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第42話 精度が変える現場の熱量

広場の隅で、ゴドーとダン、そして鍛冶屋のバルカスの三人が、何やら深刻な顔で話し込んでいた。その手元には、カイトが作らせたあの「水準器レベル」がある。


「やっと書庫のベッドを作ったと思ったら、今度は家を建てろってさ。しかも村に一軒、丘の中腹に一軒だ。工期が重なっててんてこ舞いだよ」

大工のゴドーが、頭を掻きながらぼやいた。


「俺のところも、お前らの注文のせいで火床を落とす暇もねぇよ」

バルカスも、すすけた顔で肩をすくめる。


「ああ。丘の方は、俺が土を均して土留めをしてくれって頼まれてるぜ」


石工の親方のダンが、太い指で水準器を愛おしそうに撫でながら続けた。


「……なぁ、ゴドー。この水準器の精度、半端じゃねぇな。今まで自分の目見当でやってたのが馬鹿らしくなるくらいだ。これのおかげで、自分の腕が格段に上がった気がするぜ」


「ああ。だがよ、ダン。この『神の目』みたいな基準があっても、張ってる糸がこれじゃあ台無しだ」


ゴドーが、使い古されて毛羽立ったボロボロの麻糸を忌々しげに弾いた。

「湿気で伸びるし、自重でたわむ。これじゃあ監督(坊ちゃま)の要求する精度には、相当な狂いが出るぜ」


二人の目が、プロの鋭さを帯びる。


「ここはモーガン商会に、丈夫な糸を買ってきてもらうしかねぇ。油を引いた防水麻糸をよぉ」


「あ、それ、俺もモーガンに頼もうと思ってたんだ」


注文が重なれば、良い品は早い者勝ちだ。


「あ、お前、先行くな!」

「ふざけんな、俺が先だ!」


土煙を上げて走り出した二人は、村の空き家に仮住まいを始めたモーガンのもとへ雪崩れ込んだ。


「「モーガン、頼みがある!!」」


異口同音に叫び、二人は懐から銀貨を取り出してモーガンの鼻先に突きつけた。


「「この銀貨で、油を引いた防水麻糸を買ってきてくれ!」」


不意を突かれたモーガンは、一瞬目を丸くした。

しかし、中肉中背のどちらかといえば目立たない体躯をスッと正すと、すぐさま「商売人の顔」に戻る。


着ているのは、アルベルトから譲り受けたお下がりだ。村に辿り着いた時に肘が破けてしまった自前の服に代わり、今は少し大きめのシャツを纏り褐色のベストを纏っている。リーザの手で「クリーン」をかけられたズボンは、新品とはいかないが清潔さを保っていた。


モーガンは、使い込まれた帳面を広げると、職人たちを見据えた。


「……そんなに使うんですか? ただの糸ですよね?」


「ああ! 最近、坊ちゃんや旦那様から頼まれる仕事が多くってさ、糸がいくらあっても足らんのよ!」


「それに、最近は金ばっかり溜まっていって使い道がなかったんだ! 良い道具に投資しねぇで何が職人だよ!」


モーガンは呆気にとられたように、受け取った銀貨の重みを確かめた。


「はぁ……いつの間にここは、こんなに豊かになったんですか? さっきも『良い布』だの『香辛料』だの、今までこの村じゃ聞いたこともない注文が山ほど入ってるんですよ」


「あ、香辛料か。いいなそれ、俺も欲しい! おいモーガン、これで俺の分も最高級のやつを買ってきてくれ!」

ダンがさらに銀貨をもう一枚、景気よく机に叩きつけた。


「あ、そうだ。モーガン。村の中に作るお前の住居兼商店だが、旦那様から『俺に作れ』って頼まれてるんだ」

ゴドーが身を乗り出して、設計の相談を切り出した。


「どんな造りがいいんだ? 荷の出し入れやら寝泊まりの勝手やら、希望があるなら今言え。監督(坊ちゃま)の水準器を使って、寸分狂わねぇ最高の一軒を村の一等地に建ててやるよ」


「……そうですか、それはありがたい。ならば、一階は荷馬車がそのまま横付けできる広い土間ストックが欲しいですね。それと二階は……」


そんな話をしているところに、今度はガンタたち粗朶道工事組が現れた。


「モーガンさん、石鹸って売ってるっす……って、あれ、親方も買い物っすか?」


「あぁ、もう買うものは頼んだよ。今は店の使い勝手を聞いてるんだ。お前こそ、今日の持ち場はどうしたんだ?」


親方のゴドーが問いかけると、ガンタは力なく肩を落として答えた。


「何言ってるんすか。マットの材料、一本残らず燃えちまったじゃないっすか。焼け残ったやつも、監督が全部沼の『ねりねり』に使っちゃったから、今は枝一本残ってないっすよ。だから今日は現場が休みなんす」


「……あぁ、そうだったな。すまねぇ、つい癖でな。……クソ、あの野郎どもめ、職人の現場を空にしやがって」


ゴドーが苦々しく吐き捨てる。道具があっても材料がないことは職人にとって一番の屈辱だ。しかし、ガンタはすぐに顔を上げた。


「いや、大丈夫っす。明日には、ロラン様のところから新しい枝が届くって監督から聞いてますから。次は絶対に燃やされないように、みんなで見張るつもりっすよ」


「……そうか。ロラン様のところからか。それなら安心だな」

ゴドーが少し安堵したように頷く。資材が尽きても、すでに次の供給を確保しているカイトの段取りの良さに、職人たちは信頼を寄せていた。


そんな彼らのやり取りを傍らで聞いていたモーガンが、口を開く。


「石鹸、ですか……今は手持ちがありませんが……伯爵領の街まで行けば、良い品を仕入れてこれますよ」


「あ、いい香りがするのがあるって聞いたんすけど、それっていくら位するんですか?」


食いついたガンタに、モーガンは商売人の顔で慎重に答える。


「あぁ、植物の油を使った贅沢品ですね。貴族様や裕福な商家が使うようなものだと、銀貨一〜二枚は必要になってしまいますよ。獣脂なら大銅貨数枚ですが……」


ここが普通の村なら、パンが何十個買えるか計算して絶句する金額だ。しかし、ガンタは懐から銀貨を一枚取り出し、迷うことなく机に置いた。


「やっぱ、高いんすね。……でも、それをお願いするっす。足りない分は、次に戻ってきた時に持ってくるっす」


「……本気ですか、ガンタさん。体を洗うだけの消耗品に、銀貨を?」


モーガンが信じられないといった様子で問い返すと、ガンタは首筋をポリポリと掻いて笑った。


「監督がいつも言うんすよ。『病気をしたくないなら、体は綺麗にしておけ。泥の毒を舐めるな』って。……それに、最近は給金もいいし。たまには親方に負けねぇくらい贅沢してみたいんすよ!」


モーガンは絶句した。そして、机に並んだ数々の依頼と銀貨の山をまじまじと見つめ、覚悟を決めたように居住まいを正した。


「……どうやら私は、とんでもなく凄いところに拾われたのかも知れませんね。これだけの期待、商人として中途半端な真似はできません。気合を入れて仕入れてくることにしましょう」


「ああ、ちげえねぇぜ。ついでに、動ける奴がいるなら人も雇ってきたほうがいい。最近の忙しさは半端ねぇからな」


ゴドーが太い腕を組んで言い放つと、ダンも深く頷いた。


「ああ、全くだ。どこかの街で、腕はいいのに暇して腐ってる石工がいたら、ついでに声をかけておいてくれ」


「大工もだ。それから……この調子じゃ、多分鍛冶屋も足りなくなるぞ!」


「承知いたしました。これだけの商いになるのであれば、私一人では手が回りませんね。どこかの街で、よく働く丁稚の一人も雇い入れてくるとしましょう」


「あ、獣脂石鹸もお願いするっす。普段使いしたいっすから!」


「……贅沢するんじゃなかったのかよ」


ゴドーのドスが効いた嫌味に、職人たちがくすくすと肩を震わせた。


ガンタはポリポリ首を掻きながら、照れくさそうに笑う。

周りの空気が、軽い笑いに包まれた。


泥靴村は、もう泥にまみれただけの場所ではなかった。笑いが自然に溢れる、温かい村になった証拠だった。

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