9.蠅王
後始末を終えたディアブロとスターは、再び火喰鳥を召喚して帝都ターリアに帰還した。
ディアブロは狩人ギルドの一室に押し込まれ、待機を命じられる。
スターは帝城宮殿を訪れ、妖竜との不意の遭遇を速やかに『秘奥騎士』の長官メイガスに報告した。
「御苦労だったな、スター卿。それでディアブロはどうだった?」
黙して報告を聞き終えたメイガスはそのように良い部下を軽く労った上で、世間話のように切り出した。
「圧倒的です。『魔術師殺し』の異名の通りに、格下相手では万が一の起こり得ない安定した戦闘力です。『貪食の縛鎖』による制限下であそこまで動けるのは想定外でした」
「なるほど?……従順かい?」
性能をいの一番に語ったスターに相槌を打ちながら、メイガスはコーヒーを口に含んだ。
「やや反抗的な言動もありますが、人狼であることを疑ってしまう程度には冷静で従順です。ただ粗野なだけにも見えます」
「そうか。それはなによりだ。もちろん、警戒は厳に頼むよ。今は大丈夫でも、いつ呑まれてしまうとも知れないのが人狼なのだからね」
「はっ、油断なきよう努めてまいります」
「ふふ、気の張りすぎも問題だがね?……あぁ、最後に一つ、勝てるな?」
スターの真面目くさった返答に、メイガスは柔らかな微笑を送った。そして、そのままの表情で目だけが冷徹に問い掛ける。
「どれほど圧倒的であろうと、彼は魔術に関しては素人。徒弟階級に負ける導師階級などおりません」
性能を高く評価しながらも、スターはディアブロを魔道士の階級としては最下位にあると評して答えとした。
「流石だな。下がってよいぞ」
「はっ、失礼します」
メイガスは上機嫌に笑みを深め、スターを退室させた。
コーヒーを飲み干してメイガスは立ち上がり、カップを片付けながら異様な歯車仕掛の魔道具に問い掛ける。
「感知範囲内のはずだがね。予測できなかったのかい?このポンコツ」
『肯定。接敵まで該当個体の反応無し。過去の誤差判定を精査。受肉時期および座標を予測。……予測不能。受肉座標が国外である可能性大』
『運命の輪』は感情の無い魔道具らしく淡々と可能性を進言した。
「国外ねぇ?このポンコツは肝心なところで役に立たないな。まぁ、仕方ない。魔道士なんて秘密だらけだ。その魔道士に造られた以上は、性能限界も必ずあるというものだ」
特に嘆くでもなく独り言ちて、メイガスは執務机に積まれた書類に向き合った。
……。
昏い空間であった。圧迫されるような狭苦しさと寂寞とした広大さ、どちらにも感じられるところだった。
「夢か。いるんだろう、蠅王?」
いつの間にか佇んでいたディアブロが虚空に向けて問い掛けた。
「嫌がらせかね、我が契約者よ。零落した身とはいえ、我は王ではなく神なのだよ?」
響く声は渋く心地好い男のモノ。ディアブロの眼前に現れたカタチは、手のひらサイズの小人。その小人は、どこか昆虫のような印象を与える漆黒の全身鎧に身を包み、背には蠅の翅を生やしている。しかし、宙空に在るが、その翅を動かしている様子はない。
「ほざけ。オマエの戯言に付き合う義理はない。何故、呼び出した?」
「やれやれ、礼儀の知らぬ契約者だ。少しは我が戯れに付き合ってもよかろうに」
眉を顰めて吐き捨てたディアブロに、蠅王は肩をすくめた。
それを無言で睨みつけるディアブロに観念したように、それ以上の戯れはなく蠅王は答える。
「なに大したことではない。我は美食家なのでな。此度の食事に文句を言いにきただけだ。魅王の系譜は甘ったるいのだ。デザートに少量ならともかく、あまり大量に食べたいものではない。次の食事はフルコースとは言わんが、メインディッシュくらいは用意して欲しいな」
「知るか。何を食うかは飼い主次第だ」
「はは、そうか。シェフのお任せ料理か。それもよいがな。いつまでもそれでは我の忍耐も限界が来ようというものだ。契約者よ、呑まれるのが嫌ならば目的を見失わぬように努めよ」
「……わかってる。俺は必ず目的を果たす、必ずだ。それまでは、決して誰にも邪魔させはしない」
にべもなくあしらったディアブロに怒ることなく、蠅王は忠告した。それにディアブロは、拳を固く握り締め噛み締めるように答えた。
「くく、よい飢えだ。汝が満たされることを愉しみにしてやろう、我が契約者。つまらぬまま飢え死ぬでないぞ?」
蠅王の激励を最後に、ディアブロの夢が終わる。
……。
ローゼンクロイツァー帝国、帝都ターリア、魔法街、狩人ギルド、ディアブロの個室。
ベッドに横たわっていたディアブロの瞳が開かれる。
「好き勝手に言ってくれる。言われなくとも誰が死んでなどやるものか」
独り言ちてベッドから立ち上がり、水差しを直接に呷った。
ちょうどそこに扉を叩く音が響く。
「ディアブロ卿、お食事をお持ちしました」
「あぁ、起きてる。さっさと入れ」
ディアブロの返答を受けて、ギルド職員の女が入室する。
部屋に用意された卓上に置かれる食事は、特別なところなどない一般的な代物だ。しかし、その香りにディアブロの表情が僅かに和らいだ。
「いただきます」




