7.悪魔の蛮餐
「はぁ、しらけちまった。戦意喪失したヤツに殺す価値なんてねぇよ」
「安心なさい。あなたがしなくとも、私がやります」
三流禁術師の目の前で繰り広げられる無情な会話。それが耳を震わせても、もはや呻き声すら上げられなかった。
「しかし、その前に一応、聴取しておきましょうか?あなたはーー」
先の反応から成果を期待しない淡々とした事務的な口調でスターが聴取を始めようとしたその時。
空が翳る。
風を切る音を耳が捉え、ディアブロとスターが飛び退くのと同時に三流禁術師を狙ったように何かが勢いよく降り立った。
「あっれ〜?眷属の気配かと思ったんだけど、ただの人間じゃん」
声はまだあどけない少女のものだ。大まかなシルエットも少女のそれだ。
しかし、それは衣服を纏わず、局部を鱗で覆って、長い尾を生やして、双角を生やして、足先には鉤爪を持ち、腕は蝙蝠のような翼となっている異形であった。
「妖竜。亜竜の受肉悪魔、魅王の系譜。魅了術の魔力に惹かれましたか」
スターがその正体を確認するように呟いた。
亜竜とは、竜種によく似た魔獣種の総称だ。所詮は魔獣種。最強種ともされる竜種には遠く及ばないが、それでも類似性は魔術的に無視できない要素だ。
その身体に受肉した悪魔は妖竜と呼ばれ、人類種に匹敵する知能を有するようになる。その危険度はたった一体で町を壊滅させるほどとされる。それは現在、多用されている三段階評価における中間、『狂宴会』で言えば魔属階級に当たるが、三段階という大まかな指標である以上、当然その評価には幅がある。妖竜は、魔王階級に近い魔属階級だった。
「あら?可愛い子じゃない?それにそっちは、なんかわかりにくいけど、蠅王の系譜かな?」
耳聡く妖竜の少女が、スターの呟きに反応して顔を上げた。
ディアブロに宿る蠅王については、グレイプニルの影響で正しく認識はできていない。できていれば、逃走しただろう。
そもそも悪魔とは、悪性の精霊種の総称だ。形而上の存在であり、それぞれに司るモノがある。全ての悪を一括に掌握できるモノではないのだ。そして、その司るモノが、系譜である。
蠅王の系譜であれば、食欲の悪性を。
魅王の系譜であれば、性欲の悪性を。
そのようなモノなのだ。『狂宴会』は悪魔術と称して、悪性故に攻撃性の高い彼らを召喚し、その思想故に安易に受肉を為す。受肉には相性があり、人類種には個々人の差だが、それ以外のモノであれば種類に応じて自ずと系譜は決まっている。
しかし、本質はソロモン教の召喚体系だ。精霊派の精霊術や心霊派の魅了術とは根本的には違わない。
わかりやすい話であれば、妖竜が魅了術の魔力に惹かれたように、心霊派の召喚している精霊種は、性質が善性あるいは中庸であるものの『性欲』を司るモノではあるのだ。
同じ系譜だからといって仲間意識はない。せいぜい使いやすい道具、手足の延長程度にしか考えないのが悪魔である。
別の系譜であれば、餌と捕食者の関係だとされることを考えれば、同じ系譜への扱いは仲間意識と言ってもいいかもしれないが、大元が司るモノが同じなため分身のような認識であっさり使い捨てるので人類種の納得する、理解する仲間意識ではない。
「あ、殺して、早く殺して!いや、いやよ、早くアタシを殺して!!」
妖竜の鉤爪に踏み刺された三流禁術師が叫んだ。
大男は必死に捥がくも、小柄な少女に見える妖竜から逃れることはできない。
三流禁術師が恐れるのは、魂を喰われることだ。形而上の魂は、基本的には永久不滅とされている。精霊種の存在もあり、多くの人類種はその死生観に輪廻転生思想がある。だが、悪魔に喰われれば消滅する。
「喰われやしねぇよ。俺がいるんだ。ま、持ち帰られたら知らないがな」
「なかなかにイケメンじゃないか。随分、相性の良い身体を見つけたんだね」
ディアブロが鬱陶しげに三流禁術師を慰めた。妖竜は足元のそれを一顧だにせずに同族と思っているディアブロに話し掛けた。
「悪いな。俺はまだ呑まれちゃいないんだ」
「え?またまた、そんなに豊富な魔力で冗談を言うものじゃないよ?そんなことよりも、コレ譲ってくれない?」
ディアブロは人類種の自我であることを暴露したが、妖竜は冗談と受け取った。そして、捕らえた獲物の交渉に移った。
「そうだなぁ。テメェどこから来た?誰に受肉させてもらった?」
悪魔の受肉は自力では不可能だ。必ず召喚術師の協力がいる。
ディアブロは、交渉に応じるような素振りでその情報を聞き出そうとした。
「知らないよ。ホントだよ?受肉したあと、すぐに放り出されたんだ。別に良いんだけど、何がしたかったんだかさっぱりだよ」
精霊種は基本的に嘘を吐かない。自身の性質が揺らぐことを嫌うからだ。できないわけではないが、今回のようなどうでもいいことで嘘を吐くメリットはないだろう。
「そうか、どこから来た?」
「さっき答えたじゃん?」
睨み合う両者。
悪魔が沈黙するのは、魔術による契約があるときだ。
召喚術師はわからないが、従う主人はいる。多くの魔道士がそれだけで簡単に推測できることだ。
「死ね」
「え?ちょっと、まーー」
これ以上の情報収集は不可能と判断して、ディアブロは妖竜に襲い掛かった。
交渉中と認識していた妖竜の反応は遅れ、もろにその凶拳を頬にくらう。
「死んどけ」
ついでに三流禁術師の首を踏み潰した。
「痛てて」
ディアブロの拳を受けて頰肉が抉れていながらも、吹き飛ばされていた妖竜が軽傷な様子で立ち上がる。
「もう、蠅王の系譜ってホント、食い意地が張ってるね!」
「喰っていいよな?」
「お好きにどうぞ」
わざとらしく怒った妖竜を無視して、ディアブロはスターに確認した。若干、蚊帳の外であったスターは澄まし顔で答えたのであった。




