第128話 究極の光る泥団子パック【後編】
「いいよ! これ、カイトくんにおそわったの!」
マリーは得意げに胸を張ると、足元の泥を両手でギュッ、ギュッと力強く握り固め始めた。
「まずはね、泥をかたく おにぎり して、お水を いーっぱい ギューって 出すの!」
(なるほど。まずは中心となる泥の水分を徹底的に抜いて、カチカチの核を作るのね……)
ゴンザレスは真剣な眼差しでメモを取り始める。
「そしたらね、つぎは『サラサラの おすな』を ちょっとずつ かけて、ナデナデするの!」
マリーは傍らに分けてあった、目の細かい乾いた砂を泥団子にまぶし、親指の腹で優しく撫でるように擦り込み始めた。
「サラサラのお砂……? なんでそんなものを?」
「えっとね、カイトくんが『ひょうめん の スキマ を、ちっちゃい おすな で うめる』って言ってた!」
ゴンザレスは息を呑んだ。
(表面の隙間を埋める……!? ただ泥を丸めるだけじゃなく、砂で表面をコーティングして平滑にしているというの!?)
「さいごにね、この びんの クチの ところで、コロコロって すると、おすなが ピタッと くっついて、ピカピカに なるんだよ!」
「マリーちゃんありがとう。早速、やってみるわ!」
マダムは、ブワンッという音がしそうなくらいの勢いで立ち上がると、一直線に走り出した。
「…あれ…? 泥ならここに、いっぱいあるのに……」
マリーが不思議そうに首を傾げるのも無理はない。マダムが向かったのは、子供たちの遊び場ではなく、最高級の温泉泥が湧き出る源泉エリアだった。
マダムは、温泉の竹林の奥で養生している極上の排水泥をすくい取って丸め、親の仇のように水分を抜いていく。最後に周りを見回し、乾いた砂をかけて、商品用に使っている空き瓶の口の部分で一心不乱に磨き上げた。
「できたわ……! 完璧な輝きよ!!」
ピカピカになった泥団子を桶の中に入れ、温泉のお湯を少し入れてトロトロに溶かす。そして期待に胸を膨らませ、指で掬って顔に塗った。
『ザリッ』
「…………え?」
現代でいうスクラブ洗顔のような感触。古い角質を落とすという意味ではこれはこれでアリなのだが、貴族令嬢が求める『極上のなめらかクリーム』を想像していたマダムは、絶望的なショックを受けてしまった。
砂(ケイ素)は水に溶けない。どれだけ極上の泥を使っても、コーティングに使った砂粒が顔の上でジャリジャリと自己主張しているのだ。
「アタシの……フェルミエール・ミラクルマッド・クリスタルスフィアの夢が……夢がぁぁぁ!!」
温泉の竹林から響き渡ったマダムの絶叫に、周囲の職人たちが「なんだなんだ!?」と驚く中。
ちょうどジュース休憩を終えて通りかかったカイトが、その野太い悲鳴を聞いて温泉のデッキへと入っていった。
するとそこには、顔に泥を塗って泥まみれになった巨漢のオカマが、この世の終わりのような顔でへたり込んでいた。
「マダムの おじ…、どうしたの?」
「カイトちゃぁぁん!! アタシのクリスタルスフィアが出来ないのよぉぉぉ!!」
「……はぁ???」
黄色いヘルメットを被ったカイトは、ポカンと口を開けた。
泣きじゃくるゴンザレスから事の顛末を聞き出したカイトは、内心で深い深いため息を吐いた。
(ふぉふぉふぉ……アホじゃのぅ。泥団子の表面を固めるのに『砂』を使ったんじゃから、水で溶かせばジャリジャリになるのは当たり前じゃ。じゃが、マダムの狙い(固形パック)自体は素晴らしい着眼点じゃ。ならば、水に溶ける極上のコーティング材を使えばいいだけの話じゃ!)
カイトは呆れたように首を振り、無邪気な声で言った。
「マダム、お顔に ぬるなら、お砂じゃ だめだよ。お砂は 水で とけないもん」
「そ、そうなのよ……! でも、砂でコーティングしないと、あんなにピカピカの固形にならないじゃない!」
「じゃあね、『おんせん の こな』を つかえば いいんだよ!」
「温泉の、粉……?」
カイトはトテトテと歩き出し、温泉の湯が流れ込む木組みの『湯枠』のそばに来た。そこには、温泉成分が乾燥して白く固まった結晶――『湯の花』がこびりついている。
カイトは石ころを拾うと、その白い結晶をトントンと叩き落とし、手のひらでサラサラの粉状にすり潰した。
「この『カサカサの 白い こな』を、砂の かわりに するの!」
「あああぁぁ! その手があったわぁ!」
マダムはカイトの手から泥団子を奪うと、新しく丸めた泥団子の表面に、湯の花のパウダーをまぶし、瓶の口で一心不乱に磨き始めた。
すると、ただの泥の塊が、見る見るうちに大理石のように白く輝く『極上のクリスタルスフィア』へと変貌を遂げていく。
「こ、これよ……!」
ゴンザレスは震える手で、再び桶のお湯で溶かしてみた。
今度は砂のような『ザリッ』とした感触は一切ない。湯の花の結晶はお湯にスゥッと溶け込み、泥靴村の極上の泥と混ざり合って、この上なくなめらかな美容クリームへと変化したのだ。ほのかに温泉の優しい香りまで漂ってくる。
「う……うおおおおおおッッ!! これよォォォ!!」
ゴンザレスは感極まって、泥まみれの顔のままカイトをガバッと抱きしめた。
「カイトちゃん! アンタやっぱり天才よぉぉ!! これで王都の美容市場はアタシたちの独壇場だわ!!」
「くるしい……マダム、くるしいよぉ!」
むさ苦しい巨漢の泥ハグにもがきながら、カイトは小さく声を上げた。
だがその抵抗もむなしく、ついに……
「…………ぐったり」
黄色いヘルメットがコテンと傾き、小さな手足がだらーんと垂れ下がった。
温泉のデッキにへたり込むカイトを見て、マダムはようやく我に返った。
「あ……あれ? カイトちゃん? ちょっとやりすぎちゃったかしら……?」
ピカピカのクリスタルスフィアを胸に抱きながら、マダムは少しだけ申し訳なさそうな顔をしたのだった。
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