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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

子駆け病

掲載日:2026/07/11

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う~ん、このところ動画をいじる技術って急激に発達しているよね。

 フェイク映像と実際の映像の違いを検証する動画を見てみたけれど、いやあ精巧も精巧。映画とかでも、すでに年配になっている役者の若いころを再現して、中へぶっこむこともできているし。将来、映画の役者が実在しているのかどうか、怪しく思う子たちが増えていくんじゃないかな。

 ごまかしがきく、というのは誠実さを求める部分では忌避されるべきもの。けれども、防御の手立てとしては有効で、身体も必要とあればもろもろのホルモンをねん出し、疲れや痛みをやわらげたり、欺瞞したりする。

 かすかにでも、いつもと違う点があることに気付いたのなら、それは果たしてたまたまなのか? あるいは……。

 わたしの子供時代の話なのだけど、聞いてみないかい?


 子駆け病、とわたしたちは呼んでいた。

 自分の視界の中をね、小さい子供が横切っていく症状なんだ。病気と呼んでいるのは、その子が他の人には見えず、自分しか認識できないためだ。

 そして、これらはもっぱら子供たちの間にしかあらわれず、大人たちの誰も同じような症状を味わったことはないようだった。

 自分たちしか、わからない。

 この確信が持てた段階で、わたしたちは大人たちの前で子駆け病のことを話さなくなった。大人に対する秘密、それは子供のわたしたちにとって、絶対のアドバンテージを得られた気持ちよさがあったから。

 同時に、この現象の原因をわたしたちの手でつきとめてみせる、という意気込みもあったからね。


 子駆け病の「子」に関しては、はっきりとした容姿が見えるわけじゃない。

 まるで影絵のように真っ黒で小さい。だが輪郭のみでも、野球帽をかぶった男の子の格好というのはすぐに見て取れ、その子が視界をさっと横切っていくんだ。

 たとえ目線の先が壁、大空、水の上であろうと、その影絵のごとき子は駆ける。地形や障害物をものともしない。これもまた、わたしたちがその子を生き物と認識せず、病気と感じる理由のひとつだ。

 生まれ出る原因は、おそらくわたしたちの身体側にある。仮に新種の生き物であり、モスキート音みたいに大人たちには認識しづらい特徴をそなえていたとしても、目撃される数は多くて範囲も広い。そして、「子」へじかに触れられた者は、まだ現れていないんだ。

 居るのではなく見える。その視認できる条件を突き止めるのがわたしたちなりの課題だったわけ。


 子駆け病の調査が始まって、少し経ったころ。わたしのクラスメートのひとりが、報せてくれたことがある。


「みかんとかレモンとか、かんきつ類を食べると、しばらくの間、『子』の姿が見えなくなるぞ」と。


 子駆け病の症状には個人差があるものの、長くとも2時間に1度は子が横切る頻度だった。一度そうと認識できてしまったら、彼らの横切りを止める手立てはなく、気にしないことが最大の対処法だったんだ。

 そこへ新しい対策誕生の可能性と聞くと、喜ぶ声が多かったわけさ。


 ――ん? 正体を探るならむしろ、「子」をたくさん見えるようにする手立てのほうが有効そうで、歓迎されるべきじゃないか?


 手段の一つとしては、それも確かにありがたいね。

 でもわたしたちの目的は、子駆け病の原因をつかむことだから、症状をおさえる方法を知るのだってマイナスにはならない。抑制の要素が分かれば促進の要素を知る手掛かりにつながるかもしれないからね。

 情報を得てから、わたしたちもめいめいで試してみて、確かに子駆け病の頻度を減らす効果がありそうなのを実感する。みかんを5つも食べれば、その日のうちは一度も子が横切ることがなかったくらいだね。

 あとは意識を向けていなかった他の食べ物でも、似たような現象などが見られないか、研究の手を広げていこうと考えていた矢先のこと。


 はじめに、子駆け病をおさえる手立てを持ってきた子に異変が起こった。

 彼は話をした以降も、ずっとみかんやレモンを食べ続けていて、何日間も「子」の姿を見ていなかったんだ。

 どのような異変かは、彼が自己申告してくれたよ。うつむいた彼が、口を開いて舌を出したんだけど……その舌がどんどん伸びる。

 そのようなことがあり得る動物ならまだしも、直立姿勢の人間がうつむいて出した舌が、床へついてもなお出てくる……なんて様子は、眼を見開きたくもなるだろ?

 しかも、伸びるにつれて舌は赤み、黒み、黄色みなどを帯びてきて、身体の内側特有の臭気もあたりへ漂い始める。わたしたちも鼻をつまみ出しちゃってね、「もういい」と彼に舌の収納を頼んだけれど、それもまたひと苦労だった。


「子駆け病……おさえないほうがいいかもしれない。この舌もしょっちゅう意識してないと、外へ出ていきたがっちゃうんだ。まるで、僕の身体の中がせまいと言わんばかりにね……」


 ほどなく、みかんやレモンを試していた組にも同じようなことが起こる。程度の差はあれど、舌が口の外へおのずと出ようとするかのように伸びていくものだ。

 遅れてわたしも同じような体験をするけれど、皆の話を聞いた後だから舌回り以外のことも用心していたよ。そうして、例の「子」たちのことに思い当たった。

 確かに、影絵のごときその姿を目にすることはなくなったよ。けれど、何も異状がないわけではなく、おそらく「子」が本来は横切っていたタイミングで、かげろうらしき空気の揺れが渡っていたんだ。

 あらかじめ注意していなければ、わたしも見逃していただろう、ささいなものだ。しかし、それを見てからはわたしの舌も数十センチはその長さを伸ばしていたよ。


 それから、わたしたちはかんきつ類を控えるようになる。すると、これまた個人差はあるとはいえ舌は元通りの長さへ戻り、「子」たちもまた姿を見せるようになった。

 当初は、原因をつかむと息巻いていても、もろにマイナスダメージをいきなり食らうのは、子供心に厳しくてね。わたしを含め、皆が究明に対しておよび腰になってしまったんだ。

 子駆け病の「子」を見ることで、舌が伸びるよりもひどい目に遭わずに済むなら、そちらのほうがいい……といった具合にね。

 子駆け病は、中学校へ上がるころになると自然となくなっていったよ。影絵の「子」を見ることも、その代わりに横切るかげろうらしきものも。そして、舌が伸びるようなことも、みな起こらなくなったんだ。


 あれは子供の身体が特別に持つ、防御手段のようなものだったんじゃないか、といまは考えているんだよ。

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