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③女は皆アメリに憧れる

「確かここらへんなんだけどな」スマホで地図を見ながら美容院を探す。犬と同じくスマホも飼い主に似るのか、私のスマホは方向音痴で、止まっているのに地図上の矢印が行ったり来たりしていて全然定まらない。駅からここまでの道のりで一体どれだけの人にぶつかりそうになったことか。やはり新宿はいつ来てもやったらめったらに人が多い。私が始めて新宿へ来てから早8年が経過していた。大学が近かったので学生時代から遊びに来てはいたのだが、いつまで経っても新宿は私を受け入れてはくれず、常に余所者扱いされているような気がした。椎名林檎を聴きながら東京での華麗な生活を夢見ていた高校生の頃を思い出す。(未だに私はマーシャルの匂いが何なのかが分かっていない)

美容院は新宿駅の東南口から徒歩10分くらいのとこにあった。

美容院の前を何度も行ったり来たりしていたら店員さんが店から出てきて案内してくれたのだ。不審者だと思われて通報されなくてよかった。


久しぶりのカットモデルに私の気分は次第に上がっていった。


カットモデルとは新人の美容師さんに髪を切ってもらうモデルをすることである。そのため代金は通常より安かったり、時には無料だったりする。現在専業作家兼ニートの私には本当にありがたい事である。


「こちらへどうぞ」と案内されて回転イスに座る。私の担当は先ほどお店に案内してくれた若い男性の方だった。全身が均一に綺麗に日に焼けていて金髪頭がよく似合っている。浜辺とギャルがよく似合うサーファーのような青年だった。「トシキです」と爽やかな笑顔と共に自己紹介をされ、私も思わず「A子です」と返してしまう。馬鹿。これじゃまるで街コンの最初の挨拶じゃないか。

「いやー同じ人が何度も店の前を通るものだから最初は幽霊かと思っちゃいましたよ。ハハ」

不審者じゃなくて幽霊だと思われていた。まぁ半年以上髪を伸ばしっ放しにしていたんだからパット見幽霊の類と思われても仕方がない。


「こら。トシキくんダメでしょう。お客様にそんな言い方」彼の隣にいた先輩らしき女性が注意した。髪を後ろでしっかりと結んでおり、小柄だがクッキリした目鼻立ちと力のある声が威厳を放っていた。「申し訳ございませんお客様。担当させて頂く伊藤は腕はいいんですけどまだ接客に慣れていなくて」「いえいえ大丈夫です」オホホホと言わんばかり、私は淑女のように返した。初々しくていいじゃないか。まだ垢抜けていない才能のある若者の背中を押す役割を担えるなんて、こちらとしてはデビュー前のアイドルを応援しているような心持ちである。(ニートが何言ってるんだ)

「そう言って頂けるとこちらとしても助かります。ほら伊藤くん。お客さんに要望をお聞きして」


「は、はい。お客様、本日はどのような髪型に致しましょう」伊藤くんは緊張しながらも私に聞いてきた。どんな髪型にするかは最初から決めていた。半年分も伸びて貞子のようになってしまっていた髪をバッサリと短く切ろうと思っていたのだ。カットモデルなかなか予約取れないし、病院、じゃなくて美容院代を節約するためにもという本音は言わないでおく。

「思い切って短くしようと思ってまして…その…アメリみたいな感じに」と私はちょっと恥ずかしくなって小声で言った。

アメリとは2001年公開のフランス映画で空想好きなキュートなパリジェンヌ「アメリ」の日常を描いたサブカル女子御用達のオシャレ映画である。

「えー!お客様アメリが好きなんですか!私も大好きなんです!」隣にいた先輩美容師さんが先ほどの低い声とは裏腹の、友達とガールズトークをするときのような高い声で言った。

「お客様目鼻立ちがくっきりしていて背もスラッとしていますから絶対似合いますよ!」

「そ、そうですか…?」営業トークとは分かっていたけれど、そこまで言われるとなんかとてもよく似合うような気もしてきた。

「伊藤くんアメリは知ってるわよね?」

「もちろん知ってます!自分も大好きです!Tシャツも持ってます!」

「へー、アメリのTシャツがあるんですね」

私も話に加わった。最近映画Tシャツ流行ってるからな。バック・トゥ・ザ・フューチャーの服を着ていた大学生に「いや、知らないですけど、映画観ないんで」と突っぱねられた居酒屋でのある日の出来事を思い出した。チッ

「じゃあ私は裏で締め作業をしてるからなんかあったら呼んでね。」そう言って先輩はどこかに行ってしまい、私とトシキくんの二人きりになった。

「それじゃあ、カットの前にシャンプーをしていきますね、こちらへご移動下さい」そう言ってシャンプー台のある方へ促された。


トシキくんは会話こそ緊張していたけど手際はとてもよく、シャンプーのマッサージも上手だったしカットに入ると全く迷いがなかった。「おぉ、さすがプロなんだな」と私は思い、彼を信頼して身を委ねるように目を瞑った。私は美容院でカットをしてもらっている時、目を瞑るのが好きだった。ザクザクザクと小刻みにリズムを刻む髪をカットする音や心地の良いアロマの匂い、そして何より、カットが終わったあとに目を開いて自分の新しい髪型を確認する瞬間がドキドキしてたまらなく愛おしかった。女の子にとって美容師さんは華麗な変身を遂げられる魔法使いのような存在なのだ。私の頭の中でセーラームーンの変身シーンの曲が流れた。あと数時間もしないうちに私はフランス映画のヒロインのように生まれ変わる。きっと三島先生も驚くだろうな。うっかり惚れちゃったりして。うふふ


「お客様お待たせ致しました」

伊藤くんのとても安定感のある作業にリラックスして、気付けば私は眠ってしまっていた。1時間ほどが経過していた。もう終わったのか、さて、一体どんな魔法をかけてくれたことだろう。ワクワクしながら私は目をあけて鏡を見た。


嘘…だろ…


私は我が目を疑った。そしてすぐさまこれは夢の中であると悟った。そんなはずはない。おい私よ、一体いつまで眠っているんだ。

鏡に映った自分の姿に私は唖然とした。短くカットされた髪はパンチパーマがかけられていて、後ろ側は丁寧に刈り上げられていて後れ毛一つ残っていない。アメリのような可愛くカールした横髪はなく、それどころかおでこをキュートに見せるためのパッツン前髪すらない。


誰がどう考えても、これは紛れもなくパンチパーマだった。



「お客様、いかがでしょうか?」伊藤が不安げな表情で私に聞いた。いやいや、そういう表情は合格点の時にやる顔だろう。「いや、スゴイいいですよ」「ほ、ホントですか!」みたいなさ。なんだよこのパラレルワールドに迷い込んだかのようなオーダーにかすりともしない完成品は。アウストラロピテクスとピテカントロプスが伝言ゲームをしたってもう少しマシな完成品ができるだろう。


「え、あ、え…」私は言葉を失った。人間これほどまでに取り乱すことがあるのかと自分でも驚いていた。

「ちょ、ちょっとちょっと何よ一体」鼻歌を歌いながら確認にやって来た先ほどの美容師さんが血相を変えて事件現場へやって来た。

「あんた…この髪型はどういうことなの?」

「何って。あ、アメリですよ?」伊藤さんは何で怒られているのか全く分からないようだった。

「アメリって、こんな髪短かったっけ…」

「アメリってこんな髪短かったかしら…」

私と先輩美容師は伊藤くんのあまりの平然とした態度に自分たちの記憶を疑い出した。確かにそう言われてみると、アメリにも見えなくはない。東洋人が西洋人の真似をしたらコントみたいな仕草になるのと同じなんじゃないだろうか。うん。きっとそうだ。そうに違いない問題解決。さーて、家に帰って夕飯の準備を…て、いやいやいや違う違う違う。アメリは絶対パンチパーマなんかじゃないだろ。パンチパーマの女がカメラ目線でスプーンをくわえてる映画のポスターなんか誰が観るんだよ。

「そう言えば伊藤くん、アメリのTシャツ持ってるって言ってたわよね。」先輩が事件解決の糸口を見つけようと尋問を始めた。

「あ、はい。写真ありますよ」そう言って伊藤くんはスマホの写真フォルダを開いた。

「えーと、どこだっけな。これは彼女と沖縄デートいった写真で…もうちょいあとかな?これは元カノと鹿児島に行ったときのやつで…あ、これですよこれ!ヴィンテージで結構高かったんです」

お前どんだけ彼女いるんだよと思いつつ見せられた画面を確認すると、そこにはハンガーにかけられたヴィンテージ風のTシャツか映っていた。白いTシャツにでかでかとプリントされていたのは優雅なパリジェンヌの微笑みではなく、リングの上でダウンした相手を見下ろし、雄叫びをあげている黒人ボクサーの姿だった。

先輩「これ…アメリじゃなくて…」

私「モハメド…アリ…」


こうして私の優雅な空想は完膚なきまでにノックアウトされたのだった。



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