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第45話 最悪のぼったくりキャラバン!

ハルバード伯爵邸の広間は、集められた派閥の貴族たちのざわめきで満ちていた。


その最前列、伯爵と真正面から向き合う『特等席』に案内されたバルド男爵は、扇子で口元を隠しながら、必死に笑いを堪えていた。


(ふふふ……フェルメールの奴ら、貴重な資材を燃やされて泣きを入れているぞ!)


バルドの目の前で、ハルバード伯爵はこれ以上ないほど沈痛な面持ちで語りかけている。


「……皆も知っての通り、王都と穀倉地帯を結ぶフェルメール領の道作りが、卑劣な放火により頓挫した。あの道は、大量の泥炭に火をつけ、枝のマットで包んで泥の底へゆっくりと沈めていくことで、地盤の水分を蒸発させて固める特殊な工法で作られていたのだ」


(泥を焼いて固める……? なるほど、そんな力技であの泥沼に道を作っていたのか! 道理で大量の枝を用意していたわけだ)


バルドは内心で膝を打った。そして、伯爵の次なる言葉に耳を疑う。


「火事により、フェルメールは備蓄していた泥炭をすべて失った。ゆえに諸君、買い付けた泥炭、あるいは領内で採れる泥炭は今は使わず保管しておいてほしい。後日、フェルメールが現在の相場の三倍で全量買い取る。資金は私が立て替える。損は出させん。フェルメールの再建は、我がハルバードが後ろ盾となる」


広間がどよめきに包まれる中、バルドはあまりの喜びに震え上がりそうになった。


(バカめ! 派閥の情に訴えかけて資源を確保しようとしているのだろうが、大勢の前で手の内を明かすとは愚かの極み!……すぐにこの情報をボルドー卿に流さねば。これで私の株はさらに爆上がり、更に通行料を下げてもらえる筈だ!)


バルド男爵は、伯爵が自分に向けて「頼むぞ」とばかりに送ってきた熱い視線を『信頼の証』だと勘違いし、深く深く頷き返した。


***


「――なるほど! だから奴らは、広場にあれほど大量の木の枝を集め、マットを編んでいたというわけか!!」


数日後。


ボルドー子爵の執務室では、バルドからの早馬の報告を受けたボルドーが、歓喜の声を上げて立ち上がっていた。


密偵が報告してきた「作りかけの枝のマット」という謎の資材。それが「燃える大量の泥炭を包んで泥に沈めるための枠」だったと知り、ボルドーの中で完璧に点と点が繋がったのだ。


「酸素のない泥の底で泥炭を燃やし続けるなど、常識では考えられんトンデモ工法だが大量に燃やせば……フェルメールの領主ならやりかねん! 実際、密偵の報告通り、奴らは枝のマットを用意し、途中までは道を完成させていたのだからな!」


ボルドーは興奮した面持ちで室内を歩き回る。


「しかも、ハルバードの奴め、市場の相場の三倍で泥炭を買い集めると公式に宣言しただと? ……くくく、甘い、甘すぎるぞ! その情報が我々に筒抜けだということも知らずに!」


ボルドーは執務机をバンッと叩き、目の前に控える側近たちに血走った目で命令を下した。


「おい、今すぐ動けるだけの商人を手配しろ! 市場に出回っている『泥炭』と『木の枝』を、片っ端から買い占めるのだ!」


「し、しかし閣下。泥炭はともかく、木の枝までとなると莫大な資金が……。現在の我が領地の財政では、とても賄いきれません」


「バカモノッ! ガメイツ商会から借金をしてでも買い集めろ!!」

躊躇する側近を、ボルドーは唾を飛ばして怒鳴りつけた。


「フェルメールの奴らは『三倍の値段』を出してでも泥炭と枝を欲しがっているんだぞ!? 我々が今のうちにすべてを買い占めれば、奴らの道作りは完全に息の根が止まる! その後、どうしても道を作りたいとハルバードが泣きついてきたら……我々が独占した泥炭を、五倍、いや十倍の値段で売りつけてやればいいのだ!」


「な、なるほど……! 敵の事業を潰しつつ、莫大な利益を得る。まさに一石二鳥の完璧な策ですな!」


「はーっはっはっは! 見ろ、ハルバード派閥の連中が泥水すする音が聞こえてきそうだ! さぁ、急げ! 一欠片の泥炭すら、フェルメールには渡すな!!」


ボルドー子爵の執務室に、勝利を確信した下劣な笑い声が響き渡る。

彼は気づいていなかった。


自分が今、莫大な借金をしてまで買い集めようとしているものが、ただの『使い道のない泥の塊とゴミ(木の枝)』であることに。


そして、そのゴミを自分に超高値で売りつけてくる商人の元締めが、自分自身で破滅させたはずの『商人モーガン』であることに。


泥靴村の五歳児が仕掛けた極上の罠に、ボルドー子爵は自ら、嬉々として全財産を突っ込もうとしていた。


***


「モーガンおじちゃん。今ね『でいたん』が高値で売れるんだって。だから村の中で使う分を残して、あとは全部売っちゃっていいからね」


「えっ……? 泥炭を、ですか?」


モーガンは、泥靴村に新しく構えた自分の店舗の整理をしていた手を止め、目をパチクリとさせた。


目の前には、村の子供たちを引き連れて遊びに来たような顔をしたカイトが、ニコニコと無邪気な笑顔を向けている。


「うん! なんかね、西のほうの道のおじちゃんが、いま『でいたん』と『木の枝』をすごーく高く買ってくれるんだって! パパが言ってた!」


「西の……ボルドー子爵が、ですか?」


モーガンは息を呑んだ。商人としての長年の嗅覚が、その言葉の裏にある異常な事態を瞬時に察知する。


泥炭など、この村周辺の湿地を少し掘れば無限に湧いてくるタダ同然の燃料だ。木の枝に至っては、森に入ればいくらでも拾えるゴミに等しい。それを、あのボルドーが高値で買い漁っている?


「どうしてそんなものを……いや、まさか」

モーガンはハッとして、先日広場で燃やされたと聞いた『作りかけの道の材料(枝のマット)』を思い出した。


(……そうか! 奴らは、あの道作りに泥炭と枝が必須だと思い込んでいるのか! そして、我々からそれを奪い尽くして干上がらせるつもりで……!!)


領主とこの五歳児が仕掛けた「えげつないカラクリ」を完全に理解した瞬間、モーガンの背筋にゾクゾクとするような商人の興奮と、痛快な復讐の予感が駆け巡った。


「おじちゃん、取り返した馬車があるでしょ? あれに村の「でいたん」といらない枝をいーっぱい積んで、違う村の商人さんに『内緒だよ』って言って売ってきてほしいの!」


カイトは小首を傾げ、あざといほど可愛らしく付け加えた。


「あ、うる時はね、今の三ばい……ううん、五ばい のおねだんで う(売)っていいって! パパが言ってたよ!」


「ご、五倍!? この泥炭をですか!?」


「うん、あとはパパにきいてね」


(くくく……五倍でも今のボルドーなら喜んで飛びつくわい。何せ伯爵直々に「フェルメールが三倍で買う」というダミーの相場情報を流してあるからな。向こうからすれば、五倍でも『敵の急所を絶つための必要経費』に見えるはずじゃ。競合に不良在庫を超高値で押し付けて、現場の潤沢な資金に変換する。これぞ究極の錬金術よ!)


内心でゲスい現場監督の笑いを響かせるカイトの前で、モーガンはワナワナと震え、やがて顔を真っ赤にして天を仰いだ。


「……くっ、ははははっ! 最高です、若様! 奴ら、私から全財産と商会の看板を奪っておきながら、自分たちが残していった馬車で『タダの泥と枝』を超高値で売りつけられるとは!!」


モーガンは独り言のように呟き、天を仰いだ。

「しかも……炭素で奪われた者へ、炭素で借りを返させてくれるとは…… 旦那様も、最高に『悪趣味』な采配をなさる」


(……ん? 炭素? ああ、なるほど! モーガンに仕込まれた『身に覚えのない宝石』というのは、炭素の結晶ダイヤモンドじゃったか!そこまで考えとらんわい)


モーガンは感極まったように、泥炭の入った麻袋をドンッと叩いた。


「お任せください! このモーガン、商人としてのありとあらゆる裏ルートを使って、ボルドーの息のかかった買い付け屋に、村の泥炭と枝を限界まで高く売り捌いてみせます! 奴らの資金を、一滴残らずこの村の利益に変えてみせましょう!」


「わーい! おじちゃん、がんばってね!『でいたん』と『木のえだ』が足りなくなったら、村のみんなで ドロんこになって、いーっぱい ひろっておくからね!」


無邪気に喜ぶカイトと、復讐と商魂に燃え上がるモーガン。


泥靴村発の『最悪のぼったくりキャラバン』が、今、ボルドー子爵の財産を食い尽くすために出発しようとしていた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけることが本当に励みになっています。

⭐︎でも⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎でも、率直な評価をして頂けると嬉しいです。


余談ですが、現実の世界でダイヤモンドが「炭素」からできていると判明したのは、18世紀後半だそうです。

ファンタジー世界の商人に「炭素」という専門用語を使わせるかどうか迷ったのですが……

炭素ダイヤで奪われた商人が、炭素(泥炭)で復讐する』という因果応報の皮肉が

どうしても書きたくて、思い切って入れちゃいました!(m_ _)m


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