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拭えない過去

友人の代理投稿となっております。

 巫女は俺の頭を優しく撫でた。

 満月が夜の闇を照らす今晩、静まり返った神社の屋敷の中で、巫女と俺は二人横になって眠りにつこうとしている。少しばかり背の高い巫女は7歳の俺を抱きしめた体勢のまま動こうとしない。

 俺はそのまま朝を迎えた。一睡もしなかった俺の顔を心配そうに覗き込む巫女に、太陽のような眩しい笑顔を向けた。


 この世界での唯一の存在である巫女。それは女神のような扱いを受けている。その理由の一つは能力者であることだ。

 神の力というのだろうか。先代の巫女はいずれも、科学で証明しきることが出来ない超人的な能力を持っていた。そして現在の巫女、荒木麗奈も例外なく超能力者である。

 どうやらその影響は5つ年の離れた弟の俺にもあるらしく、巫女とはまた別の超能力を得てしまっている。

 意外にも今まで巫女の兄弟は俺で二人目だと教えられた。どうやら一人目は十数世代前の巫女の兄だったのだが能力者だと世間にバレてからは消息を絶ってしまったらしい。

 それも相まって俺が超能力者であることはバレないほうが都合がいいと、両親から耳にタコが出来るほど言われている。

 これ以降能力という概念を特に気に掛けなくなった俺は、巫女の仕事がないので、同い年と同じように学校へ通うようになった。

 巫女の家系であることも隠した、全てが普通通りになるはずだった人生。

 しかし大きな過ちを起こしたあの日以降、俺の人生は狂い出した。


 中学校へ入学して間もない13歳の頃。南中した太陽が晴天の空で輝く暑い日だった。既に昼食を食べ終えて昼休みが始まっていて、俺は華奢な唯一の友人と教室で雑談をしていた。半分ほどの生徒がおり、いつもの光景と化した教室だった。

 だがその日はいつもとは異なることとなった。


「大きな荷物が届きました」


 一つの放送が校舎内に響き渡った。その直後、学生とは思えない大きな足音が俺らの教室へと向かってきた。

 その正体は野球部の顧問である担任だった。

「絶対に教室から出るな。鍵をしっかり閉めて待機しておけ」

 そう言い残して、いつもは優しい口調のムキムキ担任は職員室の方へと駆け足で去っていった。

 教室内に取り残された20人あまりは互いに目を合わせて不安を紛らわせようとしたが、余計に不安を煽る結果となり逆効果だった。締め切られた空間には嘆きと弱音で満たされていき、とても安心できる場所とは思えなかった。

 当時の俺も恐怖を抱きつつあったその刹那、

ドォン

 と大きな音が近くから鳴り響いた。その方向を見ると、枠から外れて倒れたドアを踏みつけるバケモノがいた。

 青白い炎を纏う猫らしきバケモノは教室に一歩、二歩と歩みを進めたが三歩目で動きを止めた。到底この世のものとは思えないオーラを纏い、バケモノは小さく低い唸り声を口から漏らしている。

 そしてバケモノの後ろにある壊されたドアからスラリとした姿の男が現れた。男は全身黒い服装でパーカーを羽織って身を覆い、怪しげな黒狐の仮面をつけて顔を隠してる。

 不気味としか言いようがない男にみんなが目を向ける。そして俺の隣にいた友人がポツリと呟いた。

「大きな荷物って不審者のことだったのかよ…」

 その言葉を聞いて俺は思い出した。

 大きな荷物が届きました…学校で不審者に関する緊急放送で用いられる隠語だ。気づいたところで状況は何も変わらないが。

 男は終始何かを探すように辺りを見回していたが、俺へ視線を向けて動きを止めた。刹那、男は銀色のナイフを投げた。

 俺は無意識の脊髄反射で身体を動かしたが、目にも止まらぬ速さで投げられたナイフは頬を僅かに掠めて背後の窓ガラスを割った。溢れた血に冷たさを感じ、夢でないと改めて実感する。

 パリンと音を出して割れた窓ガラスを見た生徒達の悲鳴で空気が揺れ、教室内は地獄となった。対してバケモノと男は冷静な眼差しをこちらにぶつけ、新たなナイフを手にした。

 バケモノの正体も、男の正体も、目的も、何もかも分からない。ただ唯一分かることは俺に向けられた殺意のみ。

 ここで死ぬのは嫌だ……でもここで俺の能力を使ってしまうと巫女の弟だってバレてしまう……

 どうしたらいいか迷う最中に感じた、空を切る音。ハッとして前を向いた直後…

「…………あ、あぁぁぁ」

 軽くズッシリとした感覚が腕全体を襲った。痛みのあまり強く握った右手を見るとベッタリとした赤黒い血が手一杯についている。冷たい水が目から溢れた。我慢させられているような動きづらさを感じつつ、熱が逃げてヒンヤリとした寒気を全身で感じる。

 俺はこの時、初めて死を悟った。

 肩の近くの左腕には深々とナイフが突き刺さり、激痛で立っていることさえままならない。我慢をやめて声を出して泣き叫びたかった。

 だが…なぜか俺は立ち続けた。痛いのに、辛いのに、苦しいのに…俺はこの男を放置して死にたくない。その一心でその地に立ち続けた。そして、俺は能力を使う…そう心に決めた。

 なかなか倒れない俺に男は戸惑いの動きをしたのかもしれない。視界が少しぼやけて正確な動きは分からない。だが俺が痛みに耐えながら姿勢を立て直した時、それを確認した男の手に更なるナイフが見えた。

 能力…それは巫女の子孫にのみ現れる非科学的な超常現象を起こす力。個体値によって誕生当初からバランスの取れた「神からの授けもの」。これを極めれば人間離れした身で世界を掌握することも容易いだろう。そんなものを俺は携えている。

 正確な情報はまだ少ないが、自らの手でこの男を倒す。殺してしまっても…構わない。

 ただ今すぐ使おうにも俺の能力は使えない。俺の能力はデメリットや手間が大きいのが難点だ。男の隙を上手く突かなければならないのだが、男は武器を手にして警戒状態。急所をナイフで貫かれるのが先か、隙を晒すのが先か。

 考えを巡らせたいが左腕の痛みが邪魔をする。頭を使うのは難しいかもしれない。

 頭を使うのは難しい……ならば待つか……いや間に合わないかもしれない……どうすれば……

 男と視線をぶつける。

 そして、先に動いたのは…男だった。


「見つけたぞ‼︎何をしているんだ‼︎」「キャー‼︎」

 教室の中の男を見つけた教員らが廊下から叫んだ。その中の一人が手を伸ばしてパーカーを強く引っ張った。男は俺が動くよりも先に僅かに体制を崩した。

 状況を理解した頃には俺の足は動き出していた。それに気づき教員の手を振り解こうとしたが、男のパーカーを掴んでいたのはムキムキの担任だった。「俺の生徒に何やってんだテメェ!」

 鬼瓦のような形相と轟く怒号で教室の空気が揺れる。男は太く硬いその手を解くことに手こずりを覚えている。

 担任のおかげも相まって俺は男の近くまで来た。そして最後の脚力を振り絞って地面を蹴り上げた。身体は前傾姿勢となって大きく前へ飛び、残りのごく僅かな隙間を進む。俺は男の身体に触れようと大きく右手を伸ばしかけた。

 俺の能力は相手に触れることで発動することが出来る。この能力を使うのは初めてだが発動の感覚は覚えている。だが

「いけ!」

 男が怒りと焦りに任せたように吐き捨てる。刹那、今まで不動だった猫のバケモノが俺と男の間に入り込んできた。

 完全に入り込むことは無理だった。だが男に当てるはずの俺の右手が猫のバケモノに触れた。

 そして、轟音を鳴り響かせながら辺り一面を光が包み込んだ。



 阻まれた。男はバケモノで俺の能力を防いだのだ。バケモノは跡形もなく、存在しなかったかのように消えていた。教室の損害は音と光に比例しせず、風の余韻が吹くといった僅かなものだった。

 教室の中の生徒も教室の外の教員も微動だにせず、ただただ俺の方を半開きの口のまま呆然と見つめている。

 先に動いたのは男だった。加えた力がなくなった担任の手を振り払い、倒れ込んだ俺の真上を飛び越えて、割れた窓ガラスを潜って裏山の方へ走り去っていった。


 作戦は……失敗した。

 深い傷を負い、能力者だと知られ、そしてここまでリスクを負ったのに犯人には逃げられた。あの男の目的も正体も、分からない。この学校に居続けるのは難しいだろうな。

 一番問題なのはまたあの男と戦うことがあるかもしれないということ。そうなると次は殺されてしまうかもしれない。俺と男にはあまりに差が開き過ぎている。

「ああああああああ」

 後悔に呑まれて叫びながら地面をグーで叩く。あまりに非力で弱々しく、音すら聞こえなかった。

 涙で顔がぐしゃぐしゃになる。痛いからじゃない。悔しいから。途轍もなく悔しいから……


 どれくらい経っただろうか。満足いくまで泣き叫び、ようやく俺は深呼吸が出来るまでに落ち着いた。顔を上げると生徒や教員の視線が気まずそうに僕に向けられていた。

 そしてすぐに担任と救急隊員、警察が教室内に入ってきた。救急隊員が持ってきたストレッチャーに乗せられてから、俺は目を瞑り意識を飛ばした。



 目を覚まして最初に見たものは、タイル状の白い天井だった。隣には母と父、そして巫女である姉が座っていた。

 俺が意識を取り戻したことを最初に気づいたのは姉だった。俺の顔を覗き込みながら「優馬‼︎優馬‼︎」と口角を上げながら叫んだ。それに気づいて父と母も喜び、父は慌てて部屋を出ていった。

 周りを見渡してみのうと身体を起こそうとしたが上手く力が入らなかった。見ると包帯でぐるぐる巻きにされた左腕がそこにはあった。そういえばナイフが刺さってたな、なんて思う。

 その刹那、父が聴診器と白衣を身につけた男性と共に俺に近づいてきた。きっと医者なのだろう。隣の機械を操作してその医者は安堵の声を漏らした。そしてゆっくりと俺の家族に向けて、俺の今の状況を話し始めた。

 話を聞くところ、俺は多量出血で一時的に意識が飛んでいたらしい。ナイフが刺さった場所は運が良く、半月ほどのリハビリで完治するとのこと。後遺症も残すことないらしい。

 俺と家族はみんな安心した。中でも姉は最も重い肩の荷を背負っていたようで、いい意味でため息を吐いた。

 そうして医者は部屋を出ていった。その後に口を最初に開いたのは母だった。

「巫女の家系の人だってバレたわ。仕方ないけど転校せざるを得ないわ。あの学校に通い続けるとあなたも辛いでしょう」

「分かった」

 母は俺を見ながらそう言った。あれは覚悟の上の行動だった。俺に否定する権利はない。だけど…

 「でも、あと一日だけ。一日だけあの学校に行きたい」

 俺は伝えたい。俺の唯一の友達に、俺を友達として仲良くしてくれたあの子にだけは。

「……分かったわ」

 俺の真剣な眼差しを見て察してくれたのか、母は許可してくれた。ただ条件として素顔を晒さないようにマスクと帽子をしていくことを承知した。

 そして俺は半月のリハビリを経て、久しぶりの学校へ足を運んだ。


 校門は、巫女の家系の人がやってくると何処かから聞いた記者達で埋め尽くされていた。巫女がテレビに出ることは滅多になく、巫女の存在自体を怪しむ声があるほどだ。記事にしたい気持ちが分からなくもない。

 一般生のふりをして校舎へ入り、例の友達を呼び出す。南中した太陽が晴天の空で輝く暑い日だった。他の生徒は既に昼食を食べ終えて昼休みが始まっているだろう。

 あの時と同じ時間に俺はそいつに音楽室の一角に来てもらった。

「久しぶりだね優馬」「あぁ久しぶり。今日は来てくれてありがとう」「こちらこそありがとう」

 半月を経て会う友人は笑顔で俺に接してくれた。

「……今日は、君に、隠していたことを…言おうかな、って思って…来てもらったんだ」

 秘密を告白するには勇気がいるのだとここで知った。言いたいことが上手く言語化出来ず、少しばかりの沈黙が走る。

「…実は俺、今の巫女の弟なんだ」

 言えた。

「そうだったのか」

「…うん」

「じゃああの時の爆発みたいなものって、もしかして能力っていわれるもの?」

「…そうだよ」

 受け入れ難いであろう真実。俺のペースを邪魔しない沈黙が嬉しかった。

「君の力はとてもすごかったよ。あれが使えるのなら簡単に不審者を撃退出来そうだったけど」

「…あの力は、使うと2つのデメリットがあるんだんだ。一つは相手に触れないと発動しないこと、そして二つ目は三人以上の視界が捉えることなんだ」

「一体君の能力って」

「…俺の能力は」

 言うか躊躇ったが、打ち明けることにした。


「『公開消滅』って言う能力だ」


「公開…消滅…」

 彼女は目を見開いて動きが止まった。『消滅』という言葉のインパクトが大きいのかもしれないなと思う。

「人に見られている時に触れたものを消滅させる能力だ。他の人には絶対に言えないけどね」

 出来るだけ笑顔で話しかける。彼女を怖がらせるつもりなど一切ないから。ただ彼女は想像以上に飲み込みが早く、変に心配する必要はなかったと感じた。

「…なんで僕だけに?担任の先生とかの方が話して得だと思うけど…」

 彼女の目は疑問と怯えを含むものだった。俺の前のめりな態度に押されて、後ろへ一歩下がっていくのが分かった。

「怖がらせる気はないよ。君は唯一の俺の友達だった。担任から嫌がらせを受けてた時、君は無意識だったかもしれないけど俺を救ってくれた。俺は君にならなんでも任せれると思った。きっと俺の秘密も守ってくれる。一方的な信頼かもだけど俺は信じてる」

「え、あえ、」

 唐突に感謝されては戸惑ってしまうことは俺も知っている。だけど俺の残り時間は刻一刻と迫っている。

 だから俺は彼女に絶対に伝えたいことを伝える。

「俺の味方でいてくれた君が大好きだからだよ」

 彼女の可愛らしい顔が徐々に熱っているのが目に見えて分かった。言った後俺も同じように顔が暖かくなっていくのを感じた。

 焦ったさに耐えきれず俺は音楽教室の出口へと走り出した。扉の前で一度止まって彼女の方へ振り返った。

「今までありがとう。そして、さようなら」

 俺は別れを告げて出口へ身体を向けた。ゆっくりと足を一歩踏み出した直後、

「まって!」

 彼女の声が聞こえた。振り返ると、目に涙を溜めて笑っている彼女の姿があった。

「私はいつでも、君の味方だからね!」

 彼女は声を震わせながらも元気よく叫んだ。俺は溢れ出る感情を無理矢理抑えて、元気よく笑い返した。胸があったかくなり、気付けば一筋の線が頬を伝っていた。

 それから俺は身体が軽く感じた。別れはやはり悲しい。けど、それよりも、今は嬉しさと感謝の方がずっと大きい。彼女の存在は俺に大きく影響を与えたに違いない。

 家族の車の前で大きく手を振った。


 17歳となった今、俺は田舎の高校に通う普通の男子学生として生活している。今も尚あの男の正体は分からずじまいだ。

 だが俺は追い続ける。時に敵が道を阻もうとも、最強の俺を狙うのならば相手してやる。


待ってろよアイツ。

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