第75話 震えろ南部! 鬼の現場監督、再び
翌朝。泥靴村の広場には、朝日を浴びて百人の男たちが整列していた。
彼らの装備といえば、作業着と、頭に巻かれたリネンの布切れ程度である。
そこへ、アルベルトとカイトが現れた。
彼らの後ろからは、ロバートと既存の工兵隊員たちが並んで歩いてくる。
カイトの頭には、『自作ヘルメット』が鎮座していた。
幼児には少し重いのか、時折ズレるのをクイッと直す仕草が、昨日までは「可愛い」と思われていたのだが――。
まず、アルベルトが壇上に立ち、男たちへ労いの挨拶を済ませる。そして次に、百人の男たちが一斉に耳を疑う事実を口にした。
「驚くかもしれないが聞いてくれ。今回の道作りにおける工法は、すべて我が息子、カイトの発案である。カイトが誰よりも現場と工法に詳しいことは、我が領地で知らない者はいない。よって、本日の陣頭指揮はカイトが執る!」
「「「ええぇぇっ!?」」」
百人の男たちと一緒に、いや、それ以上に驚愕していたのはロバートだった。
(若様が発案者!? しかも、若様が現場を仕切るだと……!?)
王都から戻ったばかりのロバートが唖然としている中、カイトは男たちの正面に置かれた木箱に飛び乗り、腰に手を当てて一同を見渡した。
「みんな、おはよー!!」
「「お、おはよう……?」」
「「おはよう、ございます……?」」
百人の野太い声がバラバラに響く。無理もない。誰一人として今の状況を信じられていないのだ。
だが、カイトは目を細め、空気を一変させた。
「朝の あいさつは、元気よく! おはよー!!」
「「「お、おはようございますっ!」」」
(……ふぉふぉふぉ。よし、少しはやる気がありそうじゃの。だがな、なんだその格好は! 靴じゃなくサンダルみたいなもんを履いとる奴もいれば、頭はただの布きれ! 現場を舐めとんのか、この素人どもめが!)
「きょうから、おべんきょう はじめるよ。でもね……」
カイトは自分のヘルメットをトントンと指差し、瞳で男たちを射抜いた。
「おべんきょうの 前に、『おやくそく』が あるの。一つめ! 『あんぜん・だいいち』だよ! その、あたまに まいてる ぬの! ゆるんでるよ? ほどけたら あぶないでしょ。やりなおし!」
「えっ? あ、はい! すみません!」
最前列の男が慌ててリネンを締め直す。
「声が ちいさーい! おへんじは『はいっ!』でしょ! やりなおし!」
「「「はいっ!!」」」
(……返事一つまともにできん奴に、命がけの現場は任せられん。装備がないなら、せめて『安全意識』で身を守るしかねぇんだよ!)
カイトの言葉は幼い子供のそれだが、そこから放たれるプレッシャーは歴戦の指揮官のそれだ。
「二つめ! 『ごー・えす』だよ! せいり、せいとん、せいそう、せいけつ、しつけ! おじちゃんたち、テントの 中、にもつが バラバラだよ! めっ!」
指を差された大男たちが、ビクッとして慌てて姿勢を正す。
昨日までの「癒やしの天使」はどこへ消えたのか。今、目の前にいるのは、現場の支配者、鬼の現場監督だ。
「……マルコおじちゃん。おじちゃんたちは、南の『せいえい』なんだよね?」
木箱から降りたカイトが、最前列にいたマルコの目の前まで歩み寄る。見上げるカイトの顔には、「あざとい」笑顔が張り付いていた。
「……は、はい。そのつもりですが……」
「じゃあ、この おもたい 石を、あっちの 木まで はこぶの、すぐ できるよね? みんなの『力』、見せて ほしいな!」
カイトが差した先には、大きな石の山があった。
「えっ……あれを? 馬車も使わずにですか?」
マルコが絶句する。
「うん! あ、でもね? ただ はこぶだけじゃ ダメだよ。『どうせん』を 考えてね。ぶつかったら、あぶないでしょ?」
(……ふぉふぉふぉ! 治水工事に一番必要なのは、極限状態での持久力と、安全を確保しながらの連携じゃ。まずはこの『南部百人衆』の限界値を見させてもらうぞい!)
「みんな、いい? よーい……どん!」
カイトの無邪気な号令と共に、岩運びという名の地獄のブートキャンプが幕を開けた。
「急げ! ぶつかるなよ!」「道を開けろ!」
必死に岩に群がる百人の男たち。その光景を、カイトはパパから借りた椅子に腰掛け、静かに眺めていた。
「……ふむ。足腰は悪くない。だが、資材の持ち方が素人じゃわい。……あとで腰を痛めない『コツ』を、たっぷり叩き込んでやるからな。覚悟しとけよ、おじちゃんたち」
***
それから数時間後。
岩運びの地獄を味わい、息も絶え絶えになった百人の男たちの前に、今度は大量の木の枝(粗朶)が運び込まれた。
「みんな、おつかれさま! つぎは『えだあみ』の おべんきょうだよ!」
カイトは再び木箱の上に立ち、小枝を指揮棒のように振り回しながら声で説明を始めた。
「おじちゃんたちの 半分は、二か月したら 南の おうちへ 帰って、川の こうじを するんでしょ? だから、ぼくの『とくべつな やり方』を、しっかり おぼえて 帰ってね!」
(……ただの無料労働力として使い潰すだけじゃ三流の現場監督じゃ。南部の治水が成功すれば、ひいては物流が安定し、この領地も潤う。今のうちにワシのノウハウを、指導員レベルまで叩き込んでやるわい)
「この えだをね、ヨコに ならべたら、つぎは タテ! その つぎは また ヨコ! 四角い 形に して、なわで ギューッと むすぶの! ゆるんでたら、ぜんぶ くずれちゃうから ダメだよ!」
男たちはゼエゼエと肩で息をしながらも、慌てて枝を手に取り、編み始めた。その光景を、少し離れた場所から眺めている男たちがいた。
村の古参工兵であるガンタとサジである。
「……サジ。あいつら、一年前の俺たちと全く同じ顔をしてるっすよ」
「ああ。あの坊ちゃんがただの『知恵の回る坊ちゃん』じゃなくて、『鬼の親方』だってことに気づき始めた顔だ」
ガンタは遠い目をして、「泥沼の道作り」を思い出す。
あの日も、カイトの厳しい検品を受けながら、五日間かけて指をボロボロにして粗朶マットを編み上げた。だが、苦労して泥の上に敷いたマットの上に、カイトは「石や土をドカドカ乗せろ」と指示したのだ。
「……あの時、せっかく作った枝のマットが泥に沈んでいくのを見て、俺たちの努力が全部ドブに落ちたと思って絶望したっすよ」
「多分、おなじ目に遭うんだろうな…」
二人は顔を見合わせ、同情と優越感が入り混じった苦笑いを浮かべた。
今、目の前で必死に枝を編んでいる南部の精鋭たちも、数日後には自ら作ったマットを泥に沈めさせられる屈辱と絶望を味わうことになる。そして、それが強固な地盤に変わるという「物理の奇跡」を目の当たりにするのだ。
「おーい、そこの おじちゃん! なわが ゆるいよ! やりなおし!」
広場にカイトのダメ出しが響く。
ガンタは思わずビクッと背筋を伸ばした。
地獄の底から響くような恫喝を感じた恐怖が、今も体に染み付いているからだ。
「……あいつら、二か月もあの親方の下でしごかれたら、南に帰る頃には立派な『現場の鬼』になっちまうっす」
「……南部の川も、あっという間に治まっちまうだろうな」
泥靴村の広場では、南部の男たちの戸惑いの声と、ヘルメットを被った五歳児の「やりなおし!」という元気な声が、いつまでもこだましていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
書き溜めていたストック(粗朶マット)を三連休で全て泥沼に沈めて(放出して)しまいました!
また一からマットを編み直すため、更新ペースが少し落ちます。19時10分と0時10分です。
ブックマーク、評価を頂けると、作者のマット編みペースが上がるかも……!?
引き続きよろしくお願いいたします!




