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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
中編 命の秘宝
43/43

43.魔術戦

 ダンスカー領主屋敷の屋根。


 上空でジェットが魔女の眼として眺めるなかで、メイヴ・フォン・ダンスカーは領都の惨状を笑顔の仮面で眺めていた。


 既に部下への指示は終えた。『帝国の杖』が誇る騎士団をもってすれば、事態は直に終息する。


「来たわね」


 軽やかにメイヴは屋根より飛び降りた。嫋やかな印象に反して、その着地に危うさはない。


「ダメよ」


 鋭い霊感が、庭の芝生に隠れる蜥蜴を見つける。


「チュッ」


 濡れた舌を弾く音が、メイヴが魔術を発動する鍵だ。


 芝生が意思を持つかのように蜥蜴に襲い掛かった。


「チュッ、チュッ、チュッ」


 連続起動。逃げる蜥蜴は堪らず跳び上がった。尻尾も自切したようだ。


「【風檻《エアロック》】」


 風の檻によって蜥蜴が宙空にとどめ置かれた。


「いつまでそんな姿をしているつもり?」


 まるでただの蜥蜴のように、ジタバタと捥がくだけ。


「人狼風情が、私を騙せると本気で思っているの?」


 メイヴは徐ろに足を動かした。


「こんな小細工が通用すると?」


 自切した尻尾だった。踏まれている。


『あら?バレちゃった』


 蜥蜴の姿が変わる。女悪魔術師があっさりと正体を表した。【風檻】自体はそこまで強度の高い魔術ではない。人間の大きさをとどめ置くのは、魔力の無駄だ。女はあっさりと地を踏み締めた。


「流石は魔道の大家ダンスカー様。死んでくれる?」


 対話はない。女の指先がメイヴに向けられると同時に、黒い炎弾が無数に襲いくる。


「死ぬのはあなたよ」


 メイヴは優しく息を吹きかける。たったそれだけで全ての黒炎が掻き消えた。


「【風衝《エアショット》】」


「【幻魔《ミラージュ》】」


 メイヴの放った風の魔弾はしかし、女の姿を掻き消すだけだ。


 魔道士同士の戦闘とは本来、このように展開する。小技の応酬。力量の探り合い。


 戦闘が本分ではない故の冗長は慎重の表れ。あるいは、敵の観察による研究思考だ。


「【威風堂々(ウィンド・ルール)】」


「【魔竜鱗《スケイル・ガード》】」


 メイヴが次手としたのは圧倒的な大風による範囲殲滅。それに対して女は障壁による防御を選択した。


 大風のうちで鋭く疾る風刃の群れが、竜種の鱗を模した障壁を叩く音が響き渡った。


 障壁に閉じこもる女を見て、メイヴは踏み抑える尻尾を確認する。女が正体を表してなお、蜥蜴のそれは独立して動いたことから本体なのではないかという疑惑を捨てることはできない。

 しかし、尻尾がそれ単体で足掻く素振りは一切なかった。


「【電壊《クラッシュ》】」


 念のために、強制的にプラズマ状態にまで破壊する。尻尾は呆気なく微細な光となって消滅した。


「【火竜鱗《レッド・スケイル》】!」


 僅かな隙をつき、女が魔術を変質させる。ただの障壁から燃え盛る炎壁へ。気温差が生じ、自然の風が乱れ、メイヴの魔術にまで影響する。


「しつこいわよ」


 継続を無駄と判断し、メイヴは風刃の群れへの魔力供給を絶つ。それと同時に次なる一手を構築する。


「【幻獣召喚《ファンタスティック・コンジュレーション》】“風雲魚《クラウド・フィッシュ》”」


 風が凝る、仮初のカタチを与えられた風の精霊が、無数の魚群となって顕現する。召喚の余韻はなく、風雲魚は燃え盛る炎壁に殺到した。


 小魚の群れのカタチをした風が殺到する様は、一見すると火勢を強めるだけのように思えるが、しかし、純然たる物理法則の範疇にない術理法則において、蝋燭の灯火を手で仰ぎ消すことが可能なように、術者の力量差によっては、大火さえもそよ風で掻き消すことができる。


 衝突に激しさはない。瞬きほどの拮抗もなく、炎壁が食いちぎられるように消えた。


「ひっ!?【飛竜脚《キック・ブースト》】!」


 怯えの漏れた口で、女は逃げの一手を詠唱する。両脚を変質させて無理矢理に肉体を強化したのだ。その脚力は常人を遥かに上回り、風雲魚の囲いから脱出する。


 本来、肉体強化の魔術は繊細だ。ソロモン教であれば概念的補強を選択し、ヘルメス教であれば長期的施術で永続的に変化させる。補強には限界があり、施術には即効性が不足し、無理を通せば肉体を破損し障害を負い、最悪の場合は死に至る。

 しかし、悪魔術《サバト》はその原則に対して例外である。正確にはそれを扱う悪魔術師のイカれた魔術倫理によって例外になり得る。


 術者当人による受肉。それに伴う肉体の半精霊化が、肉体変質による危険性を取り払う。精神の変容という代償を元に。


「邪魔をしないで、さっさとくたばれよ!アバズレガァ!」


 死の恐怖が掠めた心は、それまで幾重にも覆い隠していた本性を暴露する。癇癪の金切り声が女の喉を振り絞って吐き出された。


「【黒炎咆哮《エターナル・フォース・インフェルノ》】ォオオ!!」


 黒い煉獄の奔流が如き火炎の螺旋が解き放たれる。激情のままに為された魔術の咆哮は、直線的にメイヴに迫る。肉を焦がし、骨さえ融かす焼滅の猛威はしかし、女魔道士を害することは叶わない。


 涼しげな微笑のまま、メイヴは迫る黒炎を右手で指し示す。ただそれだけの動作によって、風雲魚が主人の意を汲んで殺到した。


 黒炎は瞬く間に風雲魚によって食い散らかされる。拮抗もなく、なす術もなく、その起点、女の元へと逆に迫った。


「あぁ!あゝ!?ぐぅ…!」


 言葉にならぬ苦悶とも悲鳴ともつかぬ女の呻きが漏れる。しかし、逆転の目はない。


 黒炎は消えて、風雲魚の群れがそのまま女禁術師に殺到する。

リアルが忙しくてなかなかです

いましばらくお待ちください

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