42.約束
「騎士様、お姉ちゃんを守ってくれるんだよね?」
大人の事情を耳にして確かな理解のないままにコンラがただ一つ確認する。
「ご安心ください。騎士は民の盾、あなたもお姉さんも護ります」
スターの淡々とした読み上げのような言葉に、コンラの視線はディアブロに動いた。視線を受けたディアブロは席を立って、コンラに近寄った。
「安心しろ。守ってやる、約束だ」
ディアブロは笑みを浮かべてコンラの頭を撫でた。それを受けて少年ははにかむ笑み浮かべて頷いた。
領都コノート、某所。
『狂宴会』に属する悪魔術師がいた。
一見すれば在野の魔術師としか見えない女で、事実として彼女は魔術師としての仕事に甘んじて生活している。
『狂宴会』の魔術思想は欲望の解放であるが故に、その欲望の向き次第では問題なく活動しているモノも存在する。彼女はその一人だった。
魔術の才の不足を感じ、安易に手を伸ばした女ではあったが、それは手段であり、力の誇示に魅力を感じる性分ではなかった。
しかし、須らく禁術指定を受ける結社の属人が善良なはずもない。彼女もまた目的のためならば、手段を選ばず、我慢の効かぬ、悪逆の徒である。
昨夜、使い魔を通して確認した領主館にはその目的があった。
「ふふ、ふふふ!嗚呼、取り戻そう。私のモノだ、私のモノだ。私の掌中にこそ相応しい!」
暗がりに笑う女に合わせるように、蝋燭に灯る火炎が踊り狂った。照らされた空間を埋め尽くすのは輝きと煌きの洪水だった。
女の隠れ家を埋め尽くすルビー、サファイア、ガーネット、ダイヤモンド、オニキス、パール……数多の宝石が妖しく飾られている。
「あれが手に入るならば惜しくはない! 魔の門よ 開け 我が喚び声を届けよ【精隷喚起】」
悪魔術の詠唱が淡々と紡がれる。興奮との落差激しく不気味な喚び声が朗々とコノートの都市を駆け抜ける。
それと同時に幾つもの宝石が砕け散る。贄なる触媒として捧げられる。
やがて、女の耳にも届く都市の騒乱。
それを受けて女は黒い外套を羽織る。
「【竜盗荼毘】」
呪文を唱えた女の身体が燃え上がり、ストンと女の服が落ちる。そこには誰もいない。
スルスルと小さな蜥蜴が這い出すだけだ。
悪魔術【精隷喚起】。
『狂宴会』の初歩魔術である。精霊術【幻獣召喚】に類似した召喚術の邪道。
純粋に魔力で構築される幻獣に対して、依代となる生物への憑依・変異をもって、高い技量を要求する魔力構築体を省略する冒涜の術式。
基本的には鼠などの小動物がその被害に遭うが、人類種であっても心の弱いものは凶暴化し、精神侵蝕を赦せば受肉悪魔も招きかねない禁術である。
宝石を触媒に用いることで、今回の悪魔術師のそれは多くの被害者を出していた。
小動物が変異した小鬼を主体として、街路樹の変異した枝魔芽や妖樹、そして、貧民のほとんどが暴徒と化して都市全域を混乱の坩堝に陥れている。
ダンスカー麾下の騎士団と衛兵が総員出動し、居合わせた狩人たちが即応している現場に駆けつける。同時に狩人ギルドに伝令が走り、緊急依頼が即時発布される。その日を休暇に選び駄弁っていた狩人たちも稼ぎどきとばかりに酔いから醒めて対応に動き出す。
しかし、小鬼どものあまりに無作為な凶行と妖樹どもの惑乱の魔力が事態の終息を遅らせる。優先順位を把握する暇もなく、至る所から悲鳴が上がり、慣れたはずの道を迷い、分断される。
白昼の奇襲は、悪魔術師の狙い通りに一時の機能不全を齎していた。
この事態を領主館に留まる帝国の上位戦力は直ちに把握していた。
仇敵の悪臭に即座に飛び出そうとするディアブロをしかし、スターは冷徹に止める。彼らの現在の務めは秘宝の確保、また、所有者の保護である。たとえ、被害が拡大の一途を辿ろうとも、対象から離れることは許されない。
そもそも、領都コノートの防衛責任は須らくダンスカーの当主に委ねられている。彼女の要請がないかぎり、動いてはならない。
事態は刻一刻と変化する。
不安げな姉弟を地下避難室に案内し、スターは【蜃気牢】の結界を敷く。
『貪食の縛鎖』に完全拘束されたディアブロを転がして、スターは備えつけの椅子に腰掛ける。
「外せ」
「頭を冷やしなさい。配慮もなく都市部で暴れられては余計な被害が出かねない。心配せずとも、メイヴ卿によって事態はいずれ終息します」
「……外せ」
「少年との約束はどうするのですか?反故にしますか?」
「……」
ディアブロの視線が姉弟を向く。そこには、困惑に揺れる二対の瞳。
スターは冷徹に任務を全うしようとしている。徹頭徹尾、女魔道士は仕事をしている。
対して、ディアブロと呼ばれた男は、姉弟にとって一見は親しみやすく安心感を与えてくれるが、直情的で目前の事態に反射的な言動を為す。
強制的にでも制止されたここで冷静な判断がなければ姉弟からの信頼が揺らぐだろう。
もちろん、姉弟の思考には、自分たちが原因ではないかという罪悪とここで大人しくしているので行ってほしいという善良がある。
しかし、危機には自分本位な思考があって然るべきだ。姉弟の喉はその板挟みに震えるのみで言葉を紡ぐことができず見守るほかにない。
「わかった。だから外せ」
「限定解除」
納得したディアブロの言葉を聞き、スターはあっさりと拘束を緩める。ゆっくりと起き上がるディアブロに、コンラが呟く。
「ありがとう、騎士様」
ディアブロは乱暴に少年の頭を撫で回した。




