表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/96

第29話 泥靴への嘲笑!傲慢貴族と光る釦

伯爵の名前をハルバート→ハルバードに変更しました。

いよいよ明後日に迫ったカイトのお披露目パーティだ。


フェルメール一家は前回同様にモズに鍵を預け、ガラムに御者をお願いし、伯爵領に向かった。


夕闇が迫る頃、ハルバード伯爵領の寄子用宿舎に、一台の奇妙な馬車が入ってくる。


荷運び用の大八車を強引に改造し、居住性と走破性を優先させたその外観は、洗練された石畳の街並みの中では、無骨で異質に映った。


「……何だ?あれは。 荷車に屋根を載せたのか?」


「フェルメール男爵家だろう? まさかあんな泥臭い乗り物でここまで来るとはな。恥ずかしいと思わんのだろうか?」


宿舎の入り口にたむろしていた、バルド男爵とゴード男爵が、扇子を片手に下品な笑いを漏らした。


(……まぁ、元が大八車じゃし言われても仕方がないが、なぜにあぁも露骨に、しかも聞こえるような大声で言っておるんじゃ?)


カイトは初めて会う相手からのバッシングに、内心では鼻で笑いながらも、アルベルトに抱き上げられて馬車を降りた。


「パパ、馬車のガタゴトたのしかったね! 泥んこ道も、へっちゃらだったもんね!」


「あ、ああ……そうだな」


他家の貴族たちからの侮蔑の視線に、アルベルトは胃を押さえながら力なく頷いた。


バルドたちがさらに追い打ちをかけようと口を開きかけた、その時。馬車から降り立ったエレナが、音もなく彼らの方を向いた。


「……何か、私共の馬車に御用でも?」


にこやかではあるが、一切の温度を感じさせない微笑。ベルノー子爵家の令嬢として育てられた彼女のひと睨みには、格下の男爵程度を黙らせるに十分な威圧感があった。


「い、いや……珍しい形状だと思っただけでな。失礼した!」


バルドとゴードは顔を引きつらせ、そそくさと退散していく。

宿舎の部屋に入ると、移動の疲れが一気に噴き出した。


「旦那様、カイト坊ちゃま。明日のためにお召し物と靴を整えておきますね。しっかり『クリーン』をかけておきますから」


リーザは頼もしく袖をまくり、荷物を解き始めた。一方、ミレーヌは慣れない長旅で疲れたのか、エレナの胸元でぐずり始めている。


「あなた、ミレーヌを寝かしつけてから行きますから、カイトを連れて先に食堂へ行っていてくださいな。お腹も空いているでしょう?」


「ああ……分かった。カイト、行こうか」


胃を押さえながらも、アルベルトはカイトの手を引いた。彼にとって、これから向かう食堂は、エレナという『盾』がない寄子貴族たちの伏魔殿だ。


食堂の重厚な扉を開けると、そこにはすでにガルス子爵を筆頭に、バルド、ゴード、それに準男爵のロロやゼノといった面々が揃っていた。エレナがいないことを確認したバルドの目が、獲物を見つけたハイエナのように光る。


「おやおや、フェルメール殿。奥方はご一緒ではないのか?……まあ、あんな泥だらけの道を通ってきたのだ、さぞかし泥だらけで着替えが大変なのだろうな!」


アルベルトの手が、わずかに強くカイトの指を握った。


(……今、ママを馬鹿にしたのか?)


バルドの隣で、着飾った彼の妻も扇子で口元を隠し、クスクスと品のない笑いを漏らす。


バルド男爵はさりげなく隣に座る息子の肩を整えた。その瞬間、少年の胸元に並んだボタンが、シャンデリアの灯りを受けてきらりと鋭く光る。


「……ほう? 随分と光るボタンですな」


向かいに座る準男爵が、眩しそうに声を上げた。それを待っていたと言わんばかりに、バルドは口端を吊り上げる。


「ロロ殿、目に留まりましたか。よく輝くでしょう。ガト工房の新作だそうです。最近は伯爵閣下の御用達になったとかで、界隈ではかなりの評判でしてね」


「ほう、あのガト工房ですか。手に入りにくいと聞くが?」


「ええ。注文が立て込んでいるらしくてね。入手まで少々待たされましたし、相応の対価も支払いましたよ。まあ、お披露目の場に相応しい『格』というものが必要ですからな。……ねぇ、フェルメール殿?」


バルドの視線が、所在なげにスープを啜るアルベルトへと向けられた。

(立て込んでおるのは、気泡管の増産のせいだと思うんじゃがの)


カイトは内心で短くそう呟くと、冷めた目でバルドの息子の胸元を眺めた。ロロ準男爵もまた、これ見よがしに自分の息子の首元を触りながら言葉を繋ぐ。


「ウチの息子にも今、入手困難と言われている『ベルノー・モデル』のアスコットタイをせがまれましてね。ハルバートの高級店で、三ヶ月も待たされたんです。ですが、待たされた甲斐がありました。この鮮やかな青、本物に勝るとも劣らない蒼石の輝きですよ」


「お互い、大変ですなぁ。しかしお披露目パーティともなれば、これくらいのことは息子にしてやりたいと思いますからなぁ」


「本当にその通りです」


「して、フェルメール殿は、明日の本番で、坊ちゃんにどのような装いをさせるおつもりかな? 我々のように高価な品を揃えろとは言わん。君のところの『泥靴領』らしく、靴や裾についた泥なんてのも、田舎貴族らしさを引き立てる素敵なアクセサリーになるでしょうからな!」


バルドの言葉に、周囲の貴族やその妻たちがドッと嘲笑の声を上げる。

アルベルトの顔が、屈辱でさらに青ざめていく。それでも言い返せないのは、ひとえにカイトの将来を思ってのことだ。


(……カッカッカ。言うに事欠いて『泥がアクセサリー』とはな。現場を知らん背広組の浅知恵、笑わせてくれるわい)


カイトは内心で鼻で笑った。自分自身がどう馬鹿にされようと、元が爺さんだった身からすれば子供の戯言に等しい。


しかし――。


カイトの小さな手を強く握りしめ、アルベルトは、震える手をもう片方の手で必死に押さえ込んだ。その痛々しいほどの力強さを感じた瞬間、カイトの内心からスッと笑い声が消えた。


(……家族のために胃を痛めて耐え忍ぶ親父を、よくもまあ土足で踏みにじってくれたのう。それに、ワシらが汗水垂らして挑んでおる『領地の泥』を、ただの汚物扱いで笑い者にしおったか)


カイトの据わった目が、バルドたちを静かに見据える。それはもはや、珍しい生き物を観察する老人の目ではなく、不備を見逃さない『鬼の親方』の目だった。


(……上等じゃ。爺の余裕で見物してやろうと思うたが、予定変更じゃ。明日は一切の手加減なしでいくぞ。そのカタログで買っただけの薄っぺらいプライドごと、跡形もなく重機でひき潰してやるからのう)


カイトはあどけない笑顔を顔に貼り付けながら、胃を痛める父の手をギュッと握り返し、腹の底で冷たく黒い炎を燃やした。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

自分は何を言われても平気ですが、身内を悪く言われたら怒ります。それが爺さんクオリティです。

爺さんの怒りが少しでも伝わると良いのですが…。


ブックマークや評価をいただけることが本当に励みになっています。

⭐︎でも⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎でも、率直な評価をして頂けると嬉しいです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ