第9話 沈まない道のプロトタイプ
カイトが模型と現場で2回説明してたので、読みやすく改訂しました (m_ _)m
カイトは中庭で、即席の「模型」を組み立てていた。
枝と板切れ、それに蔓を編んで作った、奇妙な筏のような代物だ。
ちょうどその時、執務の合間に息抜きをしていたアルベルトが中庭に姿を見せた。
「カイト、熱心に何を作っているんだ? それは……船かな?」
アルベルトが腰を落として尋ねると、カイトは待ってましたとばかりに、手元にあった植木用の水桶へその模型を浮かべた。
「パパ。これ、どろどろの村に、おくの」
カイトは、模型の上に重しとして大きな石を乗せてみせた。板は水に沈み込みはするが、石の重さを支えて水面に踏みとどまっている。
「……? 村にこれを置く? 船として使うには、あの泥は粘り気が強すぎて動かせないぞ」
アルベルトが苦笑いしながら諭そうとしたが、カイトは無言で首を振った。
「ちがう。これは、うごかさない。ならべて、『みち』にするの」
カイトは、あらかじめ用意していた別の筏を次々と水面に並べた。
「道? だがカイト、こんな軽い枝や板を置いても、上を歩けば沈んでいってしまうぞ。重い石を敷いても飲み込むような泥なんだ」
(……そりゃあ、同じ場所にずっと立ってりゃあ沈むわな。だが、止まらなきゃいいんじゃよ)
カイトは、並べた模型の上を自分の指をポンポンと歩かせながら言った。
「これ、しずむの、ゆっくり。だから……トントンって、しずむまえに、つぎ、いくの」
「……沈む前に、次へ行く?」
(一点に居座るのではなく、すぐ次の足場へ移動する。泥の粘性が抵抗になる時間を利用して、沈下しきる前に通り抜ける……。まあ、ゲームのような地盤支持の考え方じゃな)
「……沈む前に、次へ……って、待てよ。え?これなら……」
アルベルトの目が、驚愕に鋭く見開かれた。
今まで「沈まないほど強固な土台」を求めて失敗し続けてきた彼にとって、それは雷に打たれたような衝撃だった。
「……そうか。沈むのを止めるのではなく、沈みきる前に移動するのか……! 泥の粘り気を逆手に取って、利用するということか!」
数秒間、彫像のように固まっていたアルベルトだったが、次の瞬間、その顔が劇的に崩れた。
「……カイト。天才か? いや、天才だな! ああ、間違いない。我が息子は、天才そのものだ!」
威厳ある領主の顔はどこへやら。アルベルトはカイトをひょいと抱き上げると、その頬を自分の髭面に擦り付けんばかりの勢いで抱きしめた。
「エレナ! エレナはどこだ! 見てくれ、カイトがこの領地を救う答えを見つけたぞ!」
(……うおっ、ちょ、親父! 痛い、髭が痛い! 技術的な検証が先じゃと言っとるだろ、この親バカ!)
騒ぎを聞きつけたエレナが姿を見せると、アルベルトは興奮冷めやらぬ様子で「将来は歴史に名を残す賢者か伝説の建築家か!」とまくしたてた。
(……やれやれ。これだから『素人』は困る。まだこれはプロトタイプじゃ。現場の泥の具合を見て、木材の選定から始めにゃならんというのに)
呆れ果てるカイトだったが、自分を誇らしげに見つめる父の震える瞳に、ふと前世で後輩を褒めた時の記憶が重なり、(……まあ、悪い気はせんがな)と内心で鼻を鳴らした。
* * *
アルベルトはすぐに行動を開始した。
招集されたのは、領内唯一の大工であるゴドーとその息子、そして泥靴村の顔役たちだ。現場の泥沼の前に立った彼らは、当然のように渋い顔をした。
「旦那様、こんな枝の束を泥に置いたところで、すぐに沈んじまいますよ。今まで道を作ろうと、重い石をどれだけ沈めてきたと思って……」
ゴドーが困ったように頭を掻き、村人たちも肩を落とす。
そんな大人たちの諦めを、アルベルトの鋭い声が遮った。
「石を沈めてダメなら、軽い枝を浮かべろ! 沈むなら、沈みきる前に渡ればいいのだ!」
「……泥に沈まない道を作るんじゃなく、沈む速度を遅らせて、その上を通り抜けるってんですか……?」
「その通りだ! そこらの中低木を伐って編み込み、巨大な『筏』にして敷き詰める。我が息子が、この答えを見つけてくれた!」
アルベルトがドヤ顔でカイトの模型を掲げると、ゴドーはハッとして目つきを変えた。
「……そうか。びくともしねえ頑丈な道を作ろうと躍起になってたが、最初からそんなもん要らなかったんだ。軽い枝を束ねて、ただ広げりゃいい。俺たちは、足元の枝にすら気づかなかったのか!」
ゴドーは膝を叩いて立ち上がると、腹の底から声を張り上げた。
「おい、お前ら! 道具を持ってこい! 辺りの枝を片っ端から伐り倒して、この坊ちゃまの模型みたいに編み上げるんだ!」
村人たちは鎌や鉈を手に取り、湿地の縁に群生していた低木や蔓を次々と伐り倒し、泥沼の淵から並べていった。
「歩ける……。本当に、泥の上を歩けるぞ!」
歓声が上がる。今まで腰まで埋まっていた泥が、即席の枝道によって足裏を支えている。
「うおっ!?」
「気をつけろ、足元を取られるぞ!」
だが、不揃いな枝を縛っただけの表面は凹凸が激しく、急げば枝の隙間に足が引っかかる。
(……まあ、そうなるわな。重い荷を担いで歩くには、平坦さが足りん)
カイトが口を出そうとした時、ゴドーが即座に声を上げた。
「おい、倉庫にある余った板を持って来い! 歩くところだけ、それを上から貼るぞ!」
息子たちが古びた薄板を運び込み、枝束の上に並べていく。下に敷き詰められた枝の層が泥の抵抗を受け止め、板は沈まずに安定した。
「……なるほど、これなら楽に歩けるようになるな」
アルベルトが感心したように声を漏らす。
カイトは内心でニヤリと笑った。
(フン。泥に沈まぬよう荷重を分散させ、さらに板で『面』を作って足場を安定させおった。教えられずとも即座にそこまで辿り着くとは……大工の親父、さすがの現場勘じゃ)
「……これなら行けるぞ! おい、あっちの奥だ! まだ手をつけてねえ鉄がある所まで道をつなげろ!」
村人たちのやる気は最高潮に達し、板を渡した道は泥沼の奥へと伸びていく。
アルベルトはその光景を見つめ、感極まって再びカイトを高く抱き上げた。
「……やはり天才だ。カイト! うおーっ!」
(……だから! 現場で監督を高い高いするな! 威厳が丸潰れじゃろが! ……それに、間違ってもこの泥の中に落とすなよ!?)
カイトは必死に父の首にしがみつきながら、「夕陽に照らされた筏の道」を見下ろした。
まだ人が歩ける程度の細さだが、やがて大きな成果を生む基礎になる。地質を克服する第一段階だ。
「坊ちゃま、ありがとな!」
「板の上は天国だぜ!」
泥まみれの男たちが笑う。
(……フン。これしきで感謝するな。現場の進化はここからじゃぞ)
カイトは少し誇らしい気分で、不満げな顔を装いながらも、父の胸に顔を埋めた。
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