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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
中編 命の秘宝
41/42

41.嵐の前

 一行はダンスカーの屋敷にてそれぞれに客間に案内されて羽を休める。


 部屋の水差しを直接に呷ったディアブロは手持ち無沙汰に彷徨いて窓を開けた。窓の外には広い庭があり、その一角の中央に堂々とジェットが佇んでいる。


 既に日が沈み、夜半の暗闇に覆われた世界は、しかし、魔道具の灯りに照らされている。昼光ならざる照光は、闇夜のすべてを払うに至らず、明暗の境界は殊更に際立った。


「臭う。臭うぞ」


 魔を嗅ぎ分けるディアブロの感覚に暗闇の帳では隠せない悪臭の痕跡が触れる。


 領都コノートの広大な街並みの一角に続くように漂うそれは、どうやら棲家に報告に向かう者たちだった。


 明らかな波乱の兆しにしかし、ディアブロは顔を顰めるのみ。


 勝手は許されぬ身の上に、護衛の対象から離れることの愚かさは任務にあたり聞かされたことである。


 報告とて必要はない。秘宝の放つ濃密な魔力があれば、その存在は明白であり、十中八九襲撃は起こる。スターも、ダンスカーの領兵たちも厳戒の警備を敷いている。必要なのは、来ることの確信ではなく、いつ来るのかにある。


 しばらく無言のまま痕跡を睨みつけていたディアブロだったが、窓を開けたまま寝台へ動く。そして、仰向けにその身を横たえ目を閉じた。


 間髪入れぬ急襲なく、コノートに朝日が昇る。


 陽気穏やかな晴れ模様の下、住民たちは目を覚まし身支度を整える。やがて、仕事場へ向かう男たちと朝市へ向かう女たち、遊び場へ向かう子どもたちがそれぞれの目的地へ向かい家を出て道を埋める。


 不穏の影の蠢動を知らず、都市まちの賑わいは日常の活気で満ち溢れる。


 ダンスカーの屋敷では優雅な朝食が、屋敷の主人を抜きに供されていた。


「メイヴ卿は?」


「魔道具製作に集中するために研究室で召し上がっておいでにございます」


「そうですか。ありがたいことです。仕上りの期日に変更などは?」


「いえ、特にそのような伝言は預かっておりません」


 スターと執事との事務的な遣り取りの横で、黙々と食事をするのはディアブロと姉弟。


 堂々としたディアブロに対して、村民にすぎない姉弟は遠慮がちに恐々と食事を口に運ぶ。周りを囲む使用人一同の視線は伏し目がちで決して圧を感じるような態度ではないが、食事の場に食事をしない者がいること自体に姉弟は慣れていない。


「おい、食わんのか?」


「いえ、その……」


 姉弟の遅々とした食事にディアブロの疑問が投げかけられるが、アイフェは回答に困り言い淀む。


 スターと執事もその様子に気づいた。そして、執事がすぐに状況を把握し姉弟に頭を下げる。


「申し訳ありません。配慮が足りなかったようです。このような場はお二人には不慣れな環境でございましょう。すぐに使用人たちは下がらせます」


 執事は適確な判断で言葉を紡ぎ、その言葉に合わせて使用人たちも速やかに会釈ののち退室する。


 この対応に怯えの反応を見せる姉弟だったが、遠慮の言葉が形となる前に使用人たちは捌け切った。


「ごゆるりとなさいませ。スター様、私も退がっても?」


「えぇ、そうしてください」


 姉弟へともてなしの言葉を贈り、執事はこの場で最も身分の高い女魔道士へと退室の許可を取る。了承を受けた執事は流麗な所作をもって食卓の場を去っていった。


「食わんのか?」


 じっくりと状況の展開を理解し青褪める姉弟にディアブロは問いを繰り返した。


「き、騎士様?」


「客人に最高のもてなしを為すのは家人の誇りです。気にする必要はありません」


 アイフェの困惑の呼び掛けに、スターは淡白に答えた。


 これを聞いて先に回復したのは若く純真なコンラである。パクパクと調子良く食事を再開し、それを見たアイフェもまた僅かに微笑み、貴人の美食を味わう余裕を得た。


 食事は恙無く終わる。それを見計らって、まとめ役であるスターが口を開く。


「さて、お二人には不自由を強いてしまいますが、万全の警護のために客間での待機を基本とさせていただきます」


「はい、わかりました。……あの」


「何でしょうか?」


「何故、私たちまで狙われるのでしょう?」


 スターの淡々とした指示に了承を示しながらも、アイフェは現状の不思議を問い掛けた。


 秘宝アーティファクト。正確を記すならば、神代の秘宝ミソロジー・アーティファクト。現代魔術には再現不能、その名の通りに神々の御代の産物とされる力ある遺産。


 その一つであり、代表格として名の知れるものこそが、アイフェの胸元に隠される『黄泉の琥珀(ドラウプニル)』。


 これを狙われることはわかる。これを持ち続けるかぎり、狙われることもわかる。


 しかし、帝国に仕える魔道士は、秘宝の回収だけでなく、姉弟の保護もまた務めであると言った。


「迷信です」


「え?」


「癒された者の血肉を食することで不老長寿を得られるなどという虚言が根強く残っている。これを信じ、あなたがたを狙う者は少なくありません」


 スターの語る理由に、アイフェの顔が青褪める。実感の湧かないコンラはそこまでではないが、姉の表情に不安げな様子を見せる。


「それだけか?」


 思考を埋め尽くす残酷な未来に手一杯のアイフェが俯くなかで、ディアブロが代わるように問うた。


「……迷信には、不確かな根拠があります。秘宝の力だけでも十分な根拠となるかもしれませんが、それだけではありません。癒された者は医術師ヒーラーとしての高い適性を示すようになります。これをもって、論理は飛躍し、秘宝の残り香とも称され、不老長寿の血肉という願望に繋がる。帝国としては、優秀な医術師は常に募っており、才能の明らかな人材を見逃す理由はありません」


「まぁ、打算があった方が信用できるだろう?しっかりと守ってやるから、あまり思い詰めるな」


 ディアブロの明け透けな言葉に、アイフェはただ頷き応えた。

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