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流水の如く、陽の如く

平日の散歩は実に清々しい。頭がすっきりとし、空気も美味しく感じる。

 水曜日の昼間。高校が創立記念日で休日となった俺は荒木神社の鳥居を抜けて、繁華街の方へと階段を降ってきた。実家が山の上に位置する神社なだけあって、空と木以外を見るのは案外楽しかったりする。

 当てもなく歩き続けて住宅街を突き抜けると、川が流れているのが見えた。その川に沿ってしばらく歩を進めると、少し大きな公園に気づいた。

 俺の身長の2倍以上の高さまで伸びる金網状のフェンスに囲まれたその公園はまるで闘技場のようだった。中には小学生が遊ぶには大きい滑り台や二人分のブランコ、左右に四個の持ち手がついているシーソー、高さの違う三つの鉄棒が確認できる。

 歩き疲れてきた俺は休憩がてら、大きな桜の木近くの給水機で喉を潤して、公園手前側にあるベンチで一休みすることにした。

 

 「やっぱ、餡は金時にかぎるな」

 繁華街で買ってきた鯛焼きの一つ頬張りながら呟く。穏やかな風が優しく触れるので、雲一つない空にしてはかなり涼しく感じる。公園裏の森の遠くから小学校のチャイムが小鳥のさえずえと聞こえてくる。気付けば時刻は15時を回っていた。

 3個目の鯛焼きを食べ終えてから公園を出ようと、空箱に三つの包み紙を入れた俺はベンチを立ち上がろうとした。その時ふと気配を感じた。

 気配のする方を見ると、公園と歩道を分けるフェンスの奥に人の姿を捉えた。祭りでもないのに関わらず、着物を着ている青年が肩にカラスを乗せて道を歩いている。青年の腰には長い筒のようなものが装着されていることに気づいた。だが青年は真っ直ぐに前を見つめているがカラスはキョロキョロと辺りを見回している。

 「変わった人だな」と思ったが、気にする必要はないと考えた俺は給水機で再度喉を潤して出口の方へと視線を移した。

 その刹那。


「……ッ」

 勢いよく空を切る何かを俺は咄嗟にかわした。給水機で水を飲む20秒足らずの攻撃。相手は只者ではないと俺の本能が悟った。

「………スッ」

 息を吐く音と気配で背後の敵に気づく。そして俺は大きく身体を逸らしながら地面を強く蹴り距離を取った。直後けたたましい音が鳴り響く。

「は?」

 先ほどまで俺がいた場所には、刀を振り下ろしている例の青年がいた。青年の周りの土は泥となって抉られ、肩に乗せていたカラスは何処かへと消えていた。

「お前は誰だ」

 体制を立て直してから青年の目を真っ直ぐ見つめて問いただす。

「おまえが荒木優馬だな」

「質問に答える気はしないようだな。……そうだ。だがどうして」

 俺の本名を知っている人間は俺の家族や行きつけの病院で働く医師ぐらいだ。高校では偽名を使っているのでバレるはずはない。そもそもとしてこの青年に見覚えがない。

「俺は新たなトップ、零泉様からおまえを捕えるようにと言われた。おまえのように平和を壊す鬼は、俺が絶対に許さない」 

「れいせん…か。誰だか知らないが俺は捕まる気なんてねぇよ。そもそも俺は鬼なんかじゃない」

 零泉なんて名前など知らない。俺はバケモノ扱いした青年を突っぱねた。

「例えそうだとしても、俺はお前をここで切る」

 その直後彼は地面を強く蹴り、俺との距離を詰めてきた。そして俺達の戦いは始まった。



 彼は俺の首を狙いにきた。俺すらも超える速度で迫り刀を振り翳す。足が空に浮いたことを確認した俺は常備していたナイフを取り出して、後ろへ数歩分引きをとった。着地した際の隙を突く算段だ。

 そして彼の刀が俺の数歩前の地面へと叩き込まれそうになり俺は前進してトドメを刺す…つもりだった。

 刹那、彼の刀に激しく流れる水が現れ始め一瞬にして刃が水へと変形した。それは俺の想像を絶する速さで地面を叩き割り、衝撃によって水が波動の如く辺りへ飛んだ。

「クッ……」

 斬撃のように飛ばされ波動が俺の身体を後方へ退かし、片手に握っていたナイフを放しそうになった。ノックバック効果とでもいうべきだろうか。

 再度彼の刀を見た時には水を纏っていなかったが、叩きつけられた地面の土はやはり泥のように湿っていた。

「意味のわかんねぇやつだ」

 この世界では確かに能力と呼ばれるものは存在する。だがそれは俺のように巫女の家系でなければ手にすることが出来ない大層立派なものだ。この青年が持っていることは、おかしい。

 そんなことを考えている矢先、彼は再び俺目掛けて走り出してきた。彼の黒い刀にはまだ水は纏っていない。

 俺は先程とは打って変わって彼の方へと走り出した。俺の行動を捉えた彼の口からは小声が聞こえたように感じた。

 直後、彼の刀は先程同様に大量の水を纏いつかせてくる。「なるほど」とこちらも小声を漏らした。刀の変形には合言葉が必要なのかもしれない。

 彼のジャンプを読んだ俺はギリギリに右に大きく跳んだ。読みはあたり彼は目の前の地面に刀を叩きつける。が空中の俺には斬撃すらも被弾しなかった。

「同じ攻撃が当たると思うなよ」

 そして隙だらけとなった彼の背中に、俺の力強い蹴りが炸裂した。

「ガハッ…」

 背中を大きく反らした彼は滑り台の支柱に身体を打ち付けた。流石の剣士でも受け身を取ろうにも細い棒で行うには無理があると思い、俺は走り出して距離を詰めていく。だが身体を半回転させるまさかの受け身を取ったので彼は溝内ではなく背中をぶつけた。

 そのため、刀を落とした彼を追撃しようと近づいた俺の拳はなんとか右手で防がれてしまい、逆に彼の左手が俺の横腹に当たり体制を崩されてしまった。その隙に刀は回収され、結局状況は振り出しに戻ってしまった。

 ベンチ前まで一旦距離を取ったものの痛みは続く。俺の右手には僅かに錆びついたナイフがただ握られていた。

 刀を構えて息を整える彼との距離は約10メートル。彼の小声が水を生み出すこと、飛べば斬撃を受けないこと。状況からしても彼の実力を測るには物足りない気がする。俺の手持ちはナイフ、彼は刀。どちらが側が不利なことは誰から見ても分かる。更には彼の方が足が速いため逃げることも困難だ。戦うしかないことの状況。だが負ければ……最悪死ぬ。

 この場に相応しくない穏やかな風が俺から見た右から左へと流れている。睨み合う二人を宥めるように。だがその桜風は一つの考えを俺に咲かせた。

 

 一点に見つめていた彼は大きく目を開き、右足を引きずりながら一歩後ろへ引いた。その刹那、右足を地を強く蹴ってこちら側へ迫ってきた。右手で掴むその刀は静止しているように見える。まるで俺の首とその刀が糸で繋がっているかのように。

 対する俺はナイフを仕舞い、先程食べた鯛焼きの包み紙を3枚右手に持って走り出す。俺の行動を見た彼はこちらを睨み、黒い刀を自身の顔の右側へと構え直す。そして俺達の距離は一瞬にして数十センチまで詰まった。

 彼の刀を再び捉えた俺は足を90度変えながら彼の顔に向けて3枚の包み紙を投げ捨てる。

「こんなもので俺は怯まない」

途端に言い放つ彼はそれらを一度に薙ぎ払うため、水を纏い始めた刀を一振りした。だが、

「……くっ」

 包み紙は刀に触れたにも関わらず彼の視界を未だ妨げる。右上から左下へと振り下ろした刀による力が、穏やかに吹く桜風と打ち消しあったことを理解するには少しの時間を要した。

「クソ、目眩しか。マズイ」

 視界を遮られている状態で、何も発しない俺を対処するのは難しいと考えたのだろう。彼は包み紙に突進して身体で無理矢理視界を確保した。だがそこには俺の姿がなく、彼は慌てた様子で辺りをみわした。そしてフェンスを上って公園裏の森の奥へと走る俺の姿を捉えた。

 俺の後ろでドサッと音が鳴ったことに気づき足を止めずに後ろを振り返ると、刀を腰に構えながら走り出す彼の姿を捉えた。森の中は薄暗く、彼の動きを正確に読むには難しい距離に彼はいた。

 だが先手を取ったのは俺だった。彼に追われながらも目的の場所まで辿り着いた。そしてナイフを取り出し彼と向き合い、強く地面を蹴って彼に接近する。不敵な笑みを溢す両者による正々堂々たる最後の一騎打ちが始まった。


 戦況は俺が優位な状況が続いた。それもそのはず彼は既に俺の計画に嵌っていた。そのことに気づいたのは甲高い金属音が鳴り響く寸前のことだった。

「っく、刀が上手く使えない……」

「……引っかかったな」

 そうだ、ここは森の中。その中でも俺が選んだこの場所は木の密集地帯。彼の刀は極太い大木に邪魔されて大きく振り翳すことが出来ず、逆にリーチが短い俺のナイフは機動力を活かした連撃を繰り出すことで優位に立ち回れる。彼の実力を測れなくとも、彼の実力を最大限に発揮する「刀」の性能を読めばよかったのだ。包み紙や桜風によって彼自身の強みである素早さを封じたのは、彼に焦りを感じさせてここに辿り着くまでの時間を稼ぎたかったからだ。

 見事なまでに引っかかった彼を俺は死なない程度に痛めつける。水を纏えない刀をナイフで弾き、拳や蹴りを叩きつける。彼も応戦してくるが、刀が木にぶつかり自由に動くことが難しそうだ。

「最終的な対処はどうしようか」

 頬から血が滴り、だんだんと動きが鈍くなる彼へのトドメに迷い始める。殺そうと思えば殺せるのだが後ろめたさが残ってしまう。だが生かしておけばいつか復讐されるかもしれない。そんなことすら頭に浮かんでくる。

 だが彼はまだ諦めてはいなかった。

「あの人との約束なんだ!今ここで倒すんだ!たとえ相打ちになっても!」

 苦し紛れの一言が吐かれた刹那、水を纏っていた刀からは紅蓮のような炎を纏いだした。あまりの変化に驚き俺は彼から距離を取った。

 足が地面に接するよりも速く刀は振るわれた。だが両側の木すらも容易く切り落とすその威力は、顔寸前を通る凄まじい熱からも感じられた。

 俺は危機を感じて走り出す。木と木の間を上手く掻い潜りながら一度距離を取ろうとするも、後ろからは徐々に上がってゆく温度を感じる。落ち葉を蹴る音が徐々に近づいてくるのが伝わる。

 曲がる際に焦げ臭さを感じ始め、彼との距離を測ることも含めて背後を見た。そこに広がる光景は今までで見たことのない、灼熱の地獄へと化した山火事だった。赤く光る森の中央からは彼が炎の刀を振り回しながら、蹂躙するかのように木を切りつけて一直線へ迫る。

 ここで俺は彼の意識を奪うことに決めた。これほどの事件を起こしているのなら警察に引き渡すことが出来る。

 そして俺は振るわれた刀を避けて再び走り出し、彼の情報を整理する。気絶させる隙を生み出す方法を模索する。そして、熱くなった桜風に囁かれることになった。

 

 機動性に長ける俺は彼との距離を数メートルまで引き延ばした。呼吸を整えながらまだ炎を宿さない落ち葉を数十枚左手に乗せる。右手には持ち方を変えたナイフを握り背後を振り返る。彼は変わらず真っ直ぐに俺との距離を詰めていく。

 やがて彼は俺を視界に確実に捉え、足を止めずに刀を大きく振り翳す。

「やっぱ変わらないな」

 小言を呟くと同時に俺は落ち葉を彼の顔に向けて放り投げた。そして彼はふっ、と息をつき予想通り落ち葉を切り捨てる。だが燃える落ち葉は彼の視界に留まり続けた。

「…!桜風!」

 一瞬動きを止めた彼の隙を俺は見逃さなかった。すかさず背後へと回り込み、彼の首筋にナイフの背を打ち付けた。渾身の力を込めた峰打ちは見事にぶつかり、彼は気絶してその場に倒れ込んだ。

 そして森の爆跳が、俺の勝利を告げるコングとして鳴り響いた。



 彼は真っ直ぐだった。

 いつもターゲットの俺を真っ直ぐに見つめていた。そして彼は自分の心にも真っ直ぐだった。曲がったことをせず、どんなに絶望的な状況でも真っ直ぐに向き合い続ける彼の姿勢は感心した。

 だがその真っ直ぐさの故に彼は負けた。森の中での戦闘において、彼は自分に足りないもの、木を切るほどの火力を生み出した。だが俺が思うに、真っ直ぐな彼は二つも三つも戦闘スタイルを変えられないのかもしれない。自分らしさを欠き、正々堂々の勝負でなくなると思ったのかもしれない。刀を持つ兵士に抱く偏見なのかもしれないが、彼は真っ直ぐだった。


 しばらく考え事をしながら倒れた彼をどうしようか迷っていた。が突然彼から青白い光が発せられて、蛍のように分散した。気づけば彼の姿は光と共に消滅していた。同時にカラスの鳴き声が森中に鳴り響いた。

「なんなんだ、全く」

 全ての光が消えた後気を緩めて大きなため息をついた。だがふと我に帰り、背後からパチパチと聞こえる山火事を見た。

「ここにいたら見つかる」

 そう確信した時には既に足は動き出していた。登ってきた道なき道を駆け降りて公園へ戻ってゆく。倒れつつある木を避けながらパーカーのフードを被り火に備える。

 そうしている内に黒く高いフェンスを視界に捉えた。火で覆われていない道を見出してそのフェンスに手をかけた。幸いにもまだ公園周りには人はおらず、誰の目にも触れることなく公園内への侵入に成功した。

 そこからはとにかく元きた道を戻った。一刻も早く遠ざかりたいという願いは俺の足を動かし、桜風が追い風となったおかげで自己最速記録を更新した。


 神社に帰り着いたのはあれから40分ほどが経った時だった。鳥居を抜けた頃には身体は使い物にならないほど疲れ、その場に倒れ込んだ。

 ここは中央にある獅子の銅像によって神社周りに結界が張られている。銅像を決まった向きに巫女の血を継ぐものや、儀式を通して婚姻関係になったもの以外は入ることが出来ない仕様だ。鳥居を潜った俺は外部の人間から手出しされる心配をしなくて良くなった。

「おかえり優馬」

 少し怒りを含んだ声がしたので顔を上げるとそこには現役巫女、荒木麗奈の姿があった。整った顔立ちとスマートに巫女服を着る彼女こそ俺の姉だ。どうやら俺と同じく今帰ってきたようだ。

「よぉ姉ちゃん、ただいま」

 俺は気づかないフリをして本殿へと入ろうした直後、姉に手を掴まれた。

「さっき山火事の対処して来たんだけど、たい焼きの包み紙と空箱が落ちてたの。まさか、あんたが起こしたんじゃないでしょうね?」

 姉は歴代最強クラスの巫女だ。そんな彼女の手を解くことなど出来ず、結局今日の出来事を全て話すのだった。

「なるほど、不思議な話ね。とりあえずあんたの身の潔白は信じてもいいかもしれないわ。そのことについて私も能力を使っていろいろと調べてみる」

「分かった、ありがとう」

 身体能力と共に洞察力や知性にも長けた彼女は俺の話を素直に信じてくれた。姉の能力は汎用性が高いので、協力してくれるとなると心強かったりする。

「それじゃご飯にしましょ。用意手伝って」

「はいよ」

 その後今日のことは一件落着として区切りをつけ、俺らは母さんと父さんと共に晩飯にありついた。姉作の唐揚げは、いつもよりも美味しい味がした。

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