4.物語の顔合わせってヤツはろくなことがない
「とんでもねぇクソアマだな!」
身を起こすディアブロの口から罵倒が発せられた。しかし、スターの表情に変化はない。
「自分の立場はわかっているのでしょう?あなたに口答えする権利はありません」
冷淡に語ったスターに対して、ディアブロは舌打ちをするのみで黙り込んだ。
「理解があってなによりです。さて、ギルドマスター、お掛けください。本題に参りましょう」
「えぇ、はい、では失礼します」
スターの声掛けに、茶番の中、直立待機していたギルドマスターがようやくとばかりに腰を下ろした。
ディアブロはまた舌打ちして、スター側の扉の横の壁に凭れ掛かる。
「今回の依頼は、禁術師を含む盗賊団の討伐、相違ありませんね?」
「はい、その通りです。根こそぎ奪っていたようで発見が遅れ被害は甚大。発覚後も交通規制に伴う流通の鈍化が二次被害となっています。派遣された狩人、騎士団ともに少なくない被害も出ており、禁術師の存在が確認されました。早急な解決が必要な案件です」
「盗賊団だと?俺は『狂宴会』のクソッタレどもを滅ぼすために出てきたんだが?」
依頼の確認に思わず口を挟んだディアブロ。それに、ギルドマスターは困り顔、スターは冷徹な視線を向けた。
「いかにも粗野なあなたに捜査任務はこなせないでしょう?平時は他の『秘奥騎士』の手を煩わせないように、細々とした三流禁術師の執行があなたの主要任務です。安心しなさい。拠点がわかれば、ちゃんと戦力として使い潰してくれますよ」
「ちっ、メンドーな話だ。しっかし、そもそも騎士団が負けてるとか不甲斐なくね?」
「仕方のないことです。騎士はあくまで魔法兵。魔術が使えるだけの魔術師ですから。剣術などの戦闘技術の鍛錬も必要となると、どうしても魔術研究に没頭できる魔道士には劣ります。禁術師の多くは、倫理を無視して魔術研究を推し進める魔道士です。魔術理論を知らない彼らには、荷が重いんですよ。それでも戦闘がこなせる武闘派魔道士は数が少ないからこそ、今の体制で治安維持を可能としているのです」
一息に語ったスターだったが、ディアブロの表情は理解できた者のそれではなかった。
盛大に顔を顰めるディアブロに、スターも眉を顰めて物申す。
「なんですか、その顔は?あなたも『秘奥騎士』なのです。本来なら理解していて然るべきことですよ?」
「うっせ!俺は田舎者なんだよ。そんな小難しいことをいっぺんに聞かされてわかるか!」
「田舎から大成する者も存在します。あなた個人の資質の問題です」
ディアブロの罵倒自虐的な反論に、スターは小首を傾げて物申した。
「まぁまぁ、そのぐらいで。お二方の価値観の擦り合わせは、これからいくらでもできましょうから」
「そうですね。失礼いたしました。続きといきましょう」
ギルドマスターの仲裁に、スターはあっさりと肯定して話を戻した。ディアブロもそれ以上を口に出すことはしなかった。
「それで禁術師の扱う魔術は?」
「はい、確認が取れております。対象はソロモン教心霊派を破門された魅了術師。俗に言う色情狂です」
ソロモン教心霊派。魅了術を得意とする魔術結社だ。精神科医術師として活躍している者が多い。しかし、その魔術思想上、性交とは切っても切れぬ縁があり、健全な娼館の経営もしている。そこを破門されたということは、十中八九、快楽に堕ちたクズである。通常は破門と同時に逮捕されるが、偶に逃げ果せる者が出てきてしまう。
「なるほど。魅了術であれば警戒はほどほどで良いでしょう。すぐに向かいます。発着場は?」
魔道士であれば精神干渉への抵抗の術などいくらでもある。
スターは出発を告げながら立ち上がった。
「こちらです」
それを受けてギルドマスターも立ち上がり、案内のため先導する。スターは視線でディアブロに先を促し、ディアブロは舌打ちしながらも歩き出す。その後にスターも続く。
ローゼンクロイツァー帝国、帝都ターリア、魔法街、狩人ギルド、発着場。
発着場とは、魔術師が飛行魔術を行使して都市内を出入りするために設けられた敷地である。出入りの管理のためにも必要な規定であった。
「おい、俺は飛行魔術なんざ使えねぇぞ?」
「知っています。私が、あなたのデータを把握していないとでも?」
舌打ちするディアブロを目端で捉えながら、スターは己の魔力を活性化させる。
「【幻獣召喚】“火喰鳥”」
発着場の中心からややスターたちに寄った位置に赤く輝く幾何学模様の円陣、魔法陣が顕れる。
それはソロモン教の魔術体系、召喚体系を学ぶ召喚術師にとって基礎にして奥義。異界と現世を繋ぐ魔術門。
此度、スターが召喚するのは幻獣。霊界にて形而上の存在として生きる精霊種に、形而下において活動するための仮初のカタチを与えた存在である。
魔法陣は輝きを増して、やがて幻獣は火を噴くように顕れ出でた。
赤い羽毛で覆われた猛禽のような軽く見上げるほどの巨鳥である。
「完全拘束」
「テメェ!クソアマ!だからいきなり何するんだよ!?」
「監視対象であるあなたを乗せるわけにはいきませんので」
「どういうことだ!?」
ディアブロの疑問には答えず、スターは召喚した巨鳥、火喰鳥を一撫でしてから跳び乗った。
「あれを掴んで飛びなさい」
そして、無慈悲な命令を飛ばした。
「そういうことかよぉお!」
「黙りなさい。舌を噛みますよ」
憐れディアブロは猛禽に捕獲された小動物のように火喰鳥の鉤爪にて握られた。
火喰鳥はディアブロに心の準備をさせる間もなく、主人の命令に対して忠実にその大翼を羽ばたかせる。
「御武運を」
ギルドマスターの短い言葉を聞き届けると、火喰鳥が高度を上げ始める。
充分なところまで上がったところで、巨鳥から爆炎が噴き上がった。
爆発を利用したそれは見事な高速飛行である。
「畜生ガァアア!!」
悲鳴とも罵倒ともとれる大音声が帝都の空に響き渡った。