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1.出会いと嘘


 事実は小説より奇なり。とはよく言ったものだろう。

 僕は今日、欲しかった本の続巻が発売されると聞き、放課後急いで駅前のTURUYAへ向かったその帰りだった。


 喉が渇いたから、通りにあった自販機で適当に買いつつもふとその先の光景に目が行った。

 いつもなら無視をしていた。いや、気づかないフリをしていた。例えばナンパ。例えばキャッチ。「自分に関係のない」ものなのだから関わったところで面倒なだけ。そう思っていたのに。


「ねぇ、きみ一人? なら俺たちと一緒に楽しもうよ」

「……うざい。話しかけないで」

「釣れないなぁ。ね、行こうよ」

「やめて。ってか、手離してよ!」


 ナンパだ。とにかく通行人として通り過ぎようと思った。のに……目が合ってしまった。それはもうばっちりと。普段ならそういった現場は見ないことに限るのに何故かその時は目を向けてしまった。

 それはしかも見知った顔だった。だとしても身を呈すことはしないはずだった。格好も学校で見かけるような服装とは違っていたのもあるだろう。その服装は可愛らしいメイド服だったのだし。


「……お待たせ片桐さん。飲み物これで良かった?」


 声をかけてしまった。その行動に少なからず動揺していた。多少声も上擦っていただろう。それに何故こんなことをしたのだろうと。けれどしてしまったものは仕方ない。どうにかなればいい。


 あまり人と関わらないことが増えたから、人知れず奥歯を噛み締める。


「あ、もう〜! おっそいよ〜きょーやくんっ」

「……は? お前が彼氏なの?」

「こんなむっさいイモ男子じゃ釣り合わねぇって」


 片桐さんは明るい口調で近寄り、挙句には腕を絡めてくる。その女の子特有の匂いや温もりに感触、赤茶けた茶髪がふわりとあたり、ぴっしりと固まる。が、ナンパ男たちの言葉で我に返る。

 合わせてくれている。僕の拙い言動に。


 ひとまずはこの場をどうにかするしかない。生憎、女性付き合いはないが、それでも彼氏を演じればいい。それなら簡単なことだ。


「片桐さん、顔近づけるけど我慢して」

「へ? う、うん。別にいいけど……」


 距離が近い故に彼女にだけ聞こえる声量でそう伝え、ナンパ男たちに見えるようにわざと片桐さんの顔に迫る。彼女の背は僕より幾分か低い。だから頬に手を当て、クイっとあげ、見せつけるようにキスをする。


 とはいえ、自分の唇を当てる前に自分の親指を当て、その上に唇を当てた。離れる瞬間に親指を離し、わざとらしくリップ音を出す。離れる傍ら、流し目で驚きに固まっているナンパ男たちを見てからフッと笑みを浮かべる。


「じゃ、そういうことだから。これ以上話しかけないでね。行こっか」

「んっ! いこ」


 足早にけれど片桐さんの歩幅に合わせてその場を去る。


──────

────

──


「ごめん。あんなことくらいしかできなかった」


 夜になりかけた夕暮れ。誰もいない公園のベンチに座りながら、隣に座っている片桐さんに頭を下げる。


「えぇっ、ちょ、頭上げてよ。なんできみが謝る必要あんのさ」

「え、いや……だってこんな見た目だし? それに隠キャだし」

「ぷふっ……な、何それ」


 僕の言葉にクスクスと笑っている。変なことを言っただろうか? それがわからず、まじまじと彼女を見る。片桐さんはその視線に気付いてるようだ。


 僕の方を見ながら「だって、自分のこと隠キャって言わなくない?」とクスクスと笑いつつ言うのだ。あぁ、たしかにそれは一理あると内心納得する。


「ま、まぁ、あれだよ。住む世界が違うってやつ。そういうこと」

「え〜、きみもそんなことおもってたんだ〜意外」

「き、きみこそ僕をなんだと思ってるのさ」


 口を窄める彼女をそんな顔でも美人だなと思いつつ苦笑する。


「え〜。物静かな人……?」

「なぜ、最後疑問系なんだ?」

「だって、話したことなくない?」

「まぁ、たしかにね」


 片桐さんがカラカラと笑えば、それを見て苦笑気味にけれどそのおかしなことに楽しさを感じながら笑う。確かに、片桐さんはほぼ話したことがない。片桐さんはクラスの中心だから。

 クラスにいても僕は基本的に本を読むか、机に突っ伏して寝ているからだ。クラス委員の前田くんとも会話をするがどれも当たり障りのない会話しかしないため、比較的クラスでは空気だ。


「でもね〜」

「うん?」


 片桐さんは「ん〜と」と言いつつ言葉を続ける。


「私、きょーやくんと話してみたかったんだよね〜。あ、今更だけどきょーやくんって呼んでい?」


 あまりに単純なことに驚いた。そしてあまりに今更なことに吹き出して笑ってしまう。


「あ、なんで笑うの〜!」

「くっふふ……ははっ。いや、ごめんごめん。ほんと今更だなって」


 笑いすぎて右目に涙を溜めていたからそれを拭う。


「ま、きみの好きなように呼びなよ。それより。それ、私服? だったらすごい趣味だね」


 そう。今の彼女の格好はメイド服と言っても過言なのだ。フリルがふんだんに使われている膝丈のスカート。これぞメイドというイメージにぴったりなのだ。僕はそんな片桐さんを指差しつつ首を傾げる。


「あっ! そう! そうだった! 私さ、バイトしててそれで呼び込みしてきてって言われてたんだ」


 あぁ、成る程。それでナンパされていたと。合点がいった。


「それじゃあ、そのバイト先まで送るよ」

「え、でも……」

「またナンパされても今度は助けられないかもよ?」

「それもそっか。じゃあ、道教えるね」


 あっさりと決まった。片桐さんは警戒心がないのだろうかとも思ったが、先の彼女の様子を思い浮かべればそんなこともないなと思い返す。僕は頷き、ベンチから立ち上がる。


「ねね、きょーやくん」

「ん?」

「はい」

「ん? ……うん?」


 立ち上がった片桐さんはにこやかな笑顔のまま右手を向けてくる。僕はそれになんぞ? と首を傾げる。


「ほら、きょーやくんうちのカレシなんでしょ? じゃあ手、握ってよ」


 そういえばそう言ったなぁ。けどそれはナンパから引き離すための方便なんだが。


「もしかして……いや?」


 そんな目で上目遣いされたら頷かざるを得ないじゃないか。


「……はぁ、わかった。今回だけだよ?」

「えへへ、やったぁ」


 結局のところ僕が折れ、頭をガシガシ掻き、仕方ないなぁと思いつつ彼女の右手を左手で握る。片桐さんは嬉しそうに綻ばせ、身を寄せる。その時にふわっと柑橘系のいい香りがした。

 人の匂いを嗅ぐのもダメなことだろうと思ったし、その距離の近さに固まる。


「ん〜? どったの?」

「い、いや、なんでもない。行こっか」

「んっ!」


──────

────

──


 その後、片桐さんに道を教えてもらいつつ無事、彼女のバイト先の喫茶店に着いた。


「って、女性客しかいないね」

「だってここ女性がくつろげるようにって感じのカフェだもん」


 ……………それを早く言ってくれ。


「じ、じゃあ、僕はこk……」

「ささ、入って」

「なんで!?」


 にぃ〜と笑いつつ片桐さんはドアベルを鳴らしながら中に入る。どうするべきかと逡巡するが手を握っていることも含め、先に片桐さんが入って行ったのが決め手となった。もうなるようになれと半ば自棄くそで入る。


「あ、おかえり〜あーちゃん」

「ただいま戻りました〜」

「あれ、あーちゃん。隣の男の子ってもしかして彼氏くん?」

「えぇ〜違いますよ〜私、ナンパされちゃってそれで助けてくれたんですよ〜」

「え、マ?」


 中々にどうして……お洒落な内装じゃないか。僕はもう一人の店員の女の人と会話する片桐さんを横目に店内の様子に感嘆の息を吐く。


「ねね、きみきみ」

「え? あ、はい」


 唐突に話しかけられ、身を固めながらも話しかけてきた金髪に近い茶髪の毛先を遊ばせたボブカットの店員を見る。

 名札を見ると『ちぃ』とあるため、恐らくそれがこのカフェでの名前なのだろう。


「あーちゃん助けてくれてありがとね」

「あ、あぁ、いえ…成り行きでそうなっただけなんで…」


 そしていつの間にかいなくなっている片桐さん。恐らく店の奥へ行ったのだろう。


「もすこしで来ると思うから、一杯飲んできなよ」

「居酒屋みたいなノリで言わないでくださいよ」

「にゃっはは! まさかそんなツッコミされると思ってなかったよ」


 元気に笑うちぃさんに左頬を引き攣らせつつ改めて店内を見る。


「で、でもここ、女性メインのカフェなんですよね? 僕がいていいんですか?」

「あ、い〜のい〜の。ごくたま〜に男性も来店するからさ」

「は、はぁ……ではお言葉に甘えてコーヒーいただいてもいいですか?」

「はぁ〜いっ、承りました〜。じゃ、好きな席に座って待っててね〜」


 ちぃさんはそう言うや否やカウンターの中へ引っ込んでいった。それを見送り、さてどこに座ろうと軽く店内をもう一度見回す。あ、奥の席空いてる。そこにしよう。

 座ったあとは手持ち無沙汰になった。まぁ、読み途中の小説あるしそれを読めばいいだけだけど。


「お待たせ致しました。ご注文のコーヒーです」


 本を取り出し読んでいること数分。目前のテーブルに珈琲と何故かチョコのケーキが置かれた。

 顔をあげて「頼んでない」と伝えようとしたが。


「これ、サービス。あかりくんが終わるまで待っててあげて」

「は、はぁ……じゃあ、いただきます」


 ボーイッシュな女性だと見たときそう思った。名前は……ミカさんというらしい。

 黒髪をかなり短くとはいえ後ろ髪と横を短くしている髪型でなんていう髪型なのかは定かではないがとても似合っている。

 彼女の申し出を受け取り、本を左手に持ちつつケーキを食べる。あ、美味しい。


「美味しい」


 声に出てたみたいだ。フロアに戻ろうとしていたミカさんは振り返ってクスッと微笑み「嬉しい言葉ありがとう」と言ってから戻ったため理解した。声に出てるとか恥ずかしいな……。



「…………」


 片頬を掻きつつ一つ息を吐き、読書に集中する。モダンでアコースティックな音楽が流れる店内。ゆったりと流れているように感じるなか、女性客の話し声をバックにひたすらにページを手繰る。

 それからどれくらい時間が経ったのか定かではないが、そろそろ本のページも後半に差し掛かる頃。


「きょーや、くん」


 ポンと右肩に手を置かれた。

 店内には和やかな雰囲気と談笑に花を咲かす女性客、それと音量を低めに設定しているのであろうゆったりとした曲調をBGMとして本を読んでどれくらい経過しただろう。

 そろそろカップの珈琲も飲み終わろうとしていた時に右肩を優しく叩かれる。僕は本を閉じ、そちらを見ると片桐さんが立っていた。カフェの制服ではなく学校の制服でだ。


「仕事は終わり?」


 純粋にそう聞きつつ傍らに置いた鞄の中に本を仕舞う。彼女は「うん、終わったよ〜」と柔らかな口調と共にそう答える。それを聞きながら鞄を持ちつつ立ち上がる。


「それじゃあ帰ろっか」

「ん」


 伝票も持ってレジに向かう。どうやら珈琲もケーキもセットでの注文でも650円とリーズナブルなお値段だったりするので、だからこんなに女性客もいるのだろうと納得した。


「お先失礼しま〜す」

「おっつかれさま〜あーちゃん。それと彼氏くん」

「……いや、かれ……、っ……はぁ。いえ。別に良いです」


 訂正をしようと思ったが隣の片桐さんをチラリと見てから「まぁいいか」と思いサッと会計を済ませて店を出る。夏に差し掛かろうとしているとはいえ、夜に近い時間はほんの少し肌寒かった。


「家、送ってくよ」

「え、いーの?」

「だって、今日は彼氏なんでしょ?だったら家まで送るよ」


 きょとんとした顔で見つめてくる片桐さんを横目に彼女の手をそっと握り、空いた手で父さんに『帰りが少し遅くなる』とメッセージを送ってから歩き出す。


「……優しいんだねきょーやくんって」


 ふとそんな呟きを聞き取る。その人にとって最良なことをしているのだから、自分は優しいのだろうかと自問してしまう。どうやらそれを片桐さんは察したのだろう。

 くすくすと笑い、「無自覚なんだ」と言う。確かに今考えたが、人が考える「優しい」というものに分類される言動をしていたかどうか定かじゃない。というより、


「あんま、考えたことなかったかも」


 そう言葉にした。今思えば考えたこともなかったと自覚した。


「ふふっ、きょーやくんってオリエンテーションの時さ、冷たい人かもって思ってた」

「あ〜……まぁ、吊り目だしね僕」

「それに喋ったとこあんま見たことないし」

「それは確かに」

「ね、きょーや」


 彼女は立ち止まり、僕も追随して止まり、ふと彼女を見る。先程までの呼び方と違うと気付いたのもあるけれど。


「私、とさ……ほんとに付き合ってみない?」


 風で揺れる彼女の綺麗な髪。まだ落ちていない夕日に彩られ、彼女の顔の赤さもきっとその熱で赤いのだろうと思った。

 告白をされているのだと自覚したのは彼女の半ば潤んだ瞳を見てからだった。少し迷ったけれど本心を伝えるべきだと思った。だから──。


「────ごめん。僕は一度も人に感情を抱いたことがないんだ。だから抱かせてほしい。きみの恋心を僕に教えてほしい」


第1話いかがでしたでしょうか。

ここから甘々な2人が始まります。

面白いなや続きが気になると思ったら是非今後もよろしくお願いします。

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