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②山本A子の長い夏休み

私の前に三島先生が現れたのは凡そ1年前のことだ。いつものごとくオーディションに落ちてやけ酒をした後、なぜか急に夜景が見たくなって天覧山の頂上(といっても歩いて15分もかからない低い山だ)で泣き叫んでいたところ、三島さんはまばゆい光に包まれて、まるで未来からやって来たターミネーターの如く私の前に舞い降りてきたのであった。



「おい君、この『ターミネーター』って言うのは一体何のことだ?」

三島先生はタバコをはさんでいない方の手で原稿用紙をめくりながら私に聞いた。

「ターミネーターっていうのは人造人間が未来からやって来て世界を破滅から救うアメリカの映画のタイトルでして、その人造人間が未来からやってくる時全裸だったんですよ」

「全裸?君と羅漢山で会った時私は全裸だったか?」

「え、いや」

やれやれと言った様子で先生はキュッキュッと音を立てて私の原稿用紙にバツをつけた

「それに私は未来からじゃなく過去から来たんだ」

羅漢山こと天覧山で会った時、三島先生は上半身裸でお腹にさらしを巻いてた状態で正座をしていた。それはまるで先生が切腹をした市ヶ谷駐屯地での最期の姿と重なる。


「実力もないのに比喩なんか使うからそういうことになるんだ。ありのままルポタージュのように書いたらいいんだよ」

添削が終わった原稿用紙をコチラへ見せて先生は言った

「見てみろ。原稿用紙が真っ赤だ。戦争にでも行くのか?」

「行けなかったくせに」

「なんか言ったか?」

三島先生の目つきが変わる。やばいやばい。

「先生。添削してくれるのは有り難いんですけどこれじゃまるで進まないですよ。出だしの数行だけでもう10回以上も書き直してますよ。少しでいいから手本を見せて下さいよ」

「最初の数行が肝心なんだ。ハッキリ言って、それで作品の合否が決まると言ってもいい。それに手本なら君の本棚にあるじゃないか」

先生は私の本棚を指さして言った。そこには古本屋で買った三島先生の全集やら川端康成の短編集やら太宰治の人間失格などが並んでいた。

「まぁ、いくつか参考にするべきでないものもあるが。それより、君の作家としての志を聞いてなかったな。君は一体どんな作家になりたいんだ?」

「え、私ですか」

私が作家を目指している理由はたった一つ、それは家から一歩も出ないで富と名声を得られそうだったから。でもそんなことを言ったら怒られそうだったので私は別の理由を探した。

「ゆ、夢だったんですよ。自分の書いた作品が本棚に並ぶことが」

「なるほど。嘘だな」

そう言って先生はタバコに火をつけた。

「君の魂胆は分かっている。いい歳をして定職につかずにのうのうと生きているがそんな自分を変えるつもりは全くない。君が小説を書くのは世間に対する免罪符のようなものだ」

「それは違いますよ全然!私は小説が書きたくて書いているんです!」私はムキになって言い返した

「女が怒る時はそれが図星だからだ」

なんて発言だ。この人にSNSなんてやらしたら1日で火の海をみることになるだろう。しかし三島先生の言うことも確かにその通りだった。


山本A子25歳。学生時代に書いた小説が地元の小さな賞を取ってしまい、調子に乗って新卒カードを捨てフリーターをしながら執筆活動に没頭。専業作家になるべくこの一年は作品に力を注ごうとバイトもやめて専念したのであるが、その結果あらゆるオーディションに落選。それからと言うもの仕事もせずに毎日散歩をしては小説の構想を考えて家に籠もって執筆をしている。令和の寅さんをイメージしたニート作品(通称「ニート三部作」)なんて書いたばっかりに本当にただのニートになってしまったのである。やれやれ。でも私の中にある小説を書きたいという気持ちも本当だ。

「それはそうと君、そろそろ美容院へ行く時間じゃなかったか?」

そうだ忘れてた。今日はようやく新宿で人気の美容院のカットモデルの予約が取れたのだった。私は慌てて外行きの服に着替えて化粧を簡単に済ませ、軍隊のような速さで出掛ける準備をした。

「ソルジャー、じゃなくてそれじゃあ行ってまいります先生。お手数ですが私のいない間に洗濯と配達の受け取りをお願いします。あと散歩に行くのはいいですけど、くれぐれもちゃんと変装をして出歩くようにしてくださいね」

「分かったよ。ついでにその下手糞な文章を書く脳みそもカットしてきて貰い給え」

バタンッ!私はそれには返事をせず強めに扉を閉めた。



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