第31話 二大巨頭の衝突!授けられた宝
(……ふぅ。これからお披露目の本番じゃというのに、なんちゅう中身の濃い前座じゃったか。もうタイムカードを押して帰りたい気分じゃわい)
控室のふかふかした長椅子に座りながら、カイトは息を深く吐き出した。入り口での伯爵の「ダンプカーひき逃げ事件」の余波は、控室の空気を完全に塗り替えていた。
今回、子供のお披露目を行うのは全部で六家。
子爵家が一つ。ウチを含めた男爵家が三つ。そして準男爵家が二つだ。
「まずは子爵家の皆様。……続きまして、男爵筆頭としてフェルメール家となります。ご準備を」
進行役の文官が恭しく頭を下げるのを見て、アルベルトが信じられないというように瞬きをした。
無理もない。今まで何も生み出さぬ「泥靴」と呼ばれ、同位であるバルドやゴードの下、下手すれば準男爵のロロたちよりも後に回されてもおかしくない最底辺の序列だったはずだ。それが今や、唯一の子爵家のすぐ次という破格のポジションにねじ込まれている。
(……露骨なまでの『ダイヤ改定』じゃな。バルドとゴードの小僧が、親の仇でも見るような目でこっちを睨んでおるわい。まあ、伯爵もえげつないほど分かりやすいアピールをしおる)
やがて重厚な扉が開き、お披露目の儀が始まった。
まずは一番手の子爵家の子供が壇上に上がり、見事な礼を披露する。会場の貴族たちからは「おお」「素晴らしい」と、上品で形式的な拍手が送られた。
「続きまして――フェルメール男爵家長男、カイト殿!」
文官の声が響き、カイトはアルベルトとエレナに手を引かれて壇上へと歩み出た。
光を吸い込む「深淵の蒼」がシャンデリアの光を鈍く反射し、胸元のロラン家のピンが鋭く輝く。
「はじめまして! フェルメールけの、カイトです! 父と母の教えに、したがい、領地をはってんさせるため、がんばってまいります。これから、よろしくおねがいします!」
カイトが五歳児らしい所作でちょこんと頭を下げた瞬間だった。
「素晴らしい! なんという利発さだ!」
「フェルメール卿! 後ほどぜひ我が家とご歓談を!!」
会場が揺れた。
先ほどの上品な拍手を吹き飛ばす、狂乱に近い「手のひら返し」の喝采。
だが、その狂騒を切り裂くように、最前列から一人の初老の貴族が拍手しながら歩み寄ってきた。エレナの父、大穀倉地帯を治めるベルノー子爵だ。
「素晴らしい挨拶だ、カイト! さすがは我が娘エレナの血を引く、ベルノー一族の誇りよ! 今日の晴れ姿、その身に纏う『ベルノーの蒼』こそ、お前に最も相応しい色だ!」
孫の肩を抱き、これでもかとばかりに「ベルノーの身内」であることを誇示する子爵。物流ルートの利権を狙うハイエナどもへの、強烈な先制マウントだ。だが、そこへ割って入る影があった。
「はっはっは! 待て待て、ベルノー卿。カイトが貴公の自慢の孫であることは認めよう。だが、ハルバート領の土を直接切り拓いている知恵者を、一族の中だけで囲い込んでもらっては困るな」
ハルバード伯爵が、満を持して壇上へ上がってきた。
「これは閣下。ですがこの子はベルノーの血族。いずれ我が北部の地をさらに豊かに導く希望。首元の蒼き輝きこそがその証にございます」
「ふん、血筋はそうかもしれんが、彼を育んだのは我が領地の風土だ。その足で踏みしめ、道を拓いているのは我がハルバード領なのだぞ」
笑顔で火花を散らす、派閥の二大巨頭。
その異常な光景に、周囲の下級貴族たちは絶句した。昨日まで「泥靴」と蔑んでいた子供を巡って、子爵と伯爵が公衆の面前で本気の「奪い合い」をしているのだ。
(……カッカッカ。大株主(お爺ちゃん)が『ウチの専属だ』と囲い込もうとすれば、社長(伯爵)が『いやいやウチの正社員だ』と牽制しおる。トップ同士のえげつない公開綱引きじゃな。バルドの奴なんか、あまりの事態に泡を吹いて倒れそうになっとるわい)
伯爵は一歩踏み出し、カイトの前に片膝をついた。
「カイトよ。立派な挨拶であった。……だが、ベルノー卿の言う通り、首元が蒼一色なのは、ハルバード領主としてはいささか……いや、ひどく癪でな」
伯爵が軽く手を挙げると、家令がベルベットの箱を捧げ持ってきた。
パカッ、と箱が開かれた瞬間、会場から悲鳴にも似た息を呑む音が漏れた。
箱の中に鎮座していたのは、鈍く妖しい黄金の輝きを放つ、蔦と葡萄を象った腕輪。
『バッカスのバングル』。
「な、あれって……蓄魔の魔道具じゃないか!?」
「ハルバード家の宝物庫に眠る、国宝級の宝だぞ……!」
「それを、たかが男爵家の、五歳のお披露目に与えるというのか!?」
ざわめきが恐慌に変わる。バルドやロロは壁にすがりつき、白目を剥いていた。
(……親会社のトップと大株主による、有望な現場監督の公開引き抜き合戦。他社のブランド(ベルノー)で着飾ったワシを見て、伯爵のプライドに完全に火がついたか。こりゃとんでもない特別ボーナスじゃな)
「わぁ……! きらきらして、かっこいい!」
「そうだろう。カイト、腕を出しなさい」
伯爵が自らカイトの小さな腕に嵌めると、バングルはスッと縮み、完璧にフィットした。伯爵は立ち上がり、雷鳴のような声で宣言した。
「皆の者、よく聞け! この『バッカスのバングル』を持つ者は、我がハルバード家の最重要の賓客である! 今後、フェルメール家への侮辱は、我がハルバード家への敵対行動と見なす!!」
しんと静まり返る会場。
もはや「泥靴」と口に出せる者はこの世にいない。彼らは、伯爵と子爵という二枚の巨大な盾に守られた「最強の男爵家」へと昇華した。
「閣下……もったいなき光栄にございます……ッ!」
アルベルトが、感極まって声を震わせながら深く頭を下げた。
カイトは、腕で鈍く光る黄金のバングルを眺めながら、ふと隣の家族の様子を伺った。
鼻をすすり、万感の思いで涙を浮かべる親父の横で、ママはと言えば…。
(……おっと、ママの目がちっとも笑っとらんぞ。淑女の微笑みを貼り付けてはおるが、あれは完全に『いい加減になさいな、このジジイ共は』と呆れ果てとる時の顔じゃ。……くわばらくわばら、後でお爺ちゃんがママに絞られんとええがのう)
中身が爺さんであるカイトからすれば、ママのその「腑に落ちない」という正当な反応こそが、この狂騒の中で唯一信頼できるものに思えた。
(まあええわい。ワシはベルノーの姓を名乗っとる訳でも、ハルバードの領地を護る立場でもない一介の現場監督じゃからな……このマウント合戦も当分は放置するしかなかろうて)
そして、その中心にいるカイトは、腕で鈍く光る黄金のバングルを眺めながら、どこか遠い目をして内心でボヤいていた。
(早く終わらんかのう…)
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