第44話 インサイダー・ゲームの幕開け
資材を燃やされた、お返しです。
モーガンが泥まみれで再起を誓い、領地に新たな物流の要が誕生しようとしていた頃――。
執務室の重い扉がノックされ、ラインハルトが鋭い足取りで入ってきた。
その手には、封蝋がされた一通の手紙が握られている。
「領主殿。先ほど、ハルバード伯爵様より早馬で『密書』が届きました。……緊急とのことです」
「伯爵様から? 一体何事だ……」
アルベルトは眉をひそめながら手紙を受け取り、封を切る。
傍らでは、エレナが不安そうに見守り、カイトは父親の膝の上でキョトンとした顔を作っていた。
手紙に目を落としたアルベルトの顔色が、みるみるうちに険しくなっていく。
「……信じられん。派閥内に、ボルドーへ情報を横流ししている『ネズミ』がいるだと……!?」
「ネズミ、ですか?」
ラインハルトが鋭く反応する。
「ああ。伯爵様もベルノー卿も、すでに目星をつけて泳がせているらしい。……だが、これで腑に落ちたぞ」
アルベルトは手紙を机に置き、深く息を吐き出した。
「我が領地は、ほんの数ヶ月前まで『泥靴』と蔑まれるほどパッとしない辺境だった。それなのに、ボルドーの奴らはまるでこちらの内情を知り尽くしているかのように、正確なタイミングで商人の馬車を奪い放火して妨害を仕掛けてきた。……いくらなんでも、情報をつかむのが早すぎると違和感があったのだ」
ラインハルトも深く頷いた。
「仰る通りです。私も赴任する前は『辺境の泥沼』と聞いて覚悟して来ましたが、実際のこの村の開発スピードは異常です。……その旨味を誰かが敵に売り渡していたというわけですか」
「お父様たち(伯爵・子爵)も、本腰を入れてボルドーを叩くおつもりのようですわね」
エレナが静かに、だが力強く言った。
大人たちが深刻な顔で頷き合う中、カイトは無邪気な声で口を開いた。
「パパ! ネズミさんがいるなら、わな(罠)をしかけなきゃね!」
「あ、ああ、そうだなカイト。伯爵様も、そのネズミを使って逆にボルドーを嵌める罠(偽情報)を仕掛けるおつもりのようだ」
「パパ! あのね、それならこういうのはどうかな。
この前のパーティみたいに、ハルバートおじちゃんにみーんなを集めてもらうの!」
カイトの突然の提案に、アルベルトとラインハルトは顔を見合わせた。
「伯爵様主催の集まりを、また開くというのか? そこで一体何を……」
「えっとね、こうやって言ってもらうの!」
カイトはコホンと小さく咳払いをして、伯爵の真似をするように胸を張った。
「おみちを作るには、「でいたん」をいっぱい使って火をつけて、枝のマットで包んで、ゆっくり沈めるのとだんだん水が無くなって、上に石を乗せても沈まないようになるの。
だからぜったいひつようなの! だけど、フェルメールのおみち作りが、悪い人の火事で「でいたん」が無くなってとまっちゃった!
だから、みんなの おうちにある「でいたん」は、今は使わないでとっておいて! あとでパパたちが、今の三ばいのおねだんで買ってあげるから!』……って!」
言い終えると、カイトは満面の幼児スマイルを浮かべた。
だが、その愛らしい提案を聞いた大人二人の顔からは、完全に血の気が引いていた。
「……領主殿。若様は今、とんでもないことを仰られましたぞ。伯爵様直々に『泥炭の買い戻し』を宣言させる……。しかも相場の三倍で買うと約束させれば、市場はどうなります?」
「……貴族も商人も、目の色を変えて泥炭を溜め込むだろう。そして、うちの事業を何としても潰したいボルドーの奴らは、三倍以上の異常な高値を出してでも、市場にある泥炭と枝を強引に買い占めにかかるはずだ」
アルベルトの言葉に、ラインハルトがごくりと喉を鳴らす。
「そしてボルドーが借金をしてまで泥炭の山を築き上げた後……私たちは涼しい顔で『あっ、泥炭を使わない新しい作り方を思いついたので、もう泥炭は要りません』と言えば……」
「ボルドーは、莫大な借金と、使い道のないゴミの山だけを抱えて自滅する……!」
(くくく……その通りじゃ! ゼネコンのトップ(伯爵)直々の『資材高騰の予告』を利用した、完璧なインサイダー取引と相場操縦よ! 競合にゴミを高値で掴ませて、ウチはモーガンの裏ルートでタダ同然の泥炭を超高値で売り抜ける。これぞ現場の経済戦じゃわい!)
カイトは内心でゲスい現場監督の笑いを響かせながら、コテンと首を傾げた。
「パパ? ぼく、なにか変なこと言った?」
「……いや。カイトは本当に、敵に回すと恐ろしいな」
アルベルトは、我が子の底知れない知略(悪魔的発想)に震えながらも、すぐに伯爵へ宛てる密書を書き始めるのだった。
***
「……くっ、ははははっ! あやつら、正気か!」
ハルバード伯爵の執務室に、豪快な笑い声が響き渡った。
早馬で届けられたアルベルトからの密書。そこには、派閥の裏切り者を炙り出すどころか、敵対するボルドー子爵の財産を根こそぎ奪い取る『悪魔的な相場操縦』のシナリオが克明に記されていた。
「泥炭と枝を燃やしながら水中にゆっくり沈めていき泥を焼く、だと……? 物理的にあり得んトンデモ理論だが……なるほど、工作員が燃やした木の枝やマットが目撃されておるのか、ならば中途半端に道作りの方法を握ってしまった素人なら、完全に騙されるだろうな」
伯爵は手紙をデスクに置き、面白くてたまらないというように肩を震わせた。
軍の増援や資金の援助を求めてくるかと思いきや、まさか「自分の権威を使って市場を騙し、敵の資金を自滅させろ」と提案してくるとは。
「あのアルベルトに、これほどえげつない絵図が描けるとは思えん。となると……あの水準器を作ったという、五歳の神童の入れ知恵か」
伯爵は、先日のお披露目パーティで見た、底知れない瞳を持つ幼児の姿を思い出し、背筋に心地よい悪寒を感じた。味方でいるうちは最高に頼もしいが、敵に回せばこれほど恐ろしい存在はない。
「……面白い。その策、乗ってやろうではないか」
伯爵はスッと目を細め、控えていた側近に鋭い声を飛ばした。
「至急、派閥の者たちに連絡を送れ。『フェルメール領の復興支援について、重要な発表がある』と。……ああ、特にバルド男爵には、必ず最前列の席を用意してやれ。彼には、私の『悲痛な報告』を誰よりも正確に持ち帰ってもらわねばならんからな」
「はっ!」
側近が足早に部屋を出ていくのを見送りながら、ハルバード伯爵はニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべた。
泥靴村の五歳児が仕掛けた、極上の泥沼劇の幕が上がろうとしていた。
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この作品は、コメディであり、決して人情ドロドロの泥沼劇にはなりません。(m_ _)m
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