悪評の立った青年を少し気に入りました
ヒースガルド伯爵邸。私のような末端の使用人に主の書斎への入室を許可したのは、他でも無いローラン・ヒースガルド伯爵その人だ。
「セリア、秘密裏に頼みたいことがある。」
「何でございましょう?」
「私の息子…アルバートについて調べて欲しい。」
「調べる…?」
「アルバートの悪評が立っているのは君も知っているだろう?」
アルバート・ヒースガルド。確か18才になったばかりの一人息子だ。伯爵領は大きな川で二分されている為、ローラン伯爵がこの西の邸宅に滞在するようになってから半年以上、アルバート様は東を任されていることになる。その間に商人を脅して回っている、という噂が出回ったのは誰もが知るところだ。
「交流の為に東の邸宅に行くだろう?その時に私がいないだけですぐに悪評が立つような息子が跡継ぎに相応しいのか、見極めて欲しい。」
「…何故、私に?」
「気を悪くしないで欲しいんだが、君1人に頼んでいるわけでは無い。」
「…なるほど。」
複数人に同じ頼み事をして咎めるような人はそうはいない。真っ当な判断だ。私1人に大きな責任がのしかかっているわけでは無いことの証左でもある。
「手間をかける分の礼はする。どうだ?」
「かしこまりました。お引き受け致します。」
数日後、私は1週間かけて川を渡り、東の邸宅を訪問した。
東の邸宅に着き、仮住まいとなる部屋へ案内してもらう。その途中、前から歩いてくる堂々とした若い男は、明らかに目立っていた。
「そいつは誰だ。」
道を開け、伏し目がちに控える私と案内の使用人に男は問いかけてくる。
「交流の為、西の邸宅より参りました、セリアと申します。2週間程、使用人としてこちらで勤めさせて頂きます。」
「…そうか。」
鋭い視線を存分に浴びせかけた後、伯爵の息子、アルバート様は一言だけ告げて去っていった。
商人を脅している。その悪評の出どころに立ち会うのは簡単だった。なにせ日に2度は商人の誰かしらが訪ね、アルバート様と話し合いをしていくからだ。
「我々としてもこのまま据え置きでは商売上がったりなんです。」
「お前達にも影響が出ていることは理解している。それでも値上げは許さん。」
「伯爵様であればこんな無理強いはしないはずです!何卒、進言をお願いします!」
「父上は西地区の整備でご多忙だと何度も言っているはずだ!用件が済んだのならお引き取り願おう!」
「お待ち下さい!何卒―」
「くどい!勝手な真似をしてみろ、この俺自らが鉄槌を下してやるからな!」
追い縋る手を振り払い、アルバート様はその場を去る。商人達が苦境に立たされたそもそもの原因は雨だ。かつて無いほどの長期間降り注いだその雨は川の氾濫を引き起こした。ローラン伯爵が人命救助と生活支援に注力している間に、水を含みすぎた土壌があらゆる作物を収穫不可能な状況に追い込んだ。他領からの仕入れを余儀なくされた商人達は値上げという権利の獲得に執心している。これほどの強行的な態度でも商人達が従っているのは、身体強化の魔法を駆使してアルバート様自らの手で盗賊団を壊滅させた功績が広く知れ渡っているからに違い無かった。
(良い報告は出来そうにないかな。)
この光景を前にして跡継ぎに相応しいかと問われては、聞こえ良く言うのは難しい。
仮住まいの2週間、ずっと働き詰めというわけでは無い。休みの日は気ままに散策したいからと言って、私は1人で街へ出掛けた。雰囲気は特別暗くは無い。領内の食料事情に不安はあるが、国全体で困窮しているわけでは無いからだろう。目当ては無いが、市場を一通り見て回る。1つぐらいはあるかと思ったが、飛び抜けて高値をつけている店は無さそうだ。
「うちも家が流された時はどうしようかと思ったけど、何とかやってるよ。」
やけに声の通る立ち話に、思わず聞き耳を立てる。
「これで食料品の値段まで上がったらどうしようも無かったよ。」
「ホントに。アルバートさまさまだね。」
「ついでに大工にもガツンと言ってくれないもんかね。建て直そうにも高くてしょうがないよ。」
悪評は大いに広まっているようだが、領民のほとんどは悪く思ってはいないらしい。噂話を聞き飽きたであろうリンゴを1つ買って、別の場所へと足を伸ばした。
「流通が止まってからでは手遅れになる。あくまでも俺の私財だ。さっさと引き払え。」
「…アルバート様、これ以上商人に強行的な態度を取るのはお控え下さい。」
最終日の夜。書斎へお茶を運び入れにきた私はアルバート様とその執事の会話を盗み聞きする機会を得た。
「お気持ちは分かります。確かに商人と領民、どちらにも良い顔は出来ません。しかし、その汚名をアルバート様が代わりに背負うことを伯爵様が望んでいらっしゃるとは思えません。」
「父上の意をお前が語るのか?」
「何と思われようと構いません。どうか、ご再考を。」
アルバート様は溜め息を吐いてから答えを返す。
「俺に出来ることはあまりにも少ない。ただあるだけの名前が父上の役に立つのなら本望だ。方針を変える気は無い。それともう一つ、いくら屋敷内とは言え、気を抜きすぎるな。聞き耳を立てたがる奴らはいくらでもいる。」
(…どうしてバレたんだろう。)
扉を開けたわけでも無いのにアルバート様は私がいることに気付いていたようだ。身体強化というのは耳まで良くなるものなのかも知れない。変に逃げるわけにもいかず、ノックをして入り、何食わぬ顔でお茶を出す。
「お前は西の邸宅から遥々、何をしに来たんだ。」
「…使用人の品位に差が出ないよう交流の為に―」
「それ以外だ。」
「私が仰せつかっているのはそれだけです。」
当然、私が何かを言うわけにはいかない。
「…父上は心配性だからな。ただで寄越すとは思っていなかったさ。」
検討がついているならわざわざ聞かないで欲しい。
「…アルバート様、淑女をそう睨め付けるものではございません。せっかくのお顔立ちが台無しですよ。」
視線を外すことなく黙りこくったアルバート様を見かねて、執事が場を和らげる。立ち去るなら今が好機だ。
「私はお茶をご用意しただけです。何も聞いてはおりません。」
直接的な力のある魔法。それを授かったせいなのか、あまりにも未熟で真っ直ぐなやり方。でも、父親の為にと尽くす姿は、立派な領主の息子に見えた。
「父上にもそう言うと?」
「聞いていないものをお答えすることは出来ません。失礼致します。」
足早に立ち去ろうとする私が扉を閉める直前、忍び込ませるようなアルバート様の声がした。
「…ありがとう、セリア。」
閉めてから少しした後、気を取り直して立ち去る。名前なんて、最初に言っただけなのに。
「…意外と、覚えてるタイプなんですね。」
誰も聞くことの無い呟きは、足音よりも小さかった。
「戻ってすぐに申し訳ないね。」
「いえ…」
「それで、例の件はどうだった?相応しいと思うかどうか。」
「跡継ぎとして相応しいお方だと思います。」
「…他の者からは評判通り、商人を脅す危険人物として報告を受けているが?」
「商人に強行な姿勢を見せているのは事実です。ですが、悪評がそれ1つで済んでいるのはアルバート様の手腕によるものではないかと思います。危険人物というのは言い過ぎです。」
伯爵が少し驚いた顔をしたのを見て、語気が強すぎたことに気付く。
「…わかった。君の意見が聞けて良かったよ。ありがとう。」
「失礼致します。」
穏やかな、柔らかい笑顔。私の報告が、息子を信じられる理由を与えたからだろうか。…ただの報告に少し熱が入ってしまったのはらしくなかった。自覚しているよりもアルバート様を気に入っているのかも知れない。
「…少しだけどね。」
家路に着く私の足取りは、理由も無く軽やかだった。




