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第47話 ボルドー勝利の方程式!?

ボルドー子爵邸の裏庭に、ガメイツ商会から莫大な借金をしてまで買い集めた「泥炭」と「木の枝」が、うずたかく積まれていた。


「……始めろ。フェルメールの『国家機密』とやらを、この目で見せてみろ」


ボルドーは鼻息荒く、雇い入れた職人に命じた。


彼の頭の中には、すでに冷徹な勝利の方程式が描かれていた。

まずはこの工法を手に入れることで、フェルメールが進めている街道建設を完全にストップさせる。道さえ通させなければ、奴らの勝ち筋は消える。


その上で、手に入れた新技術を使って湿地を自領側から埋め立て、東へと領土を切り取ってやればいい。


そうなれば、今の狭い街をさらに広げ、フェルメールを文字通り泥沼に沈めたまま、自分だけが莫大な富を手にできる。


通行料の独占、交易の掌握、穀物・鉱物の流通支配……すべてが自分の手中に。


借金など安い投資だ。ガメイツ商会への返済など、領土拡大で得られる利益の前では塵芥に等しい。


フェルメールの邪魔をした上で土地まで奪えるなら、金貨の山などいくらでも返せる――。


ボルドーはそう確信し、胸の内で何度もその図式を反芻していた。

職人は泥炭を枝のマットで包みながら、正気を疑うような顔で水槽の泥の中へ沈めていく。


「あ、あの、閣下。これを……本当に泥の中で焼くのですか?」


「くどい! 早く火をつけろ! フェルメールの神童が調整した『特殊配合』なのだぞ。普通の理屈が通じないからこその国家機密だ!」


職人は震える手で、水を含んだ泥炭に火を近づけた。当然、湿った塊が燃えるはずもなく、虚しく黒煙が上がるだけだ。


ボルドーの顔が、苛立ちと不安でどす黒く染まり始めたその時だった。

傍らに控えていたお抱えの学者が、さも名案を思いついたように指を立てた。


「……お待ちください、閣下。もしや、火を『中で』つけるのではなく、『外で』つけてから沈めるのが正解なのでは?」


ボルドーが、弾かれたように顔を上げた。

学者は、得意げに胸を張った。


「この特殊な泥炭は、一度激しく燃焼させることで内部に莫大な熱を蓄える性質があるのでしょう。十分に燃え上がったところで一気に泥へ沈めれば、その蓄熱が内側から周囲の泥を焼き、瞬時に石へと変える……。これこそが、神童の隠した『真の工法』に違いありません!」


その言葉を聞いた瞬間、ボルドーの表情が劇的に変わった。

曇っていた顔に、猛烈なまでの歓喜と全能感が戻ってくる。


「……それだ! それだ、それこそが正解だッ!!」


ボルドーは膝を叩き、勝ち誇った顔で天を仰いだ。


「やはりな! 単純に火をつけるだけなら、誰にでもできる。この私だからこそ、その『先』にある真実に辿り着けたのだ!」


彼は興奮を抑えきれず、声を張り上げた。


「見ろ! フェルメールのガキは、ただ『泥の中で焼く』という嘘を吐いただけだ。だが私は違う。外で燃やしてから沈める……この一手で、泥を石に変える! フェルメールの道は止まり、東の湿地はすべて私のものになる!」


「通行料を独占し、交易を握り、領土を広げ、富を独り占めする……完璧だ! 完璧な勝利の方程式だ!」


ボルドーの声が裏庭に響き渡り、職人たちすら気圧される。


「早くしろ! 今すぐその通りにやれ!」


職人は慌てて、山積みの泥炭に油を撒き、巨大な火を熾した。泥炭が赤黒い熱を持ち、陽炎が立つほどの熱を発し始める。


「よし、今だ! 沈めろ!」


赤々と燃える塊が、水槽の泥の中へ一気に叩き込まれた。


――ジュウゥゥッ!!


立ち込める激しい蒸気。ボコボコと沸き立つ泥水。


ボルドーは身を乗り出し、その光景を「勝利の儀式」を見守るかのように、ギラついた目で見つめていた。


「ハハハ! 見ろ、この蒸気を! 泥が焼けている証拠だ! さあ、引き上げろ! 私の領土となる『石』を見せてみろ!」


蒸気が収まり、泥水が静まる。


ボルドーは自ら袖をまくり、期待に震える手を水槽の底へと突っ込んだ。


……グチャッ。


指先に触れたのは、石のような手応えなどではない。

水を吸って無残に崩れ、ただの汚水へと戻った「ふやけた泥」の感触だった。


「……え? ない、ない、ない、固まってない!!」


水槽の中で、両手を激しくかき回す。

泥水が飛び散り、袖を黒く染め、顔にまでべっとりと付着する。


指先で底を掻き、塊を探すように何度も何度も探るが、手に絡みつくのは冷たくふやけた泥だけ。


熱せられたはずの泥炭は、すでに形を失い、ただの黒いドロドロに溶け込んでいた。


「どこだ……どこに石が……!」


ボルドーは、まるで縋り付くように何度も底をさらったが、そこにあるのは冷え切ったゴミと泥だけだった。


「燃焼土」などという魔法の資材は、最初からどこにも存在しなかったのだ。


「…………はめられた」


ボルドーの喉が、ヒュッという乾いた音を立てた。

さっきまでの勝ち誇った顔は、見る影もなく青白く引き攣っている。

財産の殆どを注ぎ込み、ガメイツ商会への莫大な借金をした。それらすべてを引き換えに手に入れたのは、文字通りの「泥の山」だった。


「おのれぇ……フェルメールぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!」


泥まみれの拳を握りしめ、ボルドーは夕日に向かって、絶望と殺意の混じった咆哮を上げた。


だが、追い打ちはそれで終わらなかった。

翌日、フェルメール家から周辺の各家に向けて、事務的で、無慈悲な通知が届けられた。


「道作りは新工法の確立により、泥炭および木の枝の買い取りは、今後一切不要となりました」


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

資材を燃やされた借りは返しました。倍返しじゃ利かないくらいには。。

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