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第6話 現場泣かせの「感覚派」マニュアル

改訂( )→「 」に変えました。テレパシーになってしまう。汗

カイトは絨毯の上で、これ以上ないほどの絶望を表現していた。


「……うーたー! くいーん!」


短い手を一生懸命に振り、顔を真っ赤にして叫ぶ。だが、指先からは一滴の水も出なければ、ホコリ一つ消えはしない。カイトはここで一気にギアを上げた。


「……っ、ふぇ、……うわぁぁぁぁん!!」


バグが取れずに納期を迎えたエンジニアのような悲壮な泣き声を上げ、カイトはわざとらしく台所へ走り出した。水瓶に溜まった水を指ですくい、目元に塗りつける。


「あらあら、カイトちゃん! どうしたの?」

「カイト様、悲しくなっちゃいましたか?」


居間にいたママのエレナとメイドのリーザが、慌てて駆け寄ってくる。カイトは「偽の涙」で濡れた顔を向け、拙い言葉を絞り出した。


「……まほー、でない……。でないの!」


「魔法が出ないから泣いちゃったの? まあ、なんて向上心の強い子かしら」

エレナが困ったように笑い、カイトを抱き上げる。

「まほー。やって。……やって!」


カイトはエレナの服の裾を掴み、必死にせがむ。二人は顔を見合わせ、苦笑しながら「実演」を見せてくれることになった。


「見ててね、カイトちゃん。……ウォーター」


エレナが唱えると、彼女の胸元にあるペンダントの青い石がぼんやりと発光した。その直後、ママの指先にふわりと水の球が浮かぶ。


(……ほう、あれが魔石か! あの青い半球が、本に書いてあった『属性ごとの天然結晶』だな。ママが魔力を流した瞬間、表面に刻まれた魔法陣に光が走った……。あれが回路の活性化か)


「私のも見てくださいね。……クリーン」


続いてリーザが、胸元から二つの石がついた魔石を取り出し、絨毯に向ける。カイトの目は釘付けになった。


(……待て。石が二つあるぞ。透明な石と、薄青の石。……なるほどな! 本には『複数の事象を同時に起こすには複数の魔石を並べる』とあったが、これがその実機か。


汚れを浮かす『回路』と、それをどかす『回路』。……二枚の石を物理的に繋いで同時に動かすとは、なんとも力技な設計じゃな。まるで、一つのモーターで二つの動力を無理やり回しとるようなもんじゃ)


カイトは「しゅごーい!」とパチパチ手を叩きながら、内心ではその「非効率な構造」に別の意味で圧倒されていた。


「みるー! みるー!」


カイトは好奇心を爆発させたふりをして、エレナの胸元のペンダントに這い寄る。


「はいはい、見るだけよ。これは、魔石っていうのよ」

エレナがペンダントを差し出す。カイトは短い指で、その青い半球をそっと撫でた。


(……表面に刻まれたこの細かい溝。これが魔法陣……すなわち『回路』か。本には『魔力が通るたびにわずかに摩耗する』とあったが、指先に触れる感触ではまだ滑らかだ。


だが、この微細な溝のどこかが少しでも欠ければ、そこから魔力が漏れて暴走するわけだ。……恐ろしい消耗品ビジネスじゃな。


それに、このリーザの二連装タイプ。二つの石を同期させて動かすには、流し込む魔力の量も、その『圧』の調整も、精密な制御が必要なはず。……これが、『魔力回路』を大きくしておけという理由じゃな)


カイトは、エレナの胸元で揺れる青い魔石を指さしながら、首をコテンと傾けてみせた。一歳児特有の、純粋無垢な好奇心を装った「公開デバッグ」の開始だ。


(さぁ、次は昌和する意味じゃ)


「……ねぇ、まま。なんで、『うーたー』……いうの?」

「えっ?」

エレナが目を丸くする。「なんでって……それは、お水が出るように魔法にお願いするためよ?」


(……ふん、お願い、か。そんな非論理的なはずがない。リーザ、お前はどうだ?)


カイトは次に、二連装の魔石を持つリーザを見上げた。

「りーざ。……『くいーん』。なんで?」


「うーん、なんででしょう……? 唱えると、体の中の『これ』が、魔石の『ここ』にシュパッ!って吸い込まれる感じがして、あとは石が勝手にブワッ!ってやってくれるんですよ。ね? 簡単でしょう、カイト様?」


(……シュパッ?  ブワッ、だと……?)


カイトの脳内にある精密な論理回路が、一瞬でショートしかける。

(厄介な天才タイプじゃ。感覚で操作するタイプじゃな。だが待てよ。石が勝手にやってくれるなら、唱えなくても出来るってことか?)


「りーざ。いわなくても…できる?」


「出来ますよ。 はい!」


リーザは魔法名を唱えずに指だけを絨毯に向けた。絨毯は何度も魔法を使われたせいで反応はほとんど無かったが、魔石が光り確かに魔法が行使されたことがわかった。 


(……やりおった。この娘、涼しい顔して『無詠唱』をやりおったぞ)


カイトは、光を失いかけた魔石と、リーザの涼しげな顔を交互に見た。八十八年の人生で培った直感が、脳内で一つの答えを弾き出す。


(やはりな。詠唱は魔法を発動させるための『絶対条件』じゃない。

機械(魔石)を動かすための、単なる『始動確認の掛け声』に過ぎんのだ。


職人が重機を動かす時に『よし、前方良し、エンジン始動!』と声を出すようなもんじゃな。声を出すことで、自分の意識と機械の同調を強制的に合わせとるだけだ。


リーザのような天才は、その工程をすっ飛ばして、いきなりアクセルをジャストの加減で踏み込める。……全くいけ好かん才能じゃわい)


そこにママから助言が入った。


「カイトちゃん。クリーンの魔法を使う時は『クリーン』って言わないと、だめよ。危ないのよ」


「なんで?」


「この石が壊れちゃう時があるの。それと、他の人に『魔法を使いますよ』って教える意味もあるのよ」


(……ほう! 壊れる、だと? つまり、詠唱は石を焼き切らないための『リミッター』であり、周囲への『作業開始の合図』でもあるわけか。実に理にかなった安全管理セーフティじゃな。

よぉし、分かったぞ。道具(魔石)が手に入らん今のワシにできることは、声を枯らして叫ぶことじゃない。リーザのように『シュパッ』と一発で同調させられるよう、体内の魔力を指先まで正確に送り届ける訓練じゃ。


畑を耕す前に、まずは水路を引かねばならん。五歳まで待つ必要などどこにもないわ。今夜から、この小さな体を実験台にして、魔力の『バイパス工事』を始めてやるわい。ふふふ、面白くなってきたじゃないか)


カイトは満足げに「あーうー!」と声を上げ、わざとらしく欠伸をしてみせたのだった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

カイト爺さんとしては、この世界に興味が出てきたって感じでしょうか。


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