第10話 木製水道プロジェクト始動
「道」ができて数日が経った頃。台所の勝手口の方から、ノックの音が響いた。
「はーい、いま開けますね」
リーザが、エプロンの裾を整えながらパタパタと台所へ向かう。
重い木製のドアを開けると、がっしりとした体格の村人の男が立っていた。男は天秤棒の両端に、並々と水の入った大きな木桶を担いでいる。
男は手慣れた足取りで台所に入ってくると、備え付けられた大きな水瓶に、桶の水をドボドボと注ぎ入れた。ひと仕事終えると、男は軽く会釈をして、再び勝手口から出ていった。
カイトはその様子を、居間の陰からじっと見つめていた。
「リーザ、いまの人はだれ?」
カイトがトテトテと寄っていくと、リーザは水瓶の蓋を閉めながら微笑んだ。
「あの方は、村からこのお屋敷までお水を運んできてくれる方ですよ。一日に何度か、こうして届けてもらうんです」
「おみず、外にいっぱいあるのに?」
「あら、カイト様。あそこの泥沼のお水は飲めませんよ。でも、あの湿地の中に一箇所だけ、とっても綺麗な水が湧き出している場所があるんです。村の皆さんはそこでお水を汲んで、こうして運んでいるんですよ」
(……泥沼の中に、一点だけの湧き水だと?)
周辺が広大な湿地であれば、水は当然濁る。それなのに一箇所だけ綺麗な水が湧き続けているということは、そこだけ地質が異なっている証拠だ。
俄然興味が湧いたカイトは、リーザにお願いする。
「リーザ、ぼく、そこいきたい!」
「ええっ? 村までですか? でも、あそこは足場が悪いですし……」
「おねがい。おみずが出るところ、見てみたいの」
カイトは精一杯、子供らしい好奇心を込めて、リーザを見上げた。
結局、その純粋?な、おねだりに勝てるはずもなく、リーザは困ったように笑って準備を始めた。
カイトはリーザに連れられ、再び「泥靴村」を訪れていた。
湿地には筏の道が網の目のように広がり、村人たちが軽快に鉄を運び出している。
(……ふむ、採取は順調そうじゃな。次は手づかみじゃなく、ジョレンのような道具があればもっと効率が上がるが……)
カイトがそんな「次の一手」を練りながら歩いていると、目の前を大きな水桶を担いだ女性が通り過ぎた。彼女は筏を渡り、湿地の中心部へと向かっていく。
「カイト様、一人では危ないですからね、あ、まってください!」
止めるリーザを振り切り、カイトは女性の後を追った。たどり着いた湿地の中心部。そこだけは赤茶けた泥水とは違い、底から清らかな水がこんこんと湧き出していた。
(……なるほど、周辺は粘土質だがここだけ深い砂礫層になっとる。天然のろ過装置を通った極上の湧き水じゃな)
「あら、坊ちゃま、こんなところまで一人で来て大丈夫なのかい?」
「リーザさんと、いっしょだよ」
カイトが後ろからおっかなびっくり渡ってくるリーザを指差した。
「まあ、落ちないでおくれよ」
「うん」
水汲みをしていたおばちゃんが汗を拭いながら笑う。
「ここはいい水が出るんだよ。今までは男衆が水を運んでたんだけど、道ができたからね。あたしらでも水を運べるようになったんだよ」
そう言って湧き水を汲んでいるおばちゃんだが、それでもこの重い桶を持って村まで往復するのは、大変そうだ。
(非効率の極みじゃ。現場に『蛇口』がないのは工期を遅らせる最大の要因。村の中に水場を作らにゃならん)
カイトは湧き出る水の勢いを見る。水頭圧は十分だ。村側の貯水槽を少し低く設定してやれば、上手くいくはずだと思った。
カイトはすぐに大工のゴドーの元へ向かった。
「おじちゃん。これ、ながい……たけ、ないの?」
カイトが自分の持っていた竹の水筒を見せると、ゴドーは困ったように眉を下げた。
「竹?…… そりゃあ、この辺りには生えてねえな。もっと暖かい、王都のさらに南まで行かねえと手に入らねえ代物だよ、坊ちゃん」
(……ちっ、竹林はなしか。取り寄せを待つ時間はねえな。それにここらに無いとしたら、いくら掛かるか分からん。現場にあるもので何とかするのが良いな)
「じゃあ、まるたに穴をあけて」
「丸太をくり抜くのかい? そりゃあ手間だが、やってやれねえことはねえ。だが……」
ゴドーは苦笑いした。
「坊ちゃま、水は高いところから低いところに流れるもんだ。沼の湧き水と、この村にゃ高さの差がねえ。管を並べたところで、水は中で止まったままになっちまいますぜ」
周囲の男たちも「坊ちゃまも、まだ子供だしな」と顔を見合わせた。だが、カイトは動じない。
(……ふん。素人はすぐ『見た目の高さ』で物を語る。大気圧の力を見くびるなよ)
「ちょっとまってて」
カイトはそう言うと、泥沼の方に歩いて行った。
泥沼の方で目的の植物を見つけると、それを一本引き抜いて戻ってきた。それは、節のない「葦」だった。そして次に、水の入ったバケツを台の上に置こうとする。
ゴドーは慌てて、そのバケツを取ると台の上に乗せた。
「坊ちゃん、何するんです?」
「……おじちゃん、みてて」
カイトは、バケツの中に葦の管を突っ込み、もう片方の管の端を口に含み、勢いよく空気を吸い出した。
「な、何してんだ、坊ちゃま! その水は汚ねえ……!」
ゴドーが止めようとした瞬間、カイトが口を離して、地面すれすれまで管を下ろした。すると、葦の中を通ってきた水がドバドバと地面に溢れ出した。
バケツの水が、一度高い縁を乗り越え、重力に逆らうようにして地面へと流れ落ち始めたのだ。
「水が……登って、落ちてる……!?」
カイトが何もしなくても、バケツの水はどんどん減り、ついには空になった。
(サイフォンの原理じゃ。一度流れの回路ができちまえば、あとは気圧が水を押し出し続けてくれる。これで高低差がなくても、あそこの水を村まで『引っ張れる』証明にはなったじゃろ?)
呆然とするゴドーの膝を、カイトがペシペシと叩く。
「おじちゃん。まるたに、あなをあけて。これで、おみずがながせるよ」
「……ああ、分かったよ、坊ちゃま! 理屈は分からねえが、確かに水が流れる、でも、丸太に穴を開けなきゃダメなのかい? こう樋みたいに半円にすれば加工は簡単なんだがよ」
ゴドーが、ノミを取りそれを彫るように手振りで見せながら提案した。
丸太を二つに割って中を削るトイにする方が、大工としては圧倒的に楽だからだ。
だが、カイトは即座に首を振った。
「ちがう。まるいあなじゃなきゃ、ダメ」
カイトは空になったバケツを指差し、さらに葦の管の端を指でギュッと塞いで見せた。
「ここに、『空気』が入ったら、みずが、ながれないの」
カイトは、「こりゃ見せた方が早い」と思い、もう一度バケツに水を入れてもらった。
さっきと同じように水が通って下に流れていく。そこでゴドーに葦の上側を削らせた。
「おじちゃん、ここ、ちょっとだけ、けずって」
「こうかい?……ああっ!?」
ゴドーが小刀で葦の表面に小さな穴を開けた瞬間、それまで勢いよく流れていた水が、バケツの中と地面の二手に分かれて流れて落ちた。
「なっ……!? 穴を開けた途端、魔法が解けやがった!」
「これ、くうきがはいると、みずがながれないんだ」
ゴドーは興奮して息子の腕を掴んだ。
「おい! すぐに真っ直ぐな丸太を選んでこい! 中をくり抜いて、この『葦の管』のでけえ版を作るんだ!」
カイトはニヤリと笑うと、次の現場を見据えた。
(次は、丸太同士の繋ぎ目じゃ。水圧に耐える鉄の締め具……クランプが必要じゃな。……よし、次は鍛冶屋だ!)
カイトは、リーザに言って、鍛冶屋を案内してもらった。
「……丸太を繋ぐ鉄の輪ぁ?」
バルカスは、カイトが地面に書いた図面を覗き込み、低く唸った。
「丸太をくり抜いて管にするってのも正気じゃねえが、それをこれで繋ごうってのか。おい、坊ちゃま。木ってのは生き物だ。水を吸えば膨らむし、乾けば縮む。ただの輪っかじゃ、すぐに隙間から、水が漏れちまうぜ」
(……フン。そこらの奴と一緒にしてもらっちゃ困る。だからこそ、締め付けを調整できるようにしなきゃいけないんじゃよ)
カイトは、落ちていた鉄の端材を二つ並べ、その間にネジのような螺旋を描いてみせた。
「これ、ギュッてしめるの。そうすれば、みずが、もれない」
「……あぁ? 螺旋か? ほう、回して締め込むってのか。理屈は分かるが……坊ちゃん、これを作るにはとんでもねえ手間と時間がかかるぞ。一つ一つ手作業で溝を刻んでたら、水道ができる前に夏が来ちまうぜ」
バルカスの言葉に、カイトは内心で舌打ちした。
(……やはりか。この世界の旋盤技術じゃネジの量産は絶望的じゃな。ボルト一本に丸一日かけてたんじゃ話にならん)
カイトは潔くネジの図を指で払い、代わりに丸太の継ぎ目を覆う鉄の輪と、その隙間に打ち込むくさびを描き直した。
「じゃあ、これ。わっかを、はめて。そのあとに、くさびでトントンするの」
「……楔か。坊っちゃん。あんたとんでもねぇな。どこで楔なんて言葉を仕入れてくるんだ? やっぱご領主様の坊ちゃんともなると、そんな事も覚えさせられるのかい?」
カイトは一瞬、言葉に詰まった。
(……おっと、四歳児が使う語彙じゃなかったな。余計な知識をひけらかしすぎたか)
カイトは慌てて、無邪気な子供の顔を作り、首を傾げてみせた。
「……パパが、いってたの。ぎゅってしめるときに、つかうって」
「なるほどな、英才教育ってやつか」
バルカスは納得したように頷き、土の上の図面を指でなぞった。
「分かったぜ、これなら簡単だな。楔なら鉄より木の方が良いだろうから
ゴトーに言っておくぜ。それに輪っかの大きさも合わせなきゃならないからな」
(……よし、話が通じた。木同士なら馴染みも良いし、水を吸えば楔自体も膨らんで、より密閉性が高まる。理に適った判断じゃな)
カイトが満足げに頷くと、バルカスは膝についた土を払いながら立ち上がった。
「じゃ、とりあえず試作品を作ったら見てもらうから、それまで待っててくれ。ゴドーの奴んとことも寸法を合わせなきゃならねえしな」
「うん、おじちゃん、たのんだよ」
カイトはそう言うと、迎えに来たリーザに手を引かれて鍛冶場を出ていった。
小さな背中が路地の向こうへ消えるのを、バルカスは腕組みをしたまま、しばらく見送っていたが、視線を地面の図面へと戻した。
最初は子供の遊びかと思っていたが、この図面の引き方、そして先程の指示の的確さはどうだ。
「……領主様も、なかなかやるじゃねえか」
バルカスが誰に言うでもなく呟いた。
「あの歳でもう、現場の段取りを覚えさせてるのか。浮き道の次は水路整備ってわけだな。中庭で模型を作らせて、現場への発注は本人にやらせる……。オレにはあそこまで徹底して教え込むなんて出来ねえな」
バルカスの中で、勝手に「アルベルトの遠大な英才教育」という筋道がつながっていく。
「四歳で事業の仕様を持ってくるとはな。ウチのガキなんざ、まだ鼻水垂らして走り回ってるってのによ!」
鍛冶場の奥から、様子を伺っていた弟子が顔を出した。
「親方、あれ……あの輪っかと楔、本気で作るんですか? ただの丸太を繋ぐだけでしょう?」
「当たり前だ、馬鹿野郎!」
バルカスは弟子の頭を小突いた。
「あれは領主代行のお使いだ。いいか、あの図面を見ろ。締め付けの加減まで計算されてる。領主様が坊ちゃんに『やらせて』るんだ。ここで俺たちが手を抜いてみろ、職人のプライドがねえと思われちまう。……おい、鉄を焼け! 試作品を一気に叩き出すぞ!」
「は、はい!」
弟子の返事とともに、ふいごが激しく音を立て始めた。
バルカスはもう一度地面の図面を見下ろし、口角を上げた。
「水一滴も漏らさねえ『水の道』か……。面白い、やってやろうじゃねえか」
アルベルトが知らぬ間に、現場では「領主公認プロジェクト」として、凄まじい熱量で開発が進み始めた。
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