……」
まだ時間はたっぷりとある。
とりあえず今後の対策を考えつつも、まずは彼らの解放が先決。
そんなことを思いつつ、
「なんだかな~……」
いく度目かわからないそのため息をつきつつも、ごろり、と木で作られているベットに横になる。
ベットの作りは簡単なもので、布団もそうふかふかのものではない。
贅沢をいえないのはわかっている。
ゆえに、
とりあえず自分用の布団などをどこからともなく取り出しベットの上に敷き、
寝やすいように自分なりに工夫する。
もしこの場に別の存在がはいってくれば、そのありように思わず目を丸くするであろう。
何しろそこにはふかふかのしかも見たこともない布でつくられた布団が敷かれているのだから。
マクラももみ殻らしきものが敷き詰められた麻で編まれた枕が元々ありはするが、
ごわごわしていて寝にくい、という理由から
別の代物をこれまたどこからともなく取り出しておいてある。
「魔獣も順調すぎるほどに増えてるみたいだし…
そもそも、アレの効果に気付くようにしたのは確かだけどね~」
かの効果に気づくようにそう仕向けたのはほかならぬ自分。
しかし、ここまで魔獣が増えているとは。
それだけこの世界に『還元すべき元素』がたまっていることを指し示している。
魔獣、とは
自然界のみでは還元しきれなかった様々な『モノ』を還元させるべく創りだされた獣のこと。
魔獣の体内で自然界にて還元されなかった様々な物質は魔硝石、と呼ばれるものへと昇華され、
やがてその魔獣の肉体ごと自然に還る。
すべての魔硝石の力をそのまま取り出せるようにすれば逆に自然界に害をなす可能性もあるが、
多少ならば自然界にもやさしい、クリーンなエネルギー源となる。
最近は、瘴気、としか言いようのない還元できない要素が増えてきているのも気にかかる。
そもそもそれら瘴気は精霊王達が本来ならば浄化していた物質。
精霊王がいないことにより、大気中に充満し、そしてそれらは人の体内、そして脳の中にも入り込む。
その結果、この惑星そのもの自体が悪循環極まりないことに陥りかけているようなのだが……
「とにかく、さくっと用事をすませてから今後の対策を考えるとしますか」
ここで考えていてもどうにもならない。
初期化するのか、それとも特定のものだけ消し去るのか、それとも別の方法をとるか。
今はまだその考えすらまとまっていない。
「とりあえず、今日はいろいろあったし。もう、寝よう。おやすみなさ~い」
ふかふかの布団につつまれ、とりあえず寝心地はわるくない。
そのままとりあえず今日のところは体を休めることにして眠りにつく。
念のためにこの部屋全体に誰も入れないように設定した。
それゆえこの場には誰も入ることはできはしない。
ゆえに安心してその身を睡魔へと導いてゆくティン。
ティン・セレス。
彼女の正体が何なのか、当然今のところ知る者は…誰も、いない……
・・・メモのほうに容量を統一して投稿したほうがいいのか、はたまたキリのいいところにしたほうがいいのか・・微妙・・・
ちなみに、楔のほうはメモで容量統一して投稿しております・・・