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第37話 トゲトゲ防壁!泥に響く幼児の檄

翌朝、朝霧が残る中、カイトとアルベルトは早々に動き出していた。


要人警護兼助言役として、昨日のリーダー格の騎士が二人の後ろに従う。彼は常に数歩の距離を保ち、視線を周囲に配りながら歩を進めていた。


「アルベルト殿、防壁の起点ですが……北街道へと続くこの道の中ほど、ここを最前線とするのがよろしいでしょう」


騎士が足を止めたのは、泥靴村を過ぎ、北街道へと繋がる道が、わずかに高くなっている地点だった。


「ここは道の両脇に深い泥濘ぬかるみが迫り、賊が展開できる幅が最も狭まっています。つまり、少ない人員で封鎖するには最適です。ここを抜かれれば屋敷まで遮るものがありませんが、ここで食い止めれば、敵は湿地の泥に足を取られ、文字通りの標的になるでしょう」


プロの軍事的な視点による、合理的な助言。

アルベルトがその言葉の重みに深く頷いたのとほぼ同時だった。


「わかった〜! ここにしよう!」


カイトは迷うことなく、騎士が示した地点へ歩み寄った。

手に持った杭を湿った地面に突き刺すと、小さな手で木槌を握り、トン、トンと叩き込んでいく。


一本、また一本。騎士の助言という「根拠」を得た瞬間の、迷いのない現場監督の動きだった。


「おじちゃん、ここに柱を立てていって! まっすぐじゃなくて、お星さまみたいにトゲトゲにするよ!」


カイトが指示したのは、ただの塀ではない。函館の五稜郭と同じ「星形要塞」の角を使った塀の設計だった。


それまで黙って見守っていたアルベルトだったが、カイトが打つ杭のラインがあまりに不規則なのを見て、さすがに居堪れなくなって口を挟んだ。


「カイト、待ちなさい。……どうしてそんなジグザグにしてるんだ?」


アルベルトはカイトの肩をそっと掴み、地面に引かれた歪な角がある線を覗き込んだ。


「これでは、必要な材木が倍以上になってしまう。それに、角が多いほど構造も複雑になるんだぞ?」


真っ当な領主としての、そして建築の素人としての疑問だった。

だがカイトは、パタパタと走り回って星の「角(角稜)」にあたる部分に立ち、短い腕を左右に広げた。


「あのね、パパ! まっすぐなかべだと、かべの下にドロボウさんが来たら、上から見えないでしょ? でも、こうやってトゲトゲにすれば、こっちのトゲトゲから、あっちのトゲトゲにいるドロボウさんが丸見えなの!」


カイトは無邪気に笑いながら、自分の立ち位置から隣の突き出した角を指差した。


「それにね、あそこの水たまりをつないでおくの。そしたら、あんまり掘らなくてもお堀ができるでしょ? 材木はいっぱいいるけど、ロランおじちゃんの木をうめれば、ふつうのかべよりずっと強くなるんだよ!」


(ただの丸太の壁じゃ、根元に潜り込まれたら攻撃できん。だが、この星形なら、隣の角から敵の背中を狙える『死角ゼロ』の陣地になる。さらに、この湿地の凸凹をそのまま『堀』として繋げば、一から掘るより工期も半分で済むわい!)


カイトの説明を聞いていた護衛の騎士が、弾かれたように膝をつき、地面の線を食い入るように見つめた。


「……相互支援の射線……死角ゼロの防御に、湿地のぬかるみを水堀に変換……さらに屈折が梁の役割を果たして倒壊を防ぐ……」


騎士の瞳に、驚愕と感嘆の色が混ざる。


「アルベルト殿、この考えは驚異的です。王都の工兵大隊でも、ここまで合理的な現場判断を一気に出せる人間は稀です」


「き、騎士殿までそう仰るのか……?」


「ええ。とても理にかなっています」


アルベルトは、息子の足元に広がる泥の星形と、それを絶賛する騎士を見比べ、呆然と立ち尽くした。


(まあ、倒れにくくなるのは見込んでおったが、残りは五稜郭の受け売りじゃわい)


カイトは内心で鼻を鳴らしつつ、現場監督の顔で、まずはモズ爺さんが集めてくれた村人たちを呼び寄せた。


「村のおじちゃんたち! まずはあそこの水たまりをつないで! 掘ったドロはこっちに盛るんだよ!」


カイトの号令が飛ぶと、戸惑っていた村人たちも、その迷いのない指示に押されるようにスコップを手に走り出した。


こうして、湿地のあちこちで泥を跳ね上げる音が響き渡り、不規則なジグザグを描く木の塀作りが始まった。


「三日でおわらせるよ! 休んでいたら、ドロにのまれちゃうからね!」


カイトの宣言からほどなくして、大量の木材を積んだ荷馬車の列が現場に到着した。驚いたことに、先頭で馬を操っていたのはロラン騎士爵本人だった。


「ロラン殿! 自ら運んできてくださったのか」


「アルベルト殿、カイト殿! 盟友の頼みとあらば、このロラン……ッ!?」


笑顔で馬を降りて歩み寄ってきたロランの言葉が、不自然に途切れた。彼の視線は、アルベルトの斜め後ろで静かに周囲を警戒している一人の男に釘付けになっていた。


洗練された身のこなし、そして装備に刻まれた紋章。


ロランは一緒に来た者たちに待機を命じると、アルベルトに擦り寄り、周囲に聞こえないよう声を潜めた。


「アルベルト殿。どうして伯爵家の直属騎士が、なぜ、このような泥靴……いや、この村に?」


アルベルトは苦笑混じりに首を振った。


「いや、実は伯爵様から、街道整備の間、警備のために騎士の方々をお借りしたのだ。いろいろとあってな……」


その言葉を受け、騎士が一歩前に出て、領地持ちの当主であるロランへスッと一礼した。


「ロラン卿。伯爵家より警護の任に就いております、騎士隊長のレオンハルトと申します。隣領の当主殿自ら、これほど立派な『防壁の柱』を運んでいただけるとは……警護の長として、心より感謝申し上げます」


騎士レオンハルトの視線は、荷馬車に積まれた太く真っ直ぐな丸太に向けられていた。


「なるほど、あれほど立派な丸太が揃えば、強固な防壁が建ちましょう」と頼もしげに頷く。


ロランは鷹揚に頷き、泥まみれの建築現場へ視線を向けた。

「頭を上げるがいい、レオンハルト殿。私はフェルメール卿とカイト殿に受けた恩を返しに来たに過ぎんよ」


大人たちの挨拶が終わるや否や、カイトの容赦ない声が飛ぶ。


「ロランおじちゃん! 木はあっち! 枝はこっちにおろして! とまらないで、どんどん運んで!」


ロランは一瞬、笑顔のまま固まった。


「…し、承知した、カイト殿! お前たち、坊ちゃんの指示通りに動け!」


ロランの人足たちが加わったことで、現場の熱気は一気に跳ね上がる。

水汲み場や道を作った時の『鬼監督の伝説』を知る村の男たちに混ざり、筋骨逞しい人足たちももはや逆らうという選択肢すら忘れて泥にまみれ始めた。


水たまりを繋いで掘られたジグザグの堀。


カイトの指示で、その内側にまずは大量の枝が敷き詰められていく。


「そこ! 穴をほるだけじゃダメ! 先に枝を四角く組んでおいて! その上にドロをのせて、ふむんだよ!」


カイトの容赦ない檄が飛ぶ。大の大人が、伝説の『鬼監督』の指示に悲鳴を上げながら泥まみれで動いている。


レオンハルトは「なぜ枝を泥に?」と一瞬だけ怪訝な顔をしたものの、口出しはせずに本来の任務である周囲の警戒へと戻っていった。


枝の土台の上に土が盛られ、いよいよ防壁の主役である丸太が打ち込まれていく。


「おじちゃんたち! その丸太の頭、そろってなくていいから、とにかく深くうって! 上のでこぼこはあとでいいから、まっすぐ立てるんだよ!」


「はいっ、監督!」


自分たちの膝丈ほどしかない幼児に詰め寄られ、男たちが短い悲鳴を上げて飛び上がる。


丸太の背後からは横板が並べられ、さらに後方から斜めに支柱が突き立てられていく。


順調に進むかと思われた矢先、カイトはパタパタとロランの足元へ駆けてくると、泥のついた手で腰に手を当てて見上げた。


「ロランおじちゃん、木をありがとう! でもね、かべをトゲトゲにするから、これだと柱がたりないかも!」


「た、足りない? 坊……いや、カイト殿。これでも馬車三台分は持ってきたのだが……」


「ぜんぜんたりないの! かべを長くするから、もっといるの! おじちゃんも、はやく次の木をとってきて!」


(立っとるものは親でも騎士爵でも使え、じゃ! 感心しとる暇があったら、一本でも多く柱を持ってこんかい! 現場が止まるのが一番の罪じゃ!)


目の前の五歳児から放たれる鬼のような圧に気圧され、ロランは慌てて馬車へと駆け出した。


さすがに見かねたアルベルトが、横から声を張る。


「ま、待ってくれロラン殿! さすがにこれ以上の資材提供は申し訳ない。追加の材木代は、後できちんと我が家から支払わせてもらうから!」


「わ、わかった! 支払いの話は後だ! すぐ戻って、次の便を手配してくる! おいお前たち、カイト殿の指示に従って死ぬ気で動けよ!」


騎士爵の威厳などかなぐり捨て、ロランは馬に飛び乗り、砂煙を上げて引き返していった。


アルベルトはその後ろ姿を見送った後、隣領の当主を完全に「使い走り」として扱う我が子を、引きつった顔で見下ろした。


唖然としていたのは、アルベルトだけではない。

一緒に作業をしていたロラン領の人足たちも、自分たちの領主様が五歳の子供に顎で使われるという異常な光景に目を丸くしていた。


だが、当のカイトはそんな視線など意に介さず、再び泥の堀へと向き直る。


「おじちゃんたち! よそ見しないでね! 手が止まってるよ!」


「は、はいっ! 監督!」


自分たちの領主すら従わせる『真の支配者(現場監督)』からの容赦ない一喝に、ロラン領の男たちはビクリと肩を跳ねさせ、慌ててつちを振るい始めた。


一から平地を整地し、均一な塀を作るのではない。今ある地形の凸凹に合わせ、使える資材を最短の手順で組み上げていく。


(今、求められておるのは綺麗な塀を作る事では無いわい。ここで、敵を防ぐための壁を最短で作る。それが現場監督の仕事よ!)


丸太の背後からは横板が並べられ、さらに後方から斜めに支柱が突き立てられていく。


夕暮れが迫る頃、まだ荒削りながらも、北街道へと続く道には、一目でそれと分かる壁の形が立ち上がっていた。


フェルメール領の建築ラッシュ一日目が、激しい槌音と共に幕を閉じた。



いつもお読みいただき、ありがとうございます。


湿地の凸凹を想像し、「いっそ真っ直ぐ建てずにジグザグにして、水溜まりを堀に繋げば?」

と考えた時、函館の五稜郭を思い出しました。

調べてみると、星型要塞は隣の角から敵を十字砲火できる「死角ゼロ」のガチ防衛システムとのこと!

検索したら世界中にものすごい数の星型要塞が出てきて驚きました。


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