第34話 次の現場はドコだ!幼児監督凱旋
ストックが……切れそうです
「……あなた。少し、お話ししてもよろしいかしら?」
ハルバート伯爵から譲り受けた馬車の座席で、エレナが穏やかに切り出した。膝の上では、カイトが揺れに身を任せながら、小さな耳をぴんと立てている。
「二つあります。まず、早急に対処しなければならないのが護衛の方々が住む場所ですわ」
「うん、それは考えていたんだ。屋敷に向かう中腹に、昔、代官が書庫として使っていた建物があるだろう?今は放置しっぱなしだが、あれを使えないかと思って」
「少し、小さくないかしら?」
「見てみないとなんとも言えないな、でも、誰かの家でずっと仮住まい
という訳にもいくまい」
「では、実際に見てから出ないと、判断がつきませんわね」
「ああ、そうなる。で、もう一つは?」
「これからのことですわ。カイトのおかげで、水準器のパテント料が入ってくるのでしょう? 借金も完済できましたし、これからは家計にも余裕が出ます」
アルベルトは深く頷いた。
「ああ。ようやく、まともな領地運営ができそうだ」
「それなら、王都の家にいるロバートを呼び戻せませんか? あの方はあなたが騎士爵だった頃からの忠臣です。領地の守りを任せるには、これ以上ない人材では?」
アルベルトは少し考え、窓の外へ視線を向けた。
「……確かに心強い。だが彼は王都で情報を集めてくれている。いなくなると、あちらの動きが掴みにくくなるのがな」
「でしたら、パテント料の一部で事務専門の代行者を雇いましょう。王都にある家の管理も任せられる者を探してもらい、ロバートには、この領地で村の若者たちを鍛え上げてほしいのです」
エレナは言葉を続ける。
「今、私たちのそばにはハルバート様の騎士とお父様の護衛が合わせて八人。半年間は守りが厚い。その間に、ロバートの指揮で村の子たちを『自前の兵』に育てるのです。半年後には、自分たちで守れる体制に」
(……ほう。プロがいるうちに若手を鍛える。技術も規律も一気に吸わせる。組織拡大の王道じゃな)
カイトは内心で唸った。
「なるほど。訓練教官にするわけか。半年あれば形にはなるだろうな。だが……兵士か」
「何か気になることでも?」
「どうも貧乏性が抜けなくてな。兵を養うとなると、どうしても維持費を考えてしまう」
「なら、まずは工兵にしてはどうかしら。道を作り、橋を架ける。普段は土木、有事には戦う。無駄がありませんわ」
アルベルトはしばし黙り、やがて頷いた。
「……それはいい。よし、ならば、村で二十名ほど募集しよう。工兵隊だ。カイトの道を作り、守る、我ら独自の軍団だ。決まりだ。領地に戻ったらすぐ王都へ早馬を出す。ロブを呼び戻し……」
一気にまくし立てたアルベルトだったが、ふと我に返ったように言葉を切り、腕を組み直した。
「だが……待てよ。ロバートには妻と子供がいる。いきなり呼び戻しても、あの村には家族で住めるような空き家がないぞ」
「ええ。それに、王都での情報収集を任せる後任も探さねばなりませんわ」
エレナの冷静な指摘に、アルベルトは低く唸る。
「……そうだな。後任の選定と引き継ぎ、それに王都の家の整理も考えれば、早くて一ヶ月、いや二ヶ月はかかるか」
「その間に、ゴドーに頼んでロバート一家の家を建てましょう。彼が戻る頃には、こちらで新しい生活を始められるように」
アルベルトは顔を上げ、妻を見て短く笑った。
「違いない。あいつには長年苦労をかけたからな。少しは見栄えのする家を用意してやらんと」
(王都での引き継ぎ期間を、こちらの工期に当てる。見事な並行作業じゃ。さすがは領主夫婦、現場の段取りというものをよく分かっておるわい)
カイトはエレナの膝の上で、誰にも気づかれぬまま小さく口角を上げた。
やがて、滑らかに進んでいた馬車がゆっくりと速度を落とし始める。
窓の外には見慣れた泥靴村の景色と、泥沼の上に伸び始めた『枝の道』が見えてきたが、外の様子はいつもと違っていた。
「……お、おい。またすげぇ馬車が来たぞ!」
「今度は鎧を着た騎士様が囲んでるぞ……!」
「この泥だらけの村に、一体何があるってんだよ」
村人の中にゴドーを見つけたアルベルトは御者に向かって叫んだ。
「おい、ここで一旦止めてくれ」
粗朶道のマットを編んでいたガンタたちや、大八車に板を継ぎ足して囲いを高くしていたゴドーが、手を止めて遠巻きに見守っている。
無理もない。見るからに高級そうな馬車と、それを隙のない陣形で固める騎士たちの姿は、まるで王族の視察のような物々しさだった。
村人たちが息を呑む中、恭しく馬車の扉が開かれ――そこから降り立ったのは、見慣れた自分たちの領主、アルベルトだった。
「……旦那様!?」
ゴドーが目をパチクリとさせる。
その直後、少し遅れて村に入ってきた『見慣れた大八馬車』が到着した。その馬車の中には、人ではなく物資が積まれていた。
(……あっちの馬車、よく見たら荷物満載じゃな。さては、ワシが寝ておる間に、親父殿たちはたんまりお土産を買い込んだようじゃの)
カイトはエレナに抱き上げられながら、事の顛末を正確に察した。
一方、アルベルトは静かに頷き、周囲を警戒するように目を配らせていたプロの護衛たちを見回した。
「アルベルト様。我々の野営地はどちらに設営しましょうか」
代表の騎士が、洗練された動作で一礼して尋ねる。
ハルバートの騎士にベルノーの護衛を任された者たちだ。
当然、派遣先のフェルメール領が宿すらない湿地帯であることは頭に入っている。彼らは最初から天幕を張り、野営する覚悟を完了させていた。
だが、アルベルトは首を横に振った。
「いや、野営には及ばん」
アルベルトは驚く騎士たちを真っ直ぐに見据え、言い切った。
「貴公らは伯爵家と子爵家からの大切な客人であり、我が領地の護りだ。泥の上で寝かせるわけにはいかん」
「しかし、我々八名が駐屯できるような施設は……」
「書庫を改装して待機所とする。それが完成するまでの数日は、我が屋敷の広間を開放しよう。手狭にはなるが、そこで休んでくれ」
領主が、自らの屋敷を兵の仮宿として提供する。
その言葉に、騎士と護衛たちの目に僅かな驚きと、敬意が宿った。
「……はっ! ありがたく、お言葉に甘えさせていただきます」
兵たちが深く頭を下げるのを見届けた直後、アルベルトは足早に振り返り、村人の中にいた大工の親方の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで手招きした。
「ゴドー! 道具を持ってすぐ代官の旧書庫に来い! 今すぐだ!」
「へ、へい!?」
(……カッコよく屋敷を開放したのはいいが、早く寝所を完成させんと、家族の生活スペースが占拠されたままになるからな。上層部が見栄を張ったツケは、常に現場の突貫工事で払うハメになるんじゃ)
内心で呆れつつも、カイトはこれから始まる『書庫の改装工事』に向けて、頭の中で静かに図面を引き始めた。
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