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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
序編 魔の遊戯
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6.ホンモノのバケモノ

「誰がするか、バーカ!」


 圧倒的な実力差を示され投降を促されたはずの盗賊が罵倒混じりの拒絶を叫んだ。


「逃走ならともかく、無駄な反抗。ふむ、【狂化魅了ルナティック・チャーム】を受けていますね」


 【狂化魅了】。魅了術チャームにおける強化魔術だ。術者の命令を絶対として肉体の限界さえも超えさせるのだが、そもそも魅了術が強化に向かないため、魔道士同士の戦いでは数を用意する程度の意味しかない。


「ごちゃごちゃやってんじゃねぇよ!」


「あなたも遊んでいないでさっさと始末なさい。一応、本命は別にいるのですから」


 ディアブロが叫びながら盗賊に襲い掛かった。スターも次々と魔法陣を展開して火炎弾を発射しながら発破を掛けた。


 ものの数分で、三桁に迫る数の盗賊の屍が辺りに散乱していた。


「あらあら、やってくれたわねぇ?アタシの可愛い男どもを皆殺しだなんてぇ。アタシ、アナタたちに何かしたかしらぁ?」


 独特の粘着質な女口調。それでいながら野太い男声を発しながら現れたのは、ケバい女装をした大男だった。


「やっと登場かよ、キモいおっさんじゃねぇか」


「あらぁん、イイオトコじゃなぁ〜い!どう?アタシのペットにならないかしらぁん?」


 大男はディアブロに視線を向けると、惨状の原因を知らぬように口説き始めた。


「【魅惑の告白チャーミング・プロポーズ】ですか。残念ながら、彼に魔術は通じませんよ」


「ブスには聞いてないわぁ。うーん、で、も、確かに通じていないみたいねぇん。魔術を使ってないみたいだったからぁ、てっきり戦士の類だと思ったんだけれどぉ」


 その言動に重ねられた魔術を言い当てたスターを罵倒しながらも、大男は毒々しい紫色の紅を塗りたくった厚ぼったい唇に人差し指を当てながら小首を傾げて見せた。


「俄然、アタシのモノにしたいわ、ね!」


 懲りずに口説く大男のディアブロに向けた投げキッス。本来、ただの動作にすぎないそれが可視化された赤いハートを生み出した。よく見れば、大男の口元に小さな魔法陣が浮かんでいるのがわかる。


「【魅惑の接吻チャーミング・キスショット】ぉん!」


 大男のキモい宣言とともにハートの魔弾がディアブロに迫る。


「うぜぇ」


 ディアブロはそれを無造作に手で払った。質量のある物体のように弾かれるでもなく、かと言って効果を発揮する様子もなく、ただ消えた。


「あらぁ?何かしらぁ?今、アタシの魔術、アナタに()()()()()()()()ぁ?」


「魔法陣を展開するってことはテメェ、身体は売ってねぇみたいだな?」


 大男の質問には答えず、ディアブロは愉快げに質問を返した。


「う、嘘よ。あ、悪魔憑きなんて何でこんなところにいるのよぉ?しかも、蠅王の系譜ってもっとガリガリで身体を動かすことなんてできないはずでしょぉ!?」


 しかし、大男にはそれで十分だった。魅了術師ハーロットを含む召喚術師コンジャラーが魔法陣を必要としない。その理由は、召喚する精霊種エレメンタルと契約して自身の身体に受肉させることを意味する。そして、それは精霊種に精神を侵食される代償があり、全て禁術に指定されている。

 ただ、魔術犯罪を行なっているだけの三流禁術師にすぎない大男からすれば、遥か格上の禁術師だ。そして、好き好んでそんなことをするのは、ソロモン教魔王派『狂宴会ヴァルプルギス』の悪魔術師ウォーロックだけだ。自ずと何を憑依させているのかが、それなりの魔道士であれば推測できる。


「み、見逃してちょうだい。命以外ならなんでも差し出すから、ね、ね?」


 大男の態度が一変した。冷や汗を流し、引き攣った笑みを浮かべながら懇願する。


「同じ禁術師じゃない?」


「勘違いしないでください。彼は司法取引に応じた特例赦免対象者です。そして、私は彼の監視を担う執行官です」


 しかし、返答はスターから齎された。ディアブロはつまらなさそうに欠伸をしている。


「し、執行官?まさか、アタシなんかにこんなに早く派遣されてきたって言うの?あ、アナタたちがあの『秘奥騎士アルカナイト』だとでも?」


「ご存知のようでなによりです。私は、ソロモン教精霊派、導師階級マスター・クラス精霊術師シャーマン。ローゼンクロイツァー帝国、魔法省魔術管理局禁術指定執行部、通称『秘奥騎士』所属の『スター』です。そして、こちらがーー」


 魔道士の礼儀としてスターは名乗った。そして、ディアブロの紹介に移る。


「元『狂宴会』、魔王階級グレーター・デヴィルの悪魔術師。現『秘奥騎士』の『悪魔ディアブロ』です。特別に、彼の素性を教えてあげましょうか」


 スターの澄まし顔に花が綻ぶような笑みがいつの間にか浮かんでいた。


 導師階級、魔王階級。どちらも魔術師の実力を示す指標だ。魔王階級は『狂宴会』の独断的なものであり、言い換えたにすぎないわけだが、結局のところ、三段階に分けられた実力で最高位であることを意味する。


 それは三流禁術師にとって如何なる絶望か。


 しかし、スターは容赦しなかった。


「彼は、『魔術師殺し』と呼ばれた禁術師です。【金剛力フィジカル・ゴールド】の天稟持ち(ギフテッド)であり、蠅王ベルゼブブの器。天稟によって、その身は巨人種タイタンを超えた怪力と竜種ドラゴンを凌ぐ頑強さを併せ持ち、蠅王の権能〈魔狼万餐オールドレイン〉が形而上の全ての魔術を食い尽くす、正に無敵の男です」


「『魔術師殺し』、蠅王そのもの、ですって?ば、バケモノ、ホンモノのバケモノ……」


 もはや三流禁術師に逃げようなどという蛮勇も湧かなかった。


 生得魔術とも呼ばれる大衆の信仰に祝福された、あるいは、呪われたことを意味する天稟。


 人々を悪魔憑きに誘惑する最凶の力の一つ、蠅王の権能。


 その二つが奇跡的に噛み合った、噛み合ってしまっているのがディアブロという男の正体だった。

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