第30話 絶句!伯爵が明かす泥靴領の真実
伯爵の名前をハルバート→ハルバードに変更しました。
(クソっ……一睡も出来んかった。完全に寝不足じゃわい)
煌びやかなお披露目会場の扉を前にして、カイトは内心でドス黒い悪態を吐き捨てた。
昨晩、バルドたちから受けた露骨な侮蔑。親父の悔しそうな顔。それを思い出すと腹の底から怒りが湧き上がり、どうやってあいつらを完膚なきまでに論破にしてやるか、ベッドの中で朝までシミュレーションを重ねてしまったのだ。
(ロロの小僧のタイには『同じだね』と無邪気に刺す。
バルドのガト工房のボタンには『ガトのおじちゃんにはいつも仕事手伝ってもらってるの!』と上司ヅラして刺す。ここまでは完璧じゃ。
……じゃが、肝心の『泥のアクセサリー』という一番の侮辱に対する返しが、どうにも思いつかんかった)
『泥は美容にいいんだよ!』などと言い返しても痛くも痒くもないだろう。かといって、未完成の道路の経済効果を五歳児が力説するのは不自然すぎる。
決定打に欠けるまま、カイトたちは会場の入り口へとたどり着いてしまった。
案の定、入り口ではバルド男爵やロロ準男爵たちが、獲物を待つハイエナのように手ぐすね引いて待ち構えている。
(ええい、ままよ! 出たとこ勝負じゃ!)
カイトが臨戦態勢に入った、まさにその時だった。
「おお、フェルメール卿! 待っていたぞ」
重厚な足音と共に、ハルバード伯爵が登場した。
バルドたちが媚を売ろうと一歩踏み出したのを、伯爵は視界にすら入れず、アルベルトの元へ真っ直ぐに歩み寄る。
「貴公に、……いや、フェルメール家に聞きたいことが山ほどあるのだ!」
「閣下……私共に、でございますか?」
アルベルトが戸惑いながらも礼をとると、伯爵は周囲を気にする様子もなく、一気に言葉を畳み掛けた。
「先日、例の『気泡管』を貴公の村へ届けさせた使いの者から、とんでもない報告が上がってきてな。……ヤツが言うには、あの泥靴村から湿地に向かって、真っ直ぐに道が伸びているというではないか!」
(……ん? 伯爵?)
「しかも、村人たちが奇妙なマットのようなものを担いで湿地を歩いていたと。さらにだ! 村の連中が、我ら貴族しか入れんような見事な湯を張った風呂に、当たり前のように入っておったとな!!」
カイトの頭の上に、はっきりと「?」が浮かんだ。
いや、待て。今、伯爵は何と言った?
(マット? 風呂? ……なんで伯爵が、ウチの村のそんな内部事情まで知っとるんじゃ?)
カイトは一瞬、思考がフリーズした。
気泡管を届けに来た「使いの者」……ただの配達員が、なぜ工事の進捗はおろか、村の福利厚生である風呂のことまで詳細に把握しているのか。
答えは一つしかない。伯爵は「使い」と称して、フェルメール領に優秀な『密偵』を送り込んでいたのだ。
(……っ! そういうことかよ……!)
背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。
今回は、インフラ整備という「情報」だったから伯爵も歓喜しているが、もし村で何か隠し事をしていたら? もし、カイトの「転生者」としての異常すぎる知識の出処を探られていたら?
貴族社会とは、生き馬の目を抜く世界。圧倒的な上位者(伯爵)の前では、自分たちの領地は裸も同然だったのだ。
「――あの泥の上を、馬車が通ったというのか!? ハハハ! 素晴らしいぞ、アルベルト!」
伯爵の歓声で、カイトはハッと我に返った。
見れば、伯爵はアルベルトの肩を叩いて大絶賛していた。
「……それと、カイトよ」
その一言に、再び会場に戦慄が走る。「お披露目前」の、ただの男爵家の長男。その名を、伯爵が当然のように知っていたのだ。
「お前が『検品』しておる気泡管だがな、ガト工房から泣きが入っておるぞ。返品率が高すぎると。もう少し手心を加えてやれんか?」
「え、あ……うん! だって、ま(曲)がってたらお家が、なな(斜)めになっちゃうもん! ガトおじちゃんに『もっとまっすぐにして!』って、つた(伝)えて?」
(いかん、動揺して用意してたセリフが棒読みになってしもうた!)
しかし、伯爵は「あの頑固者が四歳児に振り回されるとは」と上機嫌で笑い、そのままクルリとバルドたちの方へ向き直った。
「……バルド。お前、昨日、宿舎で『泥靴』と笑っていたそうだな?」
「い、いえ! 閣下、それは……! 私はただ、冗談のつもりで……!」
バルドが脂汗を流して後ずさる。
「……冗談、か」
伯爵の声は静かだったが、そこには明らかな呆れと、冷ややかな怒りが混じっていた。
「そうか。アルベルトが進めている道が南北に通るようになれば、あの忌々しいボルドーの道を通らなくても、王都に我々の穀物を送れるようになることは理解しておるのか? それが自分たちにとってどれだけ恩恵があるのか、考えたことはないのか?」
「あっ……!」
バルドが息を呑み、絶望的な顔で膝から崩れ落ちそうになる。
自分たちが高い通行税を搾取されている「ボルドー子爵の道」。それを迂回する新たな物流の要……それこそが、自分たちが先ほどまで散々嘲笑っていた『泥靴村の道』だったのだ。
恩人となるはずの相手を、自分から率先して侮辱していた。その領主としての致命的な視野の狭さを、最大の権力者である伯爵の目前で露呈してしまったことに気づき、バルドたちの顔からスッと血の気が引いていく。
(……あれ? ワシ、何もしとらんのじゃが?)
カイトはぽかんと口を開けた。
徹夜で考えた『泥靴村』への反撃。それを、あろうことか伯爵が「物流のバイパスルート」という超特大のダンプカーに乗って、正面からバルドたちを轢き逃げしていったのだ。しかも、念入りにバックしてもう一度轢いていったような完膚なきまでの論破だった。
完全に焼け野原となった入り口で、カイトはトコトコとロロの息子の前まで歩み寄り、せめてもの抵抗とばかりに言い放った。
「ねぇ! この子と、カイト。おそろいのタイなんだね!」
ロロ準男爵の顔が真っ青に染まる。本物の蒼の前で、レプリカのガラス玉が惨めに晒された。
(……徹夜で作戦練ったのに、ワシ、ダンプが巻き上げた『飛び石』がフロントガラスに当たった程度にしかならんかったわい)
カイトは無邪気な笑顔の裏で、少しだけ拍子抜けしたように内心でボヤいた。
(まあええわい。ワシらが泥まみれで作ってきた『現場の仕事』が、ワシが直接手を下すまでもなく、最高の形で親父とママの仇を討ってくれたんじゃ)
ふと見上げると、アルベルトもエレナも、昨日までの屈辱を晴らしたように誇らしげな笑顔を浮かべていた。
それを見れば、手抜き工事なしの、ええ仕事だったと胸を張れる。
(じゃが……今回の件は肝に銘じとかんとマズイのう。ウチの村のセキュリティはガバガバじゃった。インフラ整備と同じくらい、情報のコントロールも考えんと、いつか足元をすくわれるわい)
カイトは、貴族社会の底知れなさに改めて気を引き締め直しながら、伯爵の背中を追って煌びやかな会場へと足を踏み入れた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
お前は既に「ざまぁ」されている。でした。(m_ _)m
でも、安心は出来ません。まだカイトの周りには敵がいます。
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